Episode11 率直な思い
沈黙が続いたのは現実の時間では10秒程度だった。でもその10秒は俺を苦しめるには十分すぎた。その間久井さんには悪い思いをさせたと今でも思う。俺から久井さんのところに行ったのにも関わらず、俺から黙り込んでしまうなんて。励ますつもりが困惑させてしまった。久井さんはこの時きっと自分のことで落ち込んでいただろうに。
でも、俺はいつまでも過去の過ちを振り返っているわけにはいかなかった。とにかく何かアクションを起こさないと、とばかり思っていた。でも俺は過去の過ちはいったん置いといて、なんてできなかった。
沈黙がこのまま続いてしまうのか、そう思っていた時だった。突然だった。
「大丈夫…?何かつらいコトでもあった?」
久井さんが声を掛けてくれた。さすがの俺も久井さんの問いには答えないという選択肢はなかった。
「すいません、久井さん…。久井さんがなかなか帰ってこないので心配になって探しに来ました。」
咄嗟にここへやって来た理由を述べた。でも、それ以上、言葉が出てこなかった。続かなかった。また黙り込むしかなかった。過去の過ちはそれだけ俺を苦しめた。なのに、なのに…。久井さんはそんな黙り込んだ俺をほっとかずに、ただただ待ってくれた。俺の気持ちが収まるまで。
「すいません、急に現れて急に黙ったりして…。すいません、ホント…」
気持ちが落ち着き、俺は久井さんにとりあえず謝罪した。普通に考えれば、急に現れたやつが急に黙り込むなんて、恐怖でしかない。でも久井さんは優しかった。
「そんな。謝らなくていいんだよ。大体私を探しに来てくれたんでしょ?感謝しかないよ。」
優しい、優しすぎる。なんで励ましに来たハズの俺が逆に久井さんに励まされてるの?おかしいだろ、やっぱり俺どうかしているよ。でも励まされたからには、俺も本当の目的を果たさないとな…
「久井さん、僕さっき久井さんを探しに来たって言いましたよね?あれ、半分嘘なんです。」
「えっ?」
確かに、久井さんを探しに来たのは間違いない。だが、俺はただ探しに来たのではない。そう、励ましにやって来たのだ。余計なお世話かもしれないけど、俺は俺の目的を果たす!!
「実は、久井さんさっきの試合のコトで落ち込んでいるんじゃないかなーって。」
「うん…。」
俺の問いに対して久井さんの顔がわずかに曇った。明るい感じで終わらせようとしていた自分がいた。だけど、久井さんの顔色を見るからにはそんな能天気な感じではいられないと嫌でも分かった。
「それで僕、久井さんに言いたいことがあって探しに来たんです。」
「言いたいこと…?」
「落ち込むのも分かります。僕なんかに分かるワケないって思ってもらっても構いません。でも、僕も小学生の頃、似たような思いをしているんです。『自分のせいで負けちゃった』とか『なんで上手くいかなかったんだろう』とか…。」
「うん…。」
ここで久井さんの声色が確実に変わった。声が震えてきた。でも俺は伝えたかったコトを言い続けた。
「でも、そんな風に考えれば考えるほど自分に嫌気がさすんです。せめて自分だけでも自分の味方でいてあげてください。だから言い訳をしたっていいんです。泣いてもいいんです。それで自分の気持ちが落ち着くなら。あなたは誰よりも優しくて、それと同時に誰よりも責任感がある。自分を追い詰めないでください。他人事のように聞こえるかもだけど、僕は久井さんを応援してます。あなたが最高のプレーをして、最高の笑顔で喜ぶ姿を誰よりも楽しみしています。」
「うん…。ありがとう…。」
言いたかったことを伝え終わると、久井さんは声を殺して泣き始めた。久井さんの嗚咽が二人の間に再び沈黙をもたらした。あぁ、これで良かったのかな?久井さんを励ますことができたのだろうか。なんだかここまでの反応をされるとは思ってもいなかったから、目的を果たせたのかも分からない。でも、ここまで言えた自分を褒めてあげたい。
そんな気分でいると、テニスコートの方から「白城ー」という少し怒り口調の声が聞こえてきた。あ、やっべ。気付けば内田さんにトイレに行くと告げてから5分近くがたっていた。この声はきっと幸汰だ。サボってると思われているんだろうな…でも、サボってると思われても仕方がないよな。だって実際トイレにも行ったけど、メインは久井さんとの会話だったし…。
こんな状況になってしまった以上、さすがの俺もコートに戻らない訳にはいかない。俺は久井さんに、
「じゃあ、僕先に戻りますね。もし、久井さんのこと聞かれたら僕が適当に言い逃れしときます。
久井さんはタオルで顔を抑えたまま、軽くうなずいた。
俺は言いたかったことを言えた満足感で満たされていた。そのままコートに素早く帰っていった。
私の名前は久井依茉。高校2年生でソフトテニスをしている。今日は最悪な1日だと思った。朝は寝坊するし、さっき試合ではなんにも役に立てなかった。私のせいで負けたと思うと自分が嫌になっていた。でも、突然その人は私の前に現れた。白城君。白城君のことはまだよく分からない。不思議な子だな、と思っている。だけど、白城君は私を励ましてくれた。ありがとう、白城君…。君に励ましてもらったら、今日は最悪な1日じゃないのかもって思えたよ。本当にありがとう…。