呪いの絵画事件 ~絵に描いた餅~
陰影までも丁寧に描き込まれた絵画の中のアルテイシアは、もちろん実物の方が数倍美しいのだが、これはこれで、いつまでも眺めていたくなるような不思議な魅力がある。
その頬に人差し指をそっと押し当て、指の腹でつぅ、と顎へとかけて撫でると、アルテイシアの瞳に明らかな動揺が走り、何かをこらえるように、ゆっくりと瞼が閉じられた。
「アルテイシア」
好きな女性の魂を人形に閉じ込めて愛でる、変態的な魔道具を開発してほしい――以前、そんな注文を受けたことがあった。「気が知れない」と無視を決め込んだのだが、今では少しだけ、その気持ちがわかるかもしれない。
絵画の中に閉じ込めてしまえば、自分以外の誰の手にも永遠に触れられないのだし、人に見せたくなければ、この絵画だけを飾る、自分だけが立ち入りを許された部屋を作ってしまえばいい。
誰にも言わず、知らせず、閉じ込めて。
自分が朽ちるその最後のひとときまで、彼女を傍に置くことだってできるのだ。
その場合、絵画の耐久性や、呪いにかけられ閉じ込められてしまった人物の寿命、そして絵画の中での時間の流れはどうなるのだろう。研究者としての興味は尽きないが、彼女が閉じ込められたまま命を失って得しまうのは避けねばならない。
気の済むまで楽しみ、外堀をすべて埋めてしまった後に、自分のものにしかならなくなるようにしてから解放する、というのも悪くない。
不穏な気配。
いやむしろ、不埒な考えを察したのか。アルテイシアの薄く開いた双眸は鋭く、明らかに怒気を含んでいた。
だが、何とも物足りない。
とすれば、やはり自分は、彼女がよく言う「変態」なのだろうとふっと息を吐く。
所詮は――絵画だ。
絵に描いた餅は食えないのだから、肝心のものが得られないのでは、意味がない。
顎の先の輪郭を辿っても、肉感的な柔らかさや香りは感じられない。
艶やかに描かれた唇を撫でても、こちらはその奥の歯列を指の腹で掻くこともできない。
髪の一本が指先に絡まるのを感じたいし、腕の中に閉じ込めた華奢な体が熱を帯びるのを感じていたい。
「物はやっぱり、モノでしかないな」
もったいないような気もするが、このまま平坦に捕らわれ続けている彼女を愛でるほどの変態性は、やはり自分にはなかったようだ。
アルテイシアが明らかに怒り心頭の表情をしているのを嘆息して見やり、くるりと額装を反転させる。
何かヒントがないかと視線を走らせると、裏側の右下に、走り書きのような文字が見えた。
「……悪趣味なことこの上ない。けれど思った以上に常識はあったようだ」
人は、生きている時が一番輝いていて、一番美しい。
すぐには手に入れられないもどかしさがあるからこそ、大切にしたいと思えるのだ。
絵画をまた反転させて正面に戻すと、目が回った様子のアルテイシアが、固く瞼を閉じていた。
少し残念な気はしつつ、ゼヴィレンはその質感のない、のっぺりとした唇に顔を近づけた。




