2.貴族と平民
「あーあ、『白薔薇の乙女』に少しはお目にかかれると思ったのにさ。騎士のおっさんばっかりじゃないか」
ヤーヴェと一緒に入団試験を受けに来たバッシュが欠伸をしながらぼやいた。
「バッシュ、お前……何しに来たんだよ。俺たちは貧乏から抜け出すために来たんだぞ」
「分かってるって! でも、貴族の子供と違って俺たちは剣なんか持ったこともないんだ。どうせ落ちるんだったら、そんな雲の上の令嬢を見たからって罰は当たらないだろ」
「昔っから弱音を吐くのが早いんだよ、バッシュは。お前の足の速さはピカイチだろ。必ず一緒に受かるさ」
「足が速くてもよぉ……」
まだブツブツ言っているバッシュの背中を押しながら、ヤーヴェも『白薔薇の乙女』という名で有名なバリバール侯爵令嬢が、どれほどの美しさなのか気になった。
(みんな、幼馴染のヘディが美人だって言うけど、それより綺麗なのかな? って、俺は何を……一生関わることなんてない方だ。とにかく今は試験に集中しよう)
どんどん入団試験の対戦が進んで行くが、ほとんどの志願者はバリバール家の騎士に敵うはずもなく、今のところ一人も勝利を収めた者はいない。
「ヤーヴェ! ここで勝てたら大金星だぞ! 頑張れよー」
大声で応援しているバッシュは早々に打ち破れていた。
「何が大金星だ。ここは、貴様のような小汚い平民が来るところじゃないんだぞ。早く帰れ、目障りだ」
年の頃は少し上の18歳くらいの青年が、見下すような視線でヤーヴェを罵ってきた。
「もしかして、俺のことを言っているんですか? おかしいですね、今日の入団試験は身分も年齢も問わないはずですよ」
「はぁ? 貴族の僕に口ごたえする気か! 僕は貴様とは違うんだ。れっきとしたカペラニ子爵家の三男で――」
「ああ、三男だから期待されていないのですね」
カペラニ子爵家の三男坊が話し終わる前に、ヤーヴェは真っ直ぐな眼差しを向けて言葉を返した。
「くそっ、貴様、平民が貴族に盾突いたらどうなるか分かっているのか!」
二人の間に不穏な空気が流れたその時、オーウェンが口を挟んだ。
「そこの二人! 勘違いするなよ。受験の資格は問わないが、侯爵家での無礼な振る舞いは許さんぞ」
オーウェンの重く唸るような叱責に、二人は血の気の引いた表情で立ち尽くしている。
「ハハハ、お前たちそう怖がるな。多少の気概は必要だが……ここに立つ資格があるかどうかは、その木剣で証明しろよ」
◇
一方、ミレイユは、貴族の令息らしい青年とまだあどけなさの残る青年が揉め始めたのを固唾をのんで見守っていた。
「お父様、あの方が、その16歳の参加者ですの?」
私が指差した先には、体のサイズに合っていない――粗末なシャツとズボンを身に付けた手足の長い少年が立っている。
「ああ、あの二人、何か揉めていますね。申し訳ありません。侯爵様、私がお灸を据えて参りますので!」
オーウェンはそう言い残して、天幕を飛び出して行った。
「ミレイユの言う通りだ。あの揉めている二人のうち、身なりの良い男はカペラニ子爵家の三男だな。名は……」
お父様は手元の資料をゆっくりと確認した。
「クロードだ。それから、粗末な服の男が平民のヤーヴェ、16歳だ。平民と言っても貧民街の苗字も持たない最下層の者だ」
『最下層』
――その言葉に、私は先ほどまで感じていた気持ちの昂ぶりが急に恥ずかしく思えた。
「彼らは人生を懸けてバリバール家の騎士団に挑戦しているのですね。私……」
言葉に詰まっていると、お父様の温かい手が私の肩をそっと包んだ。
「そうだ。そして、今、わが家の騎士として働いている者たちも同じなのだよ。それに気づけただけでもミレイユは成長したな。ハハハッ、まいったな、夫人の言う通りだ」
天幕の外で鋭い打撃音とともに急にワーッと歓声が上がる。
どうやら、クロード・カペラニが騎士との対戦で敗れたようだった。
「お嬢様、あの鼻持ちならないご令息が負けたようですわ。まぁ……見た目に反して健闘していましたけど。騎士様に打ち負かされて少しスッキリしましたわ」
メイが冷ややかな表情でサラっと言いのけた。
「まぁ、メイったら、ふふっ。そんなことを言ったら、クロード様に悪いわ。でも、剣術は素人の私から見ても洗練されていたわよ」
そう言いつつも、メイの気持ちも分かる。
クロードのヤーヴェへの振る舞いは、遠目から見ていても気持ちの良いものではなかったから。
「お父様、あの方は貴族だから剣術を習っていたのかしら?」
クロードの見た目は青白い顔に線の細い身体、およそ剣など振り回せないように思えたが、騎士相手に健闘したのは意外だった。
「そうだろうな。三男とあって、子爵はよほど幼い頃から剣を学ばせていたのだろう。あの若さで基礎をしっかり身に付けて、剣筋も良い。騎士団への入団は合格だが、ふーむ、性格は一から叩き直さないとな」
お父様は薄い笑みを口元に浮かべ、兎を捉えた狼のように瞳を黒々と光らせている。
(ああ、クロード様、お気の毒だわ。こういう時のお父様は本当に厳しくて恐ろしいのよ)
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