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9話 犯人しか知り得ない証拠

「じゃあ、夜会の前に破られたドレスは!? ズタズタに切り裂かれた本や私物だってなくなったわ、――明らかに彼女がやったのよ!」


 パフィーネの声が、ホール中に響き渡った。


 涙を浮かべた彼女は、今にもゼヴィレンに掴みかかりそうな勢いで叫ぶ。しかし、動揺を隠しきれない顔は青ざめ、全身がかすかに震えていた。


 ――だが、その必死の叫びに答えたのは、ゼヴィレンの冷ややかな眼差しだった。

 彼はゆったりとした仕草で、胸ポケットから細長い棒状の魔道具を取り出す。


「なるほど。では、あなたの言い分が本当に正しいのか、証拠を見せましょう」


 美しい銀色の装飾が施されたそれを、彼は軽く指で弾く。

 次の瞬間――ホール全体に、鮮明な音声が響き渡った。


『あの藍色の目の女より、アルフレッド様に相応しいのは私よ!』

『ネートル、書籍を引き裂いて困らせてやりましょう。パフィーネの泣き顔が目に浮かぶわ』

『それはとってもいい考えね。マルティーナ』

 

 楽しげな笑い声とともに、紙を無遠慮に引き裂く音が続く。


『この間の夜会の時の彼女の服、見た? 無様だったわよね。あんな下品な胸元が開いたドレス、よく着られるわ。ルベルス子爵令嬢って本当にセンスがないわよね』

『あら? 私たちがズタズタにしたドレスの方がもっとひどかったの、もう忘れちゃった?』

『アルテイシア様もお気の毒にねぇ。あんな女に婚約者を奪われるなんて』


『ねぇ知ってる? パフィーネってアルフレッド様の他にも――』

『しっ。誰かくるわ!』


 録音された音声が終わる頃には、ホール全体が重苦しい沈黙に包まれていた。

 貴族たちは一様に顔を強張らせ、囁き合う。


「今の……ネートルとマルティーナって言った?」

「パフィーネの友人の……?」

「いつもそばにいる二人の声ですわよね、あれ」


 録音された音声が終わる頃には、ホール全体に重苦しい沈黙が満ちていた。


 先ほどまでただの傍観者として高みの見物を決め込んでいた貴族たちの目が、一斉に音声の主――パフィーネの取り巻きである二人の少女へと向けられる。


 彼女たちは人垣の最前列に立ち、まるで舞台の中央に引きずり出されたかのように怯えた表情を浮かべた。視線に追い詰められるように、彼女たちは気まずく顔を見合わせ、そっと後ずさる。


「……な、なによ。私たちじゃないわ!」

「そうよ、誰かが声を真似して……!」


 必死に取り繕う二人の声は、かえって場の空気を冷たくさせた。


「はぁ」


 ゼヴィレンは心底呆れたように深くため息をつくと、ゆるりと首を傾げた。まるで心から理解できないものを前にした学者のように、困ったような笑みを浮かべながら。


「これが声真似なら、相当な名役者がいますね。しかも犯人しか知り得ない情報を事細かに語るとは、実に面白い。詳細な自白とでも言うべきでしょうか?」


 皮肉たっぷりに言い放つと、少女たちは完全に言葉を失い、顔を引きつらせながら縮こまった。


「これでお分かりだと思いますが、彼女――アルテイシアは何一つ、後ろ暗いことはしていません。先ほどの映像と言い、今回の音声と言い、彼女の無罪を証明するには十分すぎる内容だと思いますが……何かおかしいことでも?」


 ゼヴィレンはそう言い切ると、胸を張り、堂々とアルテイシアに微笑みかけた。しかし、次の瞬間、彼の余裕たっぷりの笑顔は一瞬にして凍りつくことになる。


「……むしろ、おかしいのはあんたのほうよ」


 アルテイシアが腰に手を当て、鋭い視線を向けながらゆっくりと詰め寄る。ゼヴィレンは一瞬たじろぎ、眉をひくつかせた。


「い、一体何のことかな?」

「一体どこから、どんな手段で、何撮ってるわけ?」


 その問いが放たれた瞬間、場の空気が微妙に変わった。


「へ? あっ? ちかっ――」


 突然、襟元をぐいっと掴まれ、ゼヴィレンは強制的にアルテイシアと至近距離に引き寄せられた。彼女の赤紫の瞳が間近でギラリと光る。


「私に無断で撮影の魔道具を作動させてるなんて、聞いてないんだけど? そもそもいつの間に作ったのよ、そんなもの。一体どういう理由で作ったのか、しっかり聞かせてもらいたいところだわ」


 ゼヴィレンは目を泳がせながら、明らかに動揺した様子で「や、えっと、あの、その」としどろもどろに言葉を濁す。


「まさか……盗撮盗聴目的で作ったんじゃないでしょうねぇ」


 アルテイシアがじわりと顔を近づけると、ゼヴィレンはぎくりと肩を強張らせた。


 そのやり取りを遠くから聞いていた王太子が、盛大に吹き出したのを皮切りに、彼の婚約者エリーチェまでもが肩を揺らしてくすくすと笑い始める。周囲の貴族たちの中にも、必死に笑いをこらえている者がちらほらいた。


 ゼヴィレンは冷や汗をかきながらも、どうにか誤解を解こうと口を開く。


「や! あの、でも、その……こ、今回は、役に、立ったのだし……」


 いつもの余裕たっぷりな彼とは打って変わって、しゅんと肩を落としたゼヴィレンは、大きな黒い犬のように耳を垂らして情けない表情を浮かべた。


 しかし、アルテイシアは容赦しない。


「今回は、でしょ!? いつもあんなことされてたらたまったもんじゃないわよ!」

「えっ、い、いや、そんな、まさか、いつもは……!」

「その言い方、普段もやってるってことじゃない!?」


 ゼヴィレンは冷や汗をだらだら流しながら、必死に手を振る。


「ち、違います! 誤解です! これは、あの、研究の一環で……」

「じゃあその『研究』とやらを今すぐ私に見せなさい!!」


 アルテイシアがズイッと迫ると、ゼヴィレンは後ずさるも、背後にはすでに人垣ができていて逃げ場がない。


「試作品だって言ったわよね? 出しなさい! 今すぐ全部、私に渡しなさい!!」

「え、ええ!? ちょ、ちょっと待って、これにはその、色々と……!」

「あんたが今持ってるの、全部よーーー!!」


 アルテイシアの絶叫がホール中に響き渡り、観客たちの間からついに堪えきれずに吹き出す笑い声がこぼれた。


 その様子を見ながら、ゼヴィレンは心の底から深く後悔した。


 ――魔道具の開発計画は、もう少し慎重に進めるべきだった、と。



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