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3.夢の始まり

 「始め!」


 再び、騎士の号令をかける声が訓練場に響く。


 訓練場の中央には木剣を握りしめたヤーヴェの姿があった。


 ヤーヴェの真っ直ぐな性格を表すかのように、木剣捌きは単調な振りや突きばかりで、騎士は軽く片手で受け流している。


「ああ、あのままでは負けてしまうわ」


 いつの間にか私はヤーヴェに感情移入してしまったらしく、思わず心の声が漏れた。


 お父様がピクリと片眉を動かし私の声に反応する。


「ミレイユ、まぁ、見ていなさい」


 ヤーヴェは幾度となく地面に叩きつけられていたが、その度に立ち上がり騎士へと向かって行く。


 初めは余裕の表情をしていた騎士も、ヤーヴェの粘り強さに本気になって行くのが私にも分かった。


「でも……お父様、あんなに泥だらけになって、どこか出血もしているみたいですし。本気になった騎士が無茶をしないか心配ですわ」


 そして私の予想通り、騎士の強い剣の払いでヤーヴェは遠くへ跳ね飛ばされた。


「きゃっ! お父様、もう止めさせて下さい!」


 我慢できず私は叫んだ。


 もう、立ち上がれないと思ったのに――。


 大きく後ろへ飛ばされたヤーヴェは木剣を支えに立ち上がると、キッと前を見据え走り出した。


 そして、徐々に助走をつけた足の回転が速くなりスピードを増したかと思えば、力強く地面を蹴ったヤーヴェの体が宙を舞う。


 その姿にミレイユはゾクゾクする感覚が全身を駆け巡った。


 「すごい……」


 ミレイユの感嘆する声が風に乗ってヤーヴェの耳に届いたのか、一瞬、ヤーヴェの視線が天幕の方へ流れる。


 (きれいな瞳の……女の子)


 (なんて美しい瞳をした男の子なの……)


 ヤーヴェの青みがかった灰色の鋭い瞳と、ミレイユの淡いアメジスト色の大きな瞳が絡み合うように交わった。

 


 「よそ見をするな! 坊主、受け身を取れ!」

 


 ヤーヴェが空中でわずかに体勢を崩したのをオーウェンが忠告するが、騎士も地を蹴って迫っていた。


 木剣が唸りを上げて振り下ろされ――ドサッ! カランッ……。


 ヤーヴェが地面に叩きつけられ、手から離れた木剣が乾いた音を立てて地面を転がった。


 「負けてしまったの? どうして――」


 「あの平民、勝負には負けたが……気を取られなければ勝てたかもしれんな。まだまだ青い! ハハハハハ」


 お父様は天幕に響くほどの笑い声を上げながら、訓練場へ軽々と下りてヤーヴェの元に向かった。


 「名はヤーヴェと言ったか?」


 「は、はい、侯爵様」


 ヤーヴェは地面に打ち付けた肩を手でさすりながら立ち上がった。


 「軽い打撲だろうが、後で騎士に手当てをしてもらうように。それから、ヤーヴェ、騎士団への入団試験は合格だ。うちの見習い訓練は厳しいぞ」


 「ご、合格……」


 よほど驚いたのか、ゴクリと喉を鳴らした。


 「ハハハ、どうやら自信は無かったようだな。平民でこれだけの実力を見せただけでも驚きだと言うのに。まだ16歳か……特別に褒美をやろう。どうだ? 好きに言ってみなさい」


 「そ、それなら! 幼馴染のバッシュも一緒に入れて下さい!」


 突然、自分の名を呼ばれたバッシュは飲んでいた水を吹き出した。


 (ヤーヴェ、俺のことは構うな! 自分のことだけ考えてりゃいいのに、あのお人好しめ)


 「いくら褒美とは言え、試験に落ちた者を見習い騎士として受け入れることはできんぞ」


 「それならお父様、そのバッシュという者を厩の見習いにするのはどうかしら? 馬の世話役が足りないとオーウェンが申しておりましたわ。そうでしょう?」


 急に話を振られたオーウェンは戸惑いながらもコクコクと頷く。


 「ね? お父様。それなら褒美の約束も試験の公平性も守られますわ」


 「ほう、なかなか良い考えだ、ミレイユ。よし、言う通りにしよう」


 「ありがとうございます! 侯爵様」


 直立して頭を下げるヤーヴェの横にバッシュも慌てて並んだ。


 「お、俺もありがとうございます! 侯爵様」


 ヤーヴェとバッシュは、下げた頭をなかなか上げられずにいた。


 天幕から現れたミレイユは、『白薔薇の乙女』と称えられるよりも遥かに美しく、その姿を見ることさえ自分たちには許されないような気がしたのだった。

 

 ◇


 「あんた達、おかみさんからのサービスだって」


 幼馴染のヘディが、食堂の看板メニュー『とろ旨シチュー』を運んで来た。


 「わぁ、旨そうだな。おかみさん、ありがとう!」


 ヤーヴェの声に、厨房からふくよかな年配の女性が顔を覗かせる。


 「大したもんだよ、アンタたち! しっかりお食べ」


 「アハハ、まだ見習い騎士に受かったってだけなんだけどな」


 「俺は厩番の見習いだしな、へへへ」


 そう呟く二人の背中をヘディが思いっきり叩いた。


 「何言ってるのよ! アタシ達みたいな人間が貴族に雇われるなんて滅多にないんだから。胸張りなさいよ」


 「ヘディの言う通りだぞ。お前たちは俺たちの希望の星だ~」


 ほろ酔い気分の常連たちがジョッキを片手に喜んでいる。


 この街外れの小さな食堂は、おかみさんの人柄と料理の腕が人気の店だ。

 

 客の多くは平民で、ヤーヴェたちのような貧民街の孤児が足を運べる場所ではない。


 それでも、まだ路上で物乞いをしていた幼いヤーヴェたちに出会ったおかみさんは、余り物で作った料理を食堂で食べさせてくれるようになった。


 有り難いことに、ヘディを雇ってくれたり、今でもこうしてヤーヴェやバッシュたちに時折、食事を振る舞ってくれる。


 「ねぇ……ヤーヴェは見習い騎士になったら、これからはお屋敷に住むの?」


 「おい、ヘディ、なんで俺は含まれてないんだよぉ」


 ヘディはバッシュの頭を向こうへ押しやりながら、真剣な表情でヤーヴェの答えを待っている。


 「たぶん、そうなると思う。24時間交代制だし、訓練に励んで早く一人前の騎士になりたいんだ。おかみさんにも恩返ししたいしな」


 「そっか。でも、た、たまには貧民街に顔を出してくれるわよね? それとも私が会いに行ってもいい?」


 「ハハン、そういうことか。ヘディはヤーヴェと離れるのが心配なんだろ? 侯爵家には年頃のメイドもわんさかいるし、『白薔薇の乙女』――すっごい美人で、女神様みたいなお嬢様もいるもんなー」


 「バッシュ、うるさいわよ!」


 顔を真っ赤にして目を吊り上げたヘディが、バッシュの頬をギュっとつねった。


 「アハハ、どうしてヘディがそんな心配するんだよ。俺たちはただの幼馴染だろ」


 「ヘディ~、だってさ。鈍い男は罪だねぇ」


 ヘディはもう一度バッシュの頬をつねろうとしたが、別の客に呼ばれ怒りながら去って行った。


 「ヤーヴェ、本当にヘディの気持ちに気づいていないのか?」


 「気づいているって何だよ? 勝手に決めつけるのはやめろよ。それに、俺たちは家族みたいなもんだろ」


 「ハァー、お前のそういう所が、純粋というか鈍いというか……」


 「勘ぐり過ぎだぞ。ヘディはそういう意味で言ったんじゃないさ。それに、今は騎士になることで頭がいっぱいなんだよ。恋なんて……」


 そう言うと、ヤーヴェは心の中にいる忘れられない女性の影を打ち消すように、シチューをガツガツと頬張った。

感想やリアクションをいただけましたら、とても励みになります。

感想へのお返事は控えさせて頂きますが、大切に読ませていただきます。

よろしくお願いします。

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