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5話 亡霊貴公子


 癖の強い黒髪が波打ちながら無造作に垂れ、長い前髪が瞳を覆い隠している。その隙間から覗く真紅の瞳を知る者は、ごくわずかだった。


 長身痩躯。


 日に当たらぬせいか肌は生白く、陰鬱な雰囲気を纏う彼は「亡霊貴公子」と呼ばれるにふさわしい。だが、ただの引きこもりではない。四大侯爵家の嫡子にして、学内で首席を維持し続ける異才でもあった。


 そんな彼が、普段は決して足を踏み入れない社交の場に現れるなど異例も異例。アルフレッドなど眼中にないかのように無視し、ゼヴィレンはまっすぐアルテイシアへ向き直った。


 紅の瞳がゆっくりと上から下まで彼女を検分する。その表情に、ほんのわずかだが不機嫌の色が差したのを見て、アルテイシアは背筋を凍らせる。反射的に後退ろうとした――が、ガシリと両肩を掴まれた。


「アルテイシア、大丈夫? ケガはない?」


 低く、わずかに掠れた声が耳に心地よく響く。意外と……とは失礼かもしれないが、落ち着いた声音に、ふと幼い頃の記憶が蘇った。本を読んでもらいながら、心地よさに負けて寝落ちしてしまった、あの頃の記憶が。


 途端に顔が熱くなり、アルテイシアは慌てて首を振る。


 そうだった。この幼馴染は常日頃は非常に陰鬱で「亡霊」などと呼ばれているが、声は極上、容貌もアルテイシアの心に深く突き刺さるくらいにはかなりの美形。顔と声だけは悔しいが、非常に好みのど真ん中だった。ただし、根倉で陰湿な性格を除く。


「だ、だいじょうぶ」

「……そう。それならいい」


 平坦な声が耳元を掠め、ゆるやかに体温が離れていく。安堵しかけた次の瞬間、ハッとして顔を上げたが――時すでに遅し。


 ゼヴィレンは静かにアルフレッドを見据えていた。その眼差しには、酷薄な刃を思わせる冷徹な怒りが宿っている。


(や、やばいぃいいい! これはまずい! ど、どどどどうすれば!?)


 慌てて助けを求めるように視線を巡らせるが、父も兄も目を背け、姉は談笑に興じている。


(家族のくせに、薄情者ぉおおお!!)


 ふと視界の端、二階のバルコニーに佇む琥珀色の瞳の青年――王太子殿下と目が合った。その隣では、扇で口元を隠しながら肩を震わせるエリーチェ・フォン・レイトワール。


 ――間違いない、笑っている。


(王太子殿下! エリーチェ! あなたたち、子犬のふりをした狂犬を送り込みましたね!?)


 王太子は面映ゆげに微笑み、エリーチェの耳元で何事か囁く。彼女は完全に扇の陰に顔を沈めた。


(しまった。これは……手を間違えた。ろくでもないことになる!!)


 過去の記憶が嫌でも蘇る。ゼヴィレンがアルテイシア絡みで動く時、その後には何一つ残らないほど徹底的な破壊がもたらされることを。


「ゼゼゼゼゼ、ゼヴィレ……」

「――アルフレッド・フォン・ローゼンベルク」


 ゼヴィレンが一歩踏み出す。逃げ場をなくすように、静かにアルフレッドへ詰め寄った。


「女性に手を上げるなんて、紳士としても、人間としてもあるまじき行為だと思うけど――どういうつもりで僕の大切な幼馴染に手を出そうとしたのか、聞かせてもらってもいい?」


 「《《僕の》》」という部分が何故だかことさらに強調された。


 アルフレッドの表情がわずかに強張る。


「そ、それは、こいつが! パフィーネを傷つけようとしたからで!」

「仮にそれが事実だとして、お前はルベルス子爵令嬢の婚約者でも何でもないよね? 当事者でもないお前が報復する理由は?」


「そっ、それは! 彼女が辛い思いをして、それで……」

「その理屈でいくと、お前に傷つけられたアルテイシアへの復讐を、《《僕がしていいということ》》になるよね?」

「へ?」


 アルフレッドの口が間抜けに開く。


「これまで何度も何度も、お前はアルテイシアを苦しめてきた。その報いが、一度やそこらの報復で済むと、まさか《《本気で》》思っているの?」


 静かな声音には一片の迷いもない。冷徹でありながら、どこか真剣な響きを帯びた言葉にアルフレッドの顔が青ざめる。


 ゼヴィレンはわずかに視線を横にずらし、硬直したままのアルフレッドの手元にある書類に目を留めると、素早くそれを奪い取った。


「その前に、まずは目下の問題を片付ける必要があるね」


 白い紙にざっと目を通し、胡乱気な瞳をアルフレッドへ向ける。紅の双眸には、容赦のない光が浮かんでいた。


「うわぁ……。いくら何でも、これは……」

「えっと、これは……誤解だ! 私は――」

「こんなものを本物だと偽って騙されるのはお前と、頭の弱い取り巻きの貴族くらいなものだよ。……全く、くだらない。時間の無駄すぎる。以前から頭が悪いと思っていたけれど、こんなに酷かったとは」


 冷たく言い放つと、ゼヴィレンは懐に手を入れ、何かを探り始めた。


「そんなに本物が欲しいのなら、くれてやる」

「え?」


 アルテイシアが思わず声を上げる。


 ゼヴィレンは無造作にジャケットの内側を探り、ごそごそと物を取り出し始めた。


「えーっと。あれ? どこにしまったっけ?」


 飴玉、コンパス、人差し指ほどのナイフ、紙くず、カエルの玩具、小さな定規――次々と、ばらばらと音を立てて足元に落ちていく。丸い小さな魔石のような球がコロコロと転がり、音も無くアルテイシアのドレスの裾に当たって跳ね返る。


(ああ、そうだった。この人、こういうやつだった……っていうか、ポケットに詰め込みすぎでしょ!?)





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