1.白薔薇の乙女の気まぐれ
――ヤーヴェと初めて会ったのは、私が15歳の時だった。
「ねぇ、メイ、なんだか朝から屋敷内が騒がしいわね。どうかしたの?」
まだ朝食前だというのに、騎士たちが忙しなく屋敷と訓練場を行き来している。
不思議に思った私は、身支度をしてくれている侍女のメイに訊ねた。
「今日は騎士団の入団試験最終日ですよ、お嬢様」
「あら、今日だったのね。そう言えば、毎年たくさんの志願者が来るのでしょう?選ぶのが大変だとお父様が仰っていたような……」
「ええ、その通りですわ。平民や下級貴族の庶子にとっては、願ってもない機会ですから。働き次第では騎士爵を得る者もおりますし、それに――高潔で名高いバリバール侯爵家の騎士団に加わることは、何よりの名誉なのですよ」
「そうなの? ふーん、そこまで考えたことなかったわ。それで、今日もたくさん来ているの?」
(ご存じないでしょうけど、『白薔薇の乙女』と称されるお嬢様を一目見ようと志願する者も多いのですよ)
「ええ、それはもう。準備で執事様や騎士様たちがてんてこ舞いですわ」
そんな会話をメイと交わしたからか、訓練場へ向かうお父様を思わず呼び止めてしまった。
「どうした、ミレイユ?」
「あ、あの、お父様……私も入団試験の見学をしてはいけませんか?」
私の突然のお願いに、お父様と騎士団長のオーウェンが困惑したように顔を見合わせている。
「ミレイユ、急に見学などと、これは遊びではないんだぞ」
お父様の軽くたしなめるような口調に、私は言わなければ良かったと少し後悔した。
「侯爵様、お嬢様も15歳でいらっしゃいますし、侯爵家のことにご興味をお持ちになるのは、喜ばしいことではございませんか」
「うーむ、まぁ、オーウェンの言い分も一理あるが……。見ず知らずの男どもの前にミレイユを晒すのは気が進まんな」
「あら、あなた、ミレイユを世間知らずの箱入り娘にするつもりですの? 私は嫌よ、着飾るしか能のない娘にはしたくありませんわ」
「お母様!」
朝食を終え、ちょうど廊下を歩いてきたお母様の耳に、私たち父娘のやり取りが聞こえてきたらしい。
お母様が私の方を向いて軽くウィンクをする。
「確かに、夫人の言う通りかもしれんな……。仕方ない、オーウェン、試験の志願者から見えないように天幕を用意してくれ」
「お父様……お母様、ありがとう!」
(本当にお父様はお母様には弱いんだから。ふふふ、初めて見る入団試験、楽しみだわ!)
◇
オーウェンの後に続き、庭園を抜けて円形の訓練場へと向かった。
広々とした訓練場を囲む一段高くなった通路を、私は足元に気を配りながらゆっくり歩く。
じりじりと照りつける日差しが、地面を白く染めていた。
――訓練場にはまだ志願者たちの姿は無かったが、準備にいそしむ騎士たちがミレイユの姿に思わず手を止めた。
「おいっ! お嬢様だぞ。俺たちはラッキーだな」
「うぉー、やっぱり綺麗だ」
「今日もお嬢様目当ての志願者が多いらしいぞ。まったく、実力不足の奴らまで試験を受けるとは困ったものだ」
「コラーッ! お前たち! 口を動かす暇があったら、さっさと手を動かせ!」
オーウェンが騎士たちに向かって怒号を飛ばしたかと思えばクルリと振り向き、涼しい顔で私に微笑んだ。
「ゴホンッ、お嬢様、こちらへどうぞ。急ごしらえで快適とは言えませんが……」
目の前には、木の柱と布で囲いと覆いを作り、小さな部屋のように設えた天幕が見える。
オーウェンのエスコートで天幕の中に入ると、広くはないが足を痛めないようにふかふかの絨毯が敷かれ、ベルベットの背もたれ椅子やテーブルが用意されていた。
「お嬢様、お茶とお菓子もお持ちしましたよ。あらあら、椅子にクッションがありませんわね」
「もう、オーウェンもメイも気を回し過ぎよ。これでは、本当に遊びに来たとお父様に叱られてしまうわ」
そうこうしているうちに天幕の外が騒がしくなり、志願者たちが訓練場に集まって来たようだった。
私は初夏の暑さを冷ますため、メイの淹れてくれた冷たいミントティーをひと口含んだ。
口の中はひんやりとしているのに、活気に溢れたざわめきで胸が高鳴り、心が躍り始める。
「オーウェン、訓練場が見えるように天幕を少し開けてちょうだい」
待ち切れないとばかりに私は声を上げた。
「ハハ、お嬢様も試験に挑む若者たちの熱気が伝わりましたか? こちらからご覧下さい。下の訓練場にいる志願者からはお嬢様の姿は見えませんので」
オーウェンが静かに布を巻き上げ外が見えるようにすると、メイが椅子を運んで来てくれた。
大勢の若い志願者たちが思い思いに素振りや準備運動をしている。
「ありがとう。あれが志願者たちかしら? 本当にたくさん集まっているのね! すごいわ!」
「ミレイユ、驚いただろう? ここ数年は毎年のように希望者が増えているのだ」
そう言いながら、上機嫌な様子でお父様が天幕に入って来た。
「お父様……どうやって騎士を選ぶのですか?」
「ここに集まっている者は、身体測定や体力測定の審査を通過した者たちだ。今日の最終試験では、わが家の騎士を相手に木剣で対戦してもらう。もちろん勝てるはずもないが、騎士としての素質を判断するのだよ」
「バリバール侯爵家の騎士と対戦? でも、平民は剣など持ったこともないでしょう? 貴族の令息に比べると不利なように思いますわ」
「さすがわが娘、鋭い指摘だ。しかし、天性の素質というものは、そういった不利な境遇さえも圧倒してしまう――そんな輝きを秘めているのだよ」
「輝き……」
「ミレイユにはまだ少し難しいかもしれないな。しかし、今日、初めてそれを目にするかもしれんぞ。ハハハッ」
お父様が楽しそうに笑い声を上げると、オーウェンも強く頷きながら口を開く。
「はい、そうですね、今日はなかなかの逸材が参加しているようですから。選考一位通過が平民でまだ16歳と聞けば、侯爵様が興味を持たれるのは当然です。私も団長として楽しみですよ」
(16歳ですって!? 私と一つしか変らないじゃない。しかも平民だなんて……まだ成人もしていないのに、どうして騎士になりたいのかしら?)
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