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8話 物言わぬ魔道具の告発

 ゼヴィレンの手の中にある魔道具が淡く光を放ち、宙にぼんやりとした映像が浮かび上がった。まるで水面に映る景色のように揺らめいていたそれは、やがて安定し、一つの光景を映し出す。


 映像の中に現れたのは、椅子に縛り付けられた粗野な男の姿だった。頬に殴打の跡があり、乱れた金髪が汗で貼りついている。暗い尋問室の中、灯されたランプの明かりが彼の険しい顔を照らしていた。眉間には深い皺が刻まれ、焦燥の色が浮かんでいる。


『俺は雇われただけだ! 藍色の目をした女に金貨七枚を渡されて、『悲鳴を上げたら追いかけろ』って言われたんだ!』


 男の声が荒々しく響く。周囲の人々は息を呑み、ホールのざわめきが一瞬にして静まり返った。


「……藍色の目?」


 誰かが小さく呟く。

 尋問官の低く冷ややかな声が続いた。


『その女は銀の髪に赤紫色の瞳か?』


 男は苛立たしげに顔を上げ、縛られた手をわずかに動かしながら、だが自暴自棄になったように叫ぶ。


『そんな女知らねえ! 俺が知ってるのは、藍色の目に茶色の髪をした女だ!』


「――!」


 ホール全体がざわめいた。貴族たちは顔を見合わせ、驚愕の声が漏れる。


「アルテイシア様は銀の髪に赤紫色の瞳では?」

「では、その証言に出てきた藍色の目の茶色い髪の女とは……?」


 疑念の視線が、一斉にパフィーネへと向けられた。

 ゼヴィレンは口元に手を当て、芝居がかった仕草で呟く。


「おやおや、これはどうしたものか。アルテイシアは銀の髪に赤紫色の瞳だったはずだけど。この証言だけで十分に、彼女が犯人でないことが証明されたようなものだね」


 パフィーネの顔がみるみるうちに青ざめていく。唇を噛みしめ、何か言い訳を探すかのように目を泳がせた。


「だ、だけど……! そんなの、犯人が嘘をついている可能性だって……!」


 必死に言い募るパフィーネに、ゼヴィレンは肩をすくめ、ゆったりとした動作で魔道具を再び操作する。


「ふぅん。じゃあ、こちらを見ても同じことが言えるかな? 君は彼ら、いや、彼のことをさっき見知らぬ男って言っていたよね?」


 再び映像が切り替わる。

 映し出されたのは、どこか薄暗い、簡素な机と寝台しかない宿の一室だった。


 ――その中央に悠然と座るパフィーネの姿がある。


 彼女は机の上に置かれた金貨を指先で弄びながら、対面する男を見つめている。先ほど尋問室で証言していた、あの男に間違いなかった。彼は無造作に金貨をかき集め、ニヤリと笑う。


『報酬は金貨七枚か。悪くねぇ』

『ええ、アルフレッド様が助けに来るまでうまくやって。臨機応変に。あとは散り散りになって逃げてくれたらいいから』


 パフィーネの声は、どこまでも甘やかで、しかし冷徹な響きを孕んでいた。


『おい。本当にいいのか? 相手はお貴族様だろ? 自作自演が気づかれたら大変なことになるのはあんただぞ』

『ご忠告痛み入るわ、ベレッグ。だぁいじょうぶよ、アルフレッドはそこまで頭が回らないわ。だって、脳筋だもの』


「――!!!」


 会場の空気が凍りついた。


 映像の中のパフィーネが、確かにそう告げる姿が映し出されている。


「……これでもまだ、証拠がないと?」


 ゼヴィレンの冷徹な声が響くと、周囲の視線が一気に鋭くなる。


 アルフレッドは、パフィーネを抱き寄せていた手をそっと離した。青ざめた顔で、彼女を見つめる。


「パフィーネ……君、まさか……?」


 彼の声はかすれ、困惑に揺れていた。


「そ、そんな……! いったい、どうして」


 パフィーネは狼狽し、震える手で自らの口を覆う。しかし、その仕草すら、どこか演技じみているようにゼヴィレンには見えた。


「どうして? 複製の魔道具は未だかつて開発されていないが、映像を写し取って確認するための複写の魔道具は存在する。僕が作ったからね」


 ゼヴィレンが薄く嗤う。


「こんなもの、何の証拠にもならないわ。映像が捏造されたのかもしれないし」

「残念ながら。君が言うように、これはまだ不完全でね。そこにあるものを、そのまま写し取ることしかできないんだ」


 パフィーネは一瞬、しまったとばかりに肩を震わせた。明らかな墓穴だ。覆しようのない事実の裏付けをさせてしまったようなものだと唇をかむ。


 だが、それでも最後の抵抗を試みるかのように叫ぶ。


「じゃあ、夜会の前に破られたドレスは!? ズタズタに切り裂かれた本や私物だってなくなったわ、――明らかに彼女がやったのよ!」


 泣き叫ぶような声。


 だが、もはや周囲の貴族たちは、パフィーネの言葉に耳を傾けることはなかった。


 それまで彼女に同情していた令嬢たちですら、互いに顔を見合わせ、冷たい沈黙を保っている。


 アルフレッドは小さく息を呑み、ゼヴィレンはただ冷ややかに彼女を見つめるだけだった。


 ――パフィーネの最後の足掻きは、もはや見苦しいほどだった。

 


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