Episode4 チャンスのあとはピンチ
現在時刻は7時54分になるところ。今俺は久井さんと一緒に走ってテニスコートに向かっている。久井さんは身長は154センチ。結構同じくらいの身長でかなり視界に入ってきてしまう。いやだってチラッと横目で隣を見たら本当にすぐ隣に久井さんがいるんだよ。なんだよ、この風景…。年頃の男女が二人きりで一緒に走っているなんて、周りからカップルみたいに見えているのでは?そんなコトを考えてしまうと余計に話しかける勇気がなくなってしまう。でも俺はせっかくのチャンスだからと思って久井さんに気になっていたコトを聞いてみた。
「あのー久井さん。一つ聞いてもいいですか?」
「ん?なに、どうかしたの?」
「そのー、いつも練習に早く来ている久井さんがどうして今日はこんな時間にいるのかなって…」
俺が質問し終わるとすぐに久井さんは軽く笑いだして言った。
「いつもはアラームで目がちゃんと覚めるんだけどね、今日は二度寝しちゃったんだ。」
先輩が二度寝…なんだか想像するだけで状況が思い浮かぶ。ぐっすり寝ちゃったんだろうな…
「それで何時に起きたんですか?」
「6:00だよ。」
「えっ!?」
思わずびっくりして声が出てしまった。いやだって俺なんか7:00起きで久井さんと同じ時刻に着いているけど、久井さんどれくらい通学に時間をかけているのかな。ていうか、久井さんってそもそも電車通学だったかな。それともバス通学?俺まだ全然久井さんのこと知らないや。
気になってもう一回質問しようとした。でも、時間が足りなかったみたい。すでに俺と久井さんはテニスコートまで残り少しのところまで来ていた。クッソ…いつも果てしなく感じる駐輪場からの道も、今日という今日だけはめちゃくちゃ短く感じた。あと少しだけ話させて欲しい、そう願ってもどうにもならないってコトは分かっている。でも、話したい思いは止められない。もう少しだけ…。
その瞬間強めの風が一瞬吹いた。久井さんの髪が風になびく。それと同時にすこし甘くて花のようないい匂いが俺の鼻腔を満たした。そして俺は少し冷静になる。よく考えてみると、今日このたった数分の間で久井さんとも今までとは想像もできないくらい親しくなれた、そう思う。これ以上今求めるのはやめよう。もう十分だ。これで今からのキツイ練習も頑張れる。
テニスコートがこれ以上近くなる前に久井さんと一緒に走ることをやめなければ…そう思い、俺はとっさにしゃがんで靴ひもをあえて自分で一回ほどいて靴ひもを結びなおすことにした。そして、
「久井さん。僕、靴ひもを結ぶので先に行っててください。」
と言った。すると、久井さんは少し立ち止まって「うん。先に行ってるね。」と返事をしてくれた。
そして久井さんは走り出す前に俺の方に振り返って言った。
「キーホルダー、拾ってくれてありがとう。本当に助かったよ。じゃあ、早く白城君も来てね。」
そう言って久井さんはまた微笑んだ。なんだ俺…この数分間で何回久井さんの笑顔見てるんだ?今まで笑っているところなんか見たことなかったのに。なんだか一気に関係が進みすぎて現実とは思えない。
こうしてどうにかみんなに俺が久井さんと一緒に走っていることを見られずに済んだという安心感と、どこかもう少しだけ一緒に話していたかった自分がいて、心が少し苦しい。でも楽しかったな。ありがとう久井さんのキーホルダー。君のおかげで久井さんとたくさん話せたよ、ありがとう…。
「お前、靴ひも結び終ってんのに何しゃがんでるんだ?早くしろよ。練習に遅れるぞ…。」
靴ひもを結び終わって、さっきまでのコトを振り返ってしばらくしゃがんだままだった。しまった…。
この声は聞き覚えがありすぎる…。最悪だ…。そう、この声の主は雄星だったのだ。
「あっ、ごめんごめん。」
俺は軽い動揺を隠しながら雄星に一応謝った。すると、雄星が口角をあげてうれしそうに、
「そんなに楽しかったか?久井さんとのランニングは…(ニヤリ)」
「はあ!?」
俺は思わず大声を出して驚いてしまった。雄星、俺が久井さんと一緒に走ってたのを見ていやがった…。待て、一体いつから見てたんだ?まさか、最初からか…?たとえ最初から見ていなくとも、最悪なことに変わりはない。部活前に最悪な気分…ニヤニヤしている雄星がいつもより比べ物にならないほど気味が悪い。俺は雄星と絡むのがかなり面倒くさかったので、
「楽しかったですよー。」
と言って雄星から逃れるためテニスコートに向かって再び全力疾走した。
「あ!おい、待て!!僕を置いていくなー!!」
さあ、今から部活頑張るぞ!!そう俺は心の中で自分に言い聞かせテニスコートに向かっていく…




