7話 魔道具
「パフィーネ様の、誘拐未遂事件?」
「ルベルス子爵令嬢が暴漢に襲われたというあれか」
事の推移を見守っていた生徒たちは、困惑気味に顔を見合わせた。そして、それぞれが知る限りの情報を口々に話し始める。ざわめきが次第に大きくなり、場が騒然とし始めたところで、ゼヴィレンが一歩前に出た。
「では、ここで誘拐未遂事件におけるパフィーネ嬢の証言について、一つずつ確認させてもらおう」
鋭い眼差しをたたえたゼヴィレンの言葉に、集まっていた貴族たちが息をのむ。
「一週間ほど前のこと。君はアルテイシアに呼び出され、街へ出た。そこで薄暗がりに誘導され、アルフレッドと別れるよう脅された。だが君はそれを拒否し、すると暴漢たちに襲われた……そうだったね?」
ゼヴィレンが淡々と証言をなぞるたびに、パフィーネは怯えたように身を縮めた。まるでその恐怖を思い出すかのように、震える声で答える。
「その通りです……! アルテイシア様は私の身体を暴漢たちの方へ突き飛ばすと、見向きもせずに走り去ってしまいました。わたし、本当に怖かった……!」
青ざめた顔を伏せ、胸元で両手を握りしめる。その姿は、一見すると弱く儚げな少女のように映るかもしれない。だがゼヴィレンの目には、その震えがあまりに演技じみたものに見えた。
「へぇ」
「私は必死に追いかけました。でも、アルテイシア様は高笑いをしながら走り去ってしまったんです。その隙に見知らぬ男たちに捕まり、馬車に押し込まれそうになって……! もしアルフレッド様が助けてくださらなかったら、わたし、わたしっ!」
わぁーん、と大声を上げながら泣き始めるパフィーネ。
反論するのもばからしく思え、アルテイシアは一瞬、思考を停止させる。
黙っているとゼヴィレンが「どうなの?」と視線を投げかけてきた。
(私に、今ここで、反論しろっていうの?)
何か確たる意図があるのはわかったが、現状ではそれを聞き出すこともできない。仕方がないから、ゼヴィレンの言うことに従うことにする。
アルテイシアは、アルフレッドによしよしと慰められている茶色の髪の少女――つまりパフィーネ――から視線を外し、ふるりと首を横に振った。
「わたくしも事件に関して、騎士団の事情聴取を受けました。パフィーネさんが私の名前を出し、私が犯人だと証言したため容疑者として取り調べを受けることになりました。――その際と全く同じことを、改めてこの場で証言させていただきますね」
こちらとしては寝耳に水だったが、騎士団としては「被害者」から訴えがあったため、形式的に応じなければならなかったのはよく理解できる。アルテイシアは鼻から息を胸いっぱいに吸い込んで、口を開いた。
「ルベルス子爵令嬢が誘拐されそうになったというその日、わたくしは宮廷に上がり、第二王女殿下の執務をお手伝いしておりました。文官見習いとしての執務自体は1か月ほど前から。この事実は公式の聴取記録にも残されておりますし、王女殿下の筆頭執務官であるレイトワール伯爵令嬢もご存じのこと。さらに、出入りの記録は侍女が執務記録長に記しておりますので、お疑いがあるなら、そちらの資料をご覧になっていただきたく存じますわ」
「だ、そうだけど?」
毅然と淡々とした態度で告げるアルテイシアを誇らしげに見つめながら、ゼヴィレンはパフィーネに冷たく視線を投げる。パフィーネはびくりと体を震わせた。アルフレッドの腕の中にいたが、その隙間から顔だけを覗かせ、潤んだ瞳でしゃくりあげる。
「……魔道具の中には、同一の自己を複製できる装置があると聞き及んでおります」
その言葉に、アルフレッドは驚愕したように腕の中のパフィーネを見下ろした。
「同一の自己を複製できる魔道具、だと?」
パフィーネはアルフレッドの両腕をぎゅっと掴みながら、アルテイシアに向き直る。
「ゼヴィレン様は魔道具研究で優れた功績を上げられているお方。おそらく、そうした魔道具を用いてアルテイシア様の偽物を作り出し、宮廷で王女殿下の仕事を手伝わせ、本物の方が私を襲ったのではないでしょうか?」
(なにを言っているのかしら、この方は……)
アルテイシアは心の中でため息をつく。
ゼヴィレンがどれほど優れた魔道具を作り出そうとも、本体とは異なる行動を取る完全自立型の自己複製など、到底あり得るものではない。
「なるほど……。だとしたら、騎士団の聴取に嘘をついたことになるな」
「まさか、もう一人自分の分身を作り出し、意のままに動かせる魔道具が存在するなんて……」
「もし本当にそんな魔道具があるなら、子爵令嬢の言い分にも理があるように思うが……?」
(どうして誰も彼も、パフィーネの言葉を真に受けるのかしらね。そんな便利なものがあるなら、とっくにゼヴィレンが使ってるわよ)
むしろ新しい魔道具を作るたびに得意げに披露してくるゼヴィレンが、アルテイシアに黙っているはずがない。
ため息をつきながらゼヴィレンを見やれば、魔道具に対してはいつもの無口さはどこへやら、とりとめもなく歌うように話す彼が嫌に静かだ。アルテイシアは彼の表情におや、と片眉を上げた。
「確かに、君の言うように、複写できる魔道具は存在する」
「だったら!」
「だが――それは複写であって、複製ではない」
ゼヴィレンは冷ややかに言い放つ。
「むしろ、そんな魔道具があるなら、質感すら徹底的に再現して僕が真っ先に利用している」
「え……?」
ちらりと熱っぽい視線を向けられ、アルテイシアは思わず頬をひきつらせた。
ゼヴィレンは鼻先で笑い、いつもの冷淡な表情へと戻る。そして実に冷めた眼差しで、パフィーネを見下ろした。
「そんなに見たいというのなら、お望み通り、見せてあげよう」
「え……?」
パフィーネは顔を上げ、その瞳には焦りが滲んでいた。