Episode14 越えられない壁
夏の暑さも厳しくなり、いよいよ夏本番という時期に入って来た。先週の校内戦から俺はいろいろと考え込んだ。「これから何を目標にするか」とか「どんなプレイヤーになりたいか」など、自分のこれからについて本気で考えた。そして、目指すところは来年の県総体で団体のレギュラーメンバーとして出場することと決めた。今の俺の実力ではかなり厳しい目標だということは分かっている。だけど、この目標を諦めるにはまだ早すぎる。これからの10ヶ月ぐらいで十分に成長できると思うし、なにしろ今はレギュラーではないのだから何も失うモノがない。だからこそチャレンジャー精神でこれから頑張っていこう、そう決めた。
いろいろとあった先週の日曜日の練習から6日が過ぎた。今日は土曜日。いよいよ、高校初試合となる「青井スポーツ杯」の当日。この試合で結果を出すために俺は今まで練習に励んできた。先週は色々とあったけれど、気持ちは自分なりに切り替えられたと思う。今はすぐ目の前に控えている試合が楽しみでしかない。そのせいなのか、今朝は苦手な朝も難なくアラームの時間通りにしっかりと起きることができた。中学3年の最後の大会以来の公式戦、実に1年数か月ぶりの公式戦である。俺はいつも通り、起きてからまず最初にトイレに向かい用を足した。いつもは頭がボーっとしているこの時間も今日は違く、もう頭はシャキっとしている。いつもとは違う俺の雰囲気に母親の祐子も俺がいつもと様子が違うのに気付いたらしい。
「知…あんたどうしたの今日?どこか体調でも悪いの?」
なんで俺の母親はこんな時に限って馬鹿げたコトを言ってくるのだろう…
「違うってば…。体調悪い奴がノコノコと起きてくるワケないだろ?元気だよ…」
「フフッ、そうよね。試合が楽しみなの?高校初試合だもんね今日は。」
さすが、俺の心境をすべて知っているかのように完璧に言い当てた。やはり親には隠し事はできないな。
「そう、楽しみで仕方がないんだ。今日の試合のために今まで頑張って来たから。」
「うんうん、そうよね。お母さんだって、今日の知の試合、楽しみにしてる。」
「うん。絶対勝つから。」
勝つと口に出すと、スイッチが一段と入る。そう、勝つんだ。勝たないと。今日は絶対に勝ってやる。そう意気込んで朝食を10分で食べ終えた。そして俺はまだ一度も着ていなかったユニフォームを着る。なんだかこのユニフォームがとてもカッコよく思えた。こうして俺は試合への準備を終え、しばらくして家を出発したのであった。
試合会場に着いた。チームの集合時間の30分前に着いたものの、もう先輩たちはほとんど到着していた。1年生で着いているのは、まだ自分だけであった。すると、遠くから柿田さん(女子の先輩)が歩いてくる姿が見えた。俺は思わず驚いてしまった。てっきり、今日の試合は男子だけだと思っていた。すぐに近くにいた高瀬さん(男子の先輩でチームのエース)に、
「高瀬さん、今日って女子も男子と同じ会場ですか?」
「うん、そうだよ。あれ、聞いてなかったの?」
「はい…。ありがとうございます。」
「うん。」
今日女子と一緒ってことは久井さんも来る。それはそれで嬉しいぞ…ますますやる気が出てきた‼
そんな風に思っている間に続々と一年が会場に到着し始めた。そして久井さんも間もなくして到着した。初めて見る久井さんのユニフォーム姿は俺の視界を一瞬で奪った。カワイイ…朝からこの人を見れるなんて俺は幸せだ。久井さんは大きなクーラーボックスも両手で持っていた。どうも重そうにしている。そんな姿を見ていると俺はもう久井さんのもとへ走っていた。口実は「久井さんが重そうにしていたから、自分が代わりに持ってあげようと思った」である。けれど、多分俺は久井さんと話したかった。久井さんと少しでも一緒にいたかった。もうすでにこの時には久井さんのことが好きになっていた。きっと…
「久井さん、そのクーラーボックス重そうなんで僕が代わりに持ちますよ。」
「おはよう、白城君。気遣いありがとう、だけどいいよ。これ私個人のモノだし。」
「いや、でも僕が持ちますよ。重たいものを持つことは後輩の仕事の一つですから。」
「フフッ、白城君は意外と頑固なんだね。そんなに言ってくれるなら、持ってもらおうかな?」
「任せてください…。持ちますよ…。」
ズシィ…。お、重いぞこのクーラーボックス…。でも俺は久井さんの前では我慢してあえて余裕そうに振る舞った。会話を途切れさせまいと、俺は久井さんに話しかけた。
「結構、このクーラーボックス重いですけど一体何が入っているんですか?」
「ええっとね、2Lの麦茶のペットボトルが6本だよ。今日のチーム全員のためのお茶だよ。」
「そ、そうなんですね…道理で見た目の割に久井さんが重そうにしていたわけだ。」
「うん、意外と重いでしょ?私、結構頑張ったんだよ?」
「頑張りすぎですよ、先輩。僕たち後輩をもっと頼ってもいいんですからね?」
「うん、これでも十分頼っている方だよ。ありがとう、助かるよ本当に。」
「いえいえ。」
「それと…」
ここで久井さんがほんの少しだけ黙る。俺は思わず久井さんの方を振り返った。
「久井さん…?」
「この間は、その…ありがとね。あんなに私を励ましてくれて。本当に助かったよ。ありがとう。」
「あっ、いやあれは逆に迷惑だったかなって思ってました…」
「迷惑なんかじゃないよ。私、本当に白城君に助けられたんだよ。」
「そうですか…。そんな風に言ってもらえると嬉しいです。」
「白城君は本当にいい後輩だよ。」
後輩…。その一言で俺は高揚感も一気に収まってしまった。そうだ、久井さんにとって俺はただの後輩にしか過ぎない。たとえどんなに久井さんを助けたって、ただの後輩なんだ。
この瞬間、久井さんと俺との間にどうしても越えられない「先輩後輩の関係」という壁があることにきづかされてしまった。その壁は越えようという気持ちも全く出てこないほど、あまりにも高すぎる壁だということ…。ただこの時から俺の胸は空っぽになった。
絶対両想いになることはない、そんな非情な現実が俺に再び襲い掛かるのであった。