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3話 事実無根です。



 アルテイシアはパフィーネの新調したばかりのドレスを上から下までじっくりと眺め、次いでアルフレッドへと向き直った。


「アルフレッド様。わたくしと貴方の婚約は、両家の合意のもと、王命によって結ばれたものです。その事実を十分にご理解された上で、この場でわざわざ婚約の撤回を口にされているのでしょうか?」


 どれほどアルフレッドが理想には程遠い相手であろうと、国王の命には逆らえない。政略結婚は貴族に生まれた以上義務だと理解している。


 そもそもエーデワルト家とローゼンベルク家の婚姻は、経済的・商業的価値を見越し、国の繁栄を下支えするうえで非常に重要なものだった。


「だった」と過去形にしたのは、今やその価値が失われているからだ。


 この婚約は既に瓦解しており、商人貴族と呼ばれるエーデワルト家にとって、もはや何の利益もない。アルフレッドの不義とは無関係に、卒業と同時に婚約を解消する手筈は整えられており、すでに父や兄からも通達されていた。


 だから、婚約破棄自体には驚いていない。

 だが、解消の時期は卒業後――あと二日後のはずだった。

 それを、なぜ今、この場で。


 卒業前夜の公式な夜会という社交の場で、あえて宣言する必要がどこにあるというのか。


 ちらりと視線を巡らせると、人垣の向こうには今にも剣を抜きそうな表情の次兄と、それを制する父の姿があった。女性を口説く口を止め、赤紫色の双眸を光らせる長兄は、今にもアルフレッドを射◯しそうな視線を向けている。


 さらにその先、パフィーネのすぐ後ろの女性たちの輪の中には、昨年嫁いだばかりの双子の姉がいた。扇を持つ手を震わせながら肩を揺らし、凄絶な笑みを浮かべている。


(卒業式の夜会だよ、家族全員大集合! の場で、何してくれてんのよ、あんた!)


 自ら破滅の道を突き進むアルフレッドに同情はしないが、ローゼンベルク家の使用人たちには申し訳ない気持ちが少しだけある。


(そもそも、婚約破棄に関する協定があったはずよね。それなのに、一方的な破棄の宣告。自分が上位者だと勘違いしているようだけど、何が理由かしら?)


 両家間には、婚約解消に関するいくつかの協定が交わされていた。それを無視した上での一方的な婚約破棄の宣言は、単なる契約違反では済まされない。


 協定を破り、相手の名誉を傷つけたとあれば、場合によっては投獄もあり得る事態だというのに、アルフレッドはそのことに気づいているのだろうか。それとも、何か特別な事情があるのか――。

 これは、少しでも探っておく必要がありそうだ。


「……理由をお聞かせ願えますか?」


 静かに問いかけると、アルフレッドは待ち構えていたかのように口元を歪め、声を張り上げた。


「お前は、私が最も愛するパフィーネを虐げ、さらには彼女を害そうと誘拐を目論んだ! そんなあさましくも愚かで残虐な行為をする女を妻として迎えられるはずがない。それが理由だ!」


 その言葉に、大広間のあちこちから驚きの声が上がる。

 音楽が鳴りやみ、貴族たちの囁き声が広間を満たし始める。


(誰が虐げたって? クソが……)


 今すぐ回し蹴りの一発でも見舞ってやりたいが、ここで怒りを爆発させれば相手の思う壺だ。


「アルフレッド様」


 パフィーネはタイミングを見計らったように小さくよろめき、アルフレッドに縋りついた。

 彼はそれを守るように抱き寄せ、悲痛な表情を浮かべながら続ける。


「アルテイシア、お前が私を深く愛していることは知っている。だが、私の心が自分に向いていないからといって、嫉妬に狂い、パフィーネを攫わせようとは……淑女として、いや、貴族の娘として恥ずかしくないのか!」


 広間にざわめきが広がる。だが、その中でアルテイシアだけは何の感情も揺らさず、静かに息を吐いた。


「事実無根です」


 きっぱりとした言葉に、アルフレッドは憤然と顔を歪める。


「なにを馬鹿なことを! 俺は絶対に騙されないぞ!」

「アルフレッド様、私……とっても怖かったです!」


 パフィーネは涙を浮かべながら震えた声を出すが、アルテイシアの脳裏には、数日前の出来事がよぎる。


(いや、あんた、この間、図書館で私の手から本を奪って、階段から落としたじゃない。そのあと罵倒しながら笑いつつ、自分から転げ落ちて泣きまねしたの、あんたじゃん)


 だが、学院内では「悪役令嬢」アルテイシア・フォン・エーデワルトが嫉妬に駆られ、ルベルス子爵令嬢を階段から突き落としたという噂がまことしやかに囁かれていた。


 無論、アルテイシアの家族は激怒した。しかし、それ以上に滑稽だったのは、公式な婚約者でありながら別の女性と密通し、さらにはその女性の肩を持つというアルフレッドの振る舞いだった。


 貴族社会において、これは許されざる失態である。


 彼が何不自由なく裕福な生活を送れているのは、実のところエーデワルト家の支援あってこそだった。エーデワルト家は国内でも屈指の資産家であり、商業において国の経済を支える存在である。


 その支援を受けながら、アルフレッドは何も理解していなかった。


 実際、彼の素行の悪さは以前から折り紙付きで、パフィーネと出会うまでは賭博場に出入りし、ほぼ毎日莫大な金を溶かしていた。度重なる忠告も虚しく、彼は改善する気など毛頭なかった。


 見かねたエーデワルト家は、今年の初めに正式な婚約解消の意向をローゼンベルク家に通達。婚約の継続を懇願する彼の家を切り捨てるのは当然だったが、娘を「傷もの」にしないため、卒業式までは表向き婚約関係を続けるという温情を示した。


 ――しかし、アルフレッドはその善意すらも踏みにじったのだ。



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