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14.立ちはだかる壁

 一方、兵士たちは皇宮での勝利の報告が終わった後、明日の宴まで自由行動となった。


 「おーい、ヤーヴェはこの後どうするんだ? もうこんな時間か……俺は家族への報告と明日の準備のためにタウンハウスへ戻るよ。小さい屋敷だが、お前も一緒に来るか?」


 煌々と輝く月明かりがジョンを照らし、上気した頬を一層赤く浮かび上がらせている。

 

 「いや、侯爵様にご報告したいし、どうしても会いたい方がいるから。ありがとな、ジョン」


 「そうだろうな。驚いたぜ、俺に族長の首を放り投げて、あの『白薔薇の乙女』のいるバルコニーに飛び込んだ時は……それって、つまり、あれだろ? 羨ましいぜ!」


 ジョンがニヤニヤしながら、ヤーヴェの背中を思いっきり叩いた。


 耳まで真っ赤になったヤーヴェは目もろくに合わせず「またな」と言うと、サッと馬に乗り横腹を踵で打った。


 「お前がそんなに照れると、こっちまで照れるだろ。本当に可愛い奴だな、ヤーヴェは」


 ◇


 月が照らす石畳を緩やかなスピードで馬を走らせる。


 (早く……早くお嬢様にお会いたい)


 「ヤーヴェ!」


 そう名前を呼びながら、馬の前に急に人が飛び出し、驚いたヤーヴェは手綱を思いっきり引いた。


 馬の嘶きが人気ひとけのない街に響く。


 「ヘディ……」


 馬から降りたヤーヴェにヘディが飛びついた。


 「会いたかったよ、ヤーヴェ! どんなに心配したか――手紙とか書けたら良かったんだけど……アタシ、字書けないから」

 

 そう言って、ヤーヴェの胸で泣きじゃくるヘディを、グイっと自分から引き剥がした。


 「えっ、ヤーヴェ? 何か怒ってるの?」


 「ヘディ、バッシュから聞いたんだ。どうしてお前が……俺のカフスをお嬢様に売ったんだ?」


 ヤーヴェの怒りで震えた声に、ヘディは動揺して後退った。


 「どうしてって、私たちの新しい生活のためじゃない。ずっとアタシたち一緒だったでしょ。それに、アタシがヤーヴェを一番分かってるもん。だから夫婦になるのが自然だと思わない? ねぇ……ヤーヴェ、もしかしてお嬢様のことが好きなの?」


 ヘディの質問に答えずともヤーヴェの瞳を見れば、それが答えだと分かった。


 「アハハハッ! いくらお嬢様を恋い慕っても叶いっこないのに。アタシたちは貧民なの! ちょっと容姿が良いからって最下層の人間が夢なんか見て、馬鹿じゃないの?」


 「ヘディ、俺のことは容姿で好きになったのか?」


 「そうよ! 私を汚い物みたいに蔑む令嬢たちだって、アンタの容姿を見ると頬を赤らめるじゃない。そんな奴らに見せつけたいのよ! 私の男なんだって。お嬢様だって同じに決まってるわ!」


 ヤーヴェの頭に浮かぶのは、バッシュと三人で仲良く遊んだり食べ物を分け合ったり、懐かしい幼い頃の記憶。


 「両親もいない、幼くて貧しい俺たちが頑張れたのは、確かにいつも三人一緒だったからだ。だけど、ずっと子供のままじゃいられないんだ、ヘディ」


 「嫌、嫌よ、ヤーヴェ! どこにも行かないで。私と一緒になってよ! ねぇ!」


 「お嬢様から貰った金貨は、俺からの餞別だ。自分の店を持つのが夢なんだろ? お嬢様へは俺が一生かかってでも返すから」

 

 半狂乱で泣き叫ぶヘディに、ヤーヴェは静かに首を振った。


 「この気持ちが分不相応だって、そんなこと初めから分かっている。だけど、俺はどんな形でもお嬢様をお守りするって決めたんだ。もう、俺の命はお嬢様のものなんだよ」


 ヘディを一人置いて馬で走り去るヤーヴェの背中に、ヘディが力いっぱい叫んだ。


 「ヤーヴェのばかやろう! アタシを振って後悔しても遅いわよ! 私だって……ずっと好きだったんだから。どうやったら、アンタを忘れられるって言うのよ……」


 冷たい石畳に膝をつき泣き崩れたヘディの叫びは――誰にも届かないまま夜の静寂に吸い込まれた。


 ◇


 もう夜半近くだと言うのに、バリバール侯爵邸の灯りは明るく輝いていた。


 馬に乗ったヤーヴェがバリバール侯爵家の門に近づくと、門番の騎士が笑顔で門を開ける。


 そして、屋敷の前に立つ執事が扉を開けると、そこには侯爵夫妻やミレイユが待ち構えていた。


 「侯爵様に奥様、それに……お嬢様、バリバール侯爵家騎士団のヤーヴェ、無事に任務を果たして参りました」


 「ご苦労だったな。激しい戦ではあったが、ヤーヴェの活躍は見事であったと聞き及んでいるぞ」


 「ヤーヴェ、あなたを見直したわ。護衛騎士としての過ちは……赦します」


 「侯爵様、奥様……ありがとうございます」


 「約束通り、お前をミレイユの護衛騎士に戻そう」


 「それが良いわ、あなた。これほどの騎士ですもの、ミレイユが皇太子殿下の側妃として嫁いでも、きっと護衛騎士はヤーヴェに任せて下さるはずよ」


 (えっ? 今、奥様は何と言ったんだ? お嬢様が……側妃?)


 ヤーヴェの背中に嫌な汗が吹き出し、足元の世界が音もなく崩れ落ちるような感覚に襲われた。


 「何を言うの、お母様!」


 嬉し涙を浮かべていたミレイユの顔から笑顔が消え、厳しい声で侯爵夫人に突っかかった。


 「何って……ミレイユ、何をそんなにイライラしているの?」


 「まぁ、まぁ、二人とも、今日は喜ばしい日じゃないか。まずはゆっくりヤーヴェを休ませてやろう」


 侯爵と侯爵夫人は互いに目で合図を交わすと、腕を組んでゆっくりと階段を上がって行った。


 「お、お嬢様、私も今日は休ませて頂きます。明日は皇宮で勝利の宴がありますので。おやすみなさいませ」


 「あっ、ヤーヴェ、待って……」


 ヤーヴェはミレイユの声が聞こえなかったのか、足早にクロードたちと言葉を交わしながら立ち去ってしまった。


 「さぁ、お嬢様、ヤーヴェ卿の仰る通り宴がありますから、もう早くお休みになりましょう」


 メイがそう優しく声を掛け、ミレイユの背中をそっと支えた。


 ◇


 皇宮へ向かう馬車の中は重苦しい空気に包まれていた。


 ヤーヴェは早朝には皇宮へ発ったと、執事から聞いていた。


 「ミレイユ、いつまでそう不機嫌な顔をしているのだ?」


 「そうよ、せっかくの勝利の宴なのよ」


 「だって、昨日、お母様がヤーヴェに――」


 「本当の事でしょう? まだ事態は変わっていないの。ミレイユ、皇家を……陛下を甘く見てはいけないわ。もし、今日の宴であなた達の仲睦まじい様子を見たら、どうお思いになるかしらね?」


 私はお母様の鋭い指摘にハッと息を呑んだ。


 (そうよ、まだ何も状況は変わっていないわ。ヤーヴェに会えた喜びで浮かれていたわね)


 「そうだ、その顔つきだよ、ミレイユ。それでこそバリバール侯爵家の人間だ。最後まで足掻いて、戦って勝ち取れ」


 お父様が嬉しそうに私の顔を見つめていた。


 馬車の窓の外は、街中が勝利に酔いしれ、お祭り騒ぎを楽しむ人々の姿で溢れていた。

感想やリアクションをいただけましたら、とても励みになります。

感想へのお返事は控えさせて頂きますが、大切に読ませていただきます。

よろしくお願いします。

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