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13話 本当に、どうしようもない男! (完)



 ゼヴィレンの魔道具と彼の機転によって事件は無事に終結し、王太子の名の下にアルテイシアの無実は証明された。


 晴れ晴れとした空気が広がる中、王太子の「後始末は任せてくれていいよ」という頼もしい一言に甘え、アルテイシアは家族と簡単な挨拶を交わした後、ある男に向き直る。


 今回の事件の一番の功労者であり、そして、一番の厄介者でもある男――ゼヴィレン・グリムリッジ侯爵だ。


「ちょっとこっち来なさい!」

「痛い痛い痛い痛い痛い!! アルテイシア、痛い!!」


 アルテイシアは彼の耳を容赦なく引っ張りながら、ズルズルと強引に研究棟へと向かった。


「当たり前でしょ!! 思い切りつねってるんだから!!」


 ゼヴィレンは必死に抵抗するものの、彼女の手は決して緩まない。いつもなら、彼の方が魔道具を駆使して逃げられるはずなのに、どうやら今回ばかりは観念しているようだ。


 彼の研究室へ到着する頃には、足の痛みなど怒りによって遥か彼方へと吹き飛んでいた。


 目的はただ一つ。


 ――ゼヴィレンが試作したという盗聴・盗撮用の魔道具が、まだ他に残っていないかを確認すること。


 扉を勢いよく開け放ち、アルテイシアは踏み込んだ。


 そこに広がっていたのは、いつもと変わらない混沌とした光景。


 魔道具の部品が無造作に転がり、棚には書物が乱雑に詰め込まれ、床には未完成の魔道具や試験管が散乱し、そこかしこに得体の知れない液体が染みを作っている。魔法陣が描かれた羊皮紙が机の上に広げられ、微かに魔力を帯びた淡い光を放っていた。


 空気には微かに薬品の香りが漂い、魔道具から漏れる魔力の振動が肌をくすぐる。


(……相変わらず、賑やかすぎる部屋ね)


 眩暈をこらえながら、アルテイシアは一度深く息を吸い、ゼヴィレンへと向き直る。


「さて、どこに隠してるのかしら――」


 そう言いかけた瞬間、彼女は目の前の光景に思わず戦々恐々とした声を上げた。


「な、何をしているの?」

 

 ゼヴィレンが――目の前で静かに跪いていた。


 何が起こっているのか、理解が追いつかないと疑問を抱く間もなく、ゼヴィレンはぐっとアルテイシアの片手を掴み、強く引き寄せた。そして、問答無用で彼女の左手の薬指に、美しく輝く指輪を滑らせる。


 深紅の宝石が光を反射し、静かに揺れた。

 それは、ゼヴィレンの瞳と同じ色をしていた。


「えっ……?」

「もし可能なら、手つなぎデートから始めて、僕のことを知ってもらって、それから好きになってもらって――結婚してほしい」


 ゼヴィレンの声は低く、けれど確かに熱を帯びていた。そして、すぐに次の言葉が続く。


「いや、むしろ……すぐに結婚してほしい」

「ひぇえええっ!?」


 思わず悲鳴を上げるアルテイシア。しかし、その声すら掻き消すように、ゼヴィレンは彼女の指先にそっと唇を落とした。


 指先から伝わる柔らかい温もりに、アルテイシアはぎゅっと肩を震わせる。肌に触れる彼の息遣いは驚くほど穏やかで、唇が指先に触れるたびにくすぐるような熱が染み込んでいくようだった。彼の手はひどく冷たいはずなのに、その唇は不思議なほどに温かい。


「小さい頃から、君が好きなもの、好きな場所、好きな食べ物、好きなこと、心安らぐこと……全部知ってるつもりだし、確証に足る分のリサーチと分析、証拠はそろってる」


 低く囁かれた言葉に、アルテイシアの背筋がぞくりと震える。


「なにそれ怖い!!!」


 超執着リサーチ。

 思わず手を振り払おうとするが、ゼヴィレンの指はするりと絡みつき、逃れることを許さない。


「怖くない。ただ、当然のことを言っているだけ」


 赤い瞳が、魔石のように深い光を湛えながら、彼女をじっと見つめている。その視線には迷いもためらいもなく、まるで彼女を逃がすつもりなど初めからないとでも言いたげな確信に満ちていた。


 アルテイシアは戦慄しながらゼヴィレンを睨みつけるが、その眼差しに微塵の後悔もないことに気づき、ますます混乱した。


「……もう少し罪悪感を持ちなさいよ」

「持つ理由がない」


 即答だった。

 その瞬間――。

 ゼヴィレンはすっと立ち上がり、掴んだ手を離さぬまま、ぐっと一歩詰め寄る。


「アルテイシア」

「っ……!」


 その動きに驚いて後ずさろうとするが、背中には雑然と積み上げられた机があり、逃げ場がない。


 視線を逸らそうとしたが、それすら許されなかった。

 ゼヴィレンの影が、彼女をすっぽりと覆うように落ちる。


「君が僕の性格は厄介だけど嫌いじゃないってことも知ってるし――」


 赤い瞳が、まっすぐ彼女を射抜いた。


「僕の顔が好きだっていうことも知ってる」

「~~~~~~っ!!」


 熱を帯びた視線が、痛いほどに突き刺さる。


 アルテイシアの顔が一瞬で熱を持ち、耳の先まで真っ赤になったのが自分でもわかる。


「そ、それは……!」

「否定しないんだね」


 ゼヴィレンが静かに笑う。まるで初めから知っていた、とでも言いたげな、勝ち誇った微笑みだった。

 彼の長い前髪が、鼻先をかすめる。


 ゼヴィレンの呼吸が触れる距離にまで迫り、アルテイシアは思わず目をつぶった。

 頬に、優しく触れる温かさ。


 そっと目を開けば、ゼヴィレンの親指が彼女の唇にかかり、吐息が喉をくすぐる。


「受けてもらえたら、こっちにしたい」


 言葉とともに、さらに距離が縮まる。

 赤い瞳が、すぐ目の前にある。

 心臓が跳ねる。


 理性は逃げるべきだと警鐘を鳴らしているのに、体は動かなかった。

 ゼヴィレンの指が彼女の顎をそっと支え、さらに顔を近づけてくる。


「な、ちょっ……」

「うん?」


 ごく近くで囁かれ、アルテイシアは息を呑む。

 距離はあとわずか。

 ゼヴィレンの吐息がかかるほどに近いその顔を、押し返そうとするが――力が入らない。


(この男、本当にどうしようもない!)


 抗う間もなく、唇に押し付けられた温もりに、思わず安堵を覚えてしまった。


 甘く、優しく。けれど逃がさないとでも言うように深く沈み込むキスに、アルテイシアはただ、どうしようもなく心を乱されていくばかりだった。





*******


三年後――。


王太子妃の筆頭秘書官として忙しなく働くアルテイシア・フォン・エイトワール伯爵令嬢が、魔道具の研究で名を馳せる「塔の魔道具技師」ゼヴィレン・ノイノワール・グリムリッジ侯爵子息とついに結婚したというニュースが、社交界を大いに賑わせた。


そして翌年、二人の間に待望の第一子となる男子が誕生し、その話題はさらに多くの人々の耳に届くこととなった。



(FIN)


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― 新着の感想 ―
 タイトルから、ちょっと凄惨なヤンデレっぽいスパダリ物かと思いながら拝見していたのですが、ゼヴィレンからの助け舟が「助けて貰っているはずなのに、ツッコミを入れずにはいられない」という感じで、とても面白…
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