4.思いがけない贈り物
「メイ、今日から見習い騎士たちが入団してくるのでしょう?」
「はい、お嬢様。あのクロード様という鼻持ちならないご令息も含めて4名ほどが入るそうですよ。あのヤーヴェとかいう少年も合格していましたね」
「バリバール家の寄宿舎に入るのかしら?」
「ええ、そのようですよ。騎士様や使用人は独身の方は、希望すれば生活費のかからない寄宿舎に入れますからね」
私はあの日以降、ヤーヴェの姿が頭から離れなかった。
「どうして、こんなにも気になるのかしら……」
ミレイユが呟いたのをメイは黙って聞き流した。
――騎士見習いが入団して数カ月が経った頃、ヤーヴェは経験を積むため、先輩騎士に混じってミレイユの外出に付き従うことになった。
「今日は、ミレイユ様がドレスをお選びにサロンへ行かれる。途中、街中を散策されることもあるから、心してお守りするように」
「ハッ!」
帝都の中心地にあるサロンとあって治安は保たれており、護衛はヤーヴェを含めて4名だった。
「通常、帝都での護衛は2名だが、見習いとしてクロード、ヤーヴェを加える。見習いだからと言って失態は許されんぞ」
「ハッ!」
早速、護衛にあたる騎士たちは騎乗の状態でミレイユを待った。
「お母様、行って参りますわ」
「一緒に行けたら良かったのだけれど。今日はスレイ伯爵夫人のお茶会だったのをすっかり忘れていたわ」
「お母様、気にしないで。私が仕上がったドレスを早く見たいだけですもの。今日は楽しんでいらしてね」
ミレイユはチラッと護衛騎士たちを確かめると、馬車に乗り込んだ。
馬車がゆっくりと走り出し、それに合わせて騎士たちも馬を走らせる。
「お嬢様がサロンの中にいる間、私たちは二手に分かれて護衛するぞ。私とヤーヴェは中で、後の二人は外で待機してくれ」
「お待ちください、隊長。なぜ、コイツ……ヤーヴェが中で僕が外なんですか! 貴族である僕が一緒に入るべきでしょう? マダムも平民をサロンに入れたがらないと思いますが」
「まったく……クロード、騎士団では身分は関係ない。あくまでも実力だと言っただろ。実力が上のヤーヴェがお嬢様のより近くで護衛するのは当たり前だ」
確かに、訓練を受け始めたヤーヴェの成長は目を見張るものがあった。
「……はい。分かりました」
とっくに先を越されたクロードは、反論する言葉を見つけられず、それでも納得していない表情で返事をした。
(なんで、あんな下賤なヤツがバリバール騎士団にいるんだよ。絶対、おかしいだろ! クソッ)
「ミレイユお嬢様、いっらしゃいませ」
ドレスサロンのマダムが笑顔でミレイユを迎い入れた。
ヤーヴェもミレイユの後ろを付いて入ると、サロンの店員や客の令嬢たちからざわめきが聞こえる。
(やっぱり、クロードが言っていたみたいに、俺に嫌悪感を抱いてるみたいだな。このままでは、お嬢様にご迷惑が掛かってしまう)
「ヤーヴェ、顔を上げて。クロードの言ったことを気にする必要はないわ」
(お嬢様は聞いていたのか!)
ミレイユから優しく気遣われるほど、なぜかヤーヴェは惨めな気がした。
「俺……いえ、私のような者がここにいては、お嬢様に恥ずかしい思いをさせてしまいます」
(本当に何を心配しているのかしら? だいたい、どうやってヤーヴェが平民って分かるのよ。クロードったら、言いがかりもいいとこだわ)
「どうして、そんなことを言うの? それに、女性たちがあなたに釘付けなのは、別の理由だと思うわよ。ふふふ」
ヤーヴェにはミレイユの言葉の意味が全く分からなかった。
「お嬢様、こちらにご注文のドレスをご用意しておりますわ。どうぞご案内致します」
「ええ、マダムありがとう。護衛はここで待たせても良いかしら?」
「もちろんでございます」
マダムはミレイユに頭を下げながら、目を細めてヤーヴェの頭からつま先までじっと観察している。
(お嬢様はああ言って下さったが、マダムは俺が店に居るのが気に入らないんだろうな)
我慢ならないという様子で、マダムが早口でミレイユに懇願した。
「お嬢様! この美しい護衛の方に、ぜひとも私の洋服を試着して頂きたいんですの」
「ええ、私は構わないわよ。ヤーヴェも良いかしら?」
「お、お嬢様がお望みでしたら……」
「あら、では、善は急げですわ。さっ、あなたたち、新作をお召変えするお手伝いをなさい」
ヤーヴェは思いがけない話に戸惑いながら、ぎこちない足取りで店員たちに奥へと連れて行かれた。
着替え終わったヤーヴェが姿を現すと、店内の女性たちの視線が一斉に集まる。
すらりと伸びた手足、澄んだ灰青色の瞳が宝石のようで、銀糸の刺繍が施された濃紺の礼服がヤーヴェの美しさをさらに際立たせていた。
「あの方、どちらの家門の令息ですの?」
「ミレイユ様の護衛の方よ」
「美しい護衛を連れて羨ましいですわね」
(美しい? こんな俺でも着飾るとそれなりに見えるのか?)
気恥ずかしいような居心地の悪さを、ヤーヴェは少しクセのある栗色の髪をクシャクシャと掻いて誤魔化した。
「ヤーヴェ! すごく素敵よ。さすがマダムだわ」
弾んだミレイユの声に振り向くと――淡いブルーのドレープが幾重にも重なり、小さなリボンがちりばめられたドレス姿の――ミレイユが立っている。
「妖精だ……」
「ふふふ、妖精だなんて言い過ぎよ。でも、似合ってるってことかしら?」
「はい、とても……似合っています」
「ありがとう。マダム、今ヤーヴェが来ている礼服の他に普段着を何点か見繕って、屋敷に送ってちょうだい」
「お嬢様! こんな高価な服、頂くわけには行きません。隊長……」
助けを求めるようにヤーヴェは隊長の顔を見た。
「ヤーヴェ、せっかくのお嬢様のご好意だ。それに、われわれ護衛が必ずしも隊服着用とは限らないからね」
隊長はそこまで言うと、声のトーンを落としてヤーヴェに囁いた。
「これもお嬢様の優しさだよ。私も平民の出でな。貴族たちと違って礼服での護衛となっても用意できないだろ? 特に入ったばかりの若造にはね」
「まさか、今日はそれで私を連れて?」
「ずっと旦那様がして来られたのを、お嬢様も見ておられたからだろう。私たちがお仕えする方々がいかに素晴しいかと言う事だ。お仕え甲斐があるだろう?」
ヤーヴェは思いもしなかった主からの配慮に胸が熱くなった。
(今まで……貴族が俺たちを疎むことはあっても、気遣われたことなんて一度も無かったのに)
「ねぇ、ヤーヴェ、その服を受け取ってちょうだい。夜会での護衛をお願いする時に……その服を着てくれると嬉しいわ」
「は、はい! ありがとうございます、お嬢様」
「あなたに期待していることを忘れないでね。それから、マダム、私がさっき頼んだ品物も一緒に送って下さいね」
「かしこまりました、お嬢様。少し手に入れるのにお時間がかかりますが……」
「構わないわ。その代わり良いもの用意してちょうだい」
こうして、ヤーヴェの初めての護衛は、心に多くのものを残して終えたのだった。
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