12話 社会的に抹殺します。(2)
広間に緊迫した沈黙が漂うなか、ゼヴィレンが新たに口を開いた。
「加えて――」
「え? まだあるの?」
思わず声を上げたのはアルテイシアだった。すでにアルフレッドへの断罪が下り、場の空気は十分に重苦しいものになっていたというのに、ゼヴィレンはこれこそが本題だとばかりに深く頷くと、手元の書面を改め、静かに、しかし一層の威厳を込めて続きを読み上げる。
「学院において、国王主導の聴聞会を開くこととする。ルベルス子爵令嬢誘拐未遂事件が虚偽の自作自演であった可能性を踏まえ、正式な聴取を騎士団同席の下、行うものとする」
(わぁ……ご愁傷様)
アルテイシアは心の中で、ため息混じりに呟いた。学院の聴聞会のねちっこさは、彼女自身がよく知るところだ。ただの事情聴取ではない。徹底的に追及し、微細な矛盾も見逃さず、確実に相手を落とす――それが学院のやり方だった。そして、その聴聞会に騎士団が同席するということは、単なる調査ではなく、すでに「罪を確定させるための手続き」に入っているということを意味していた。
だが、ゼヴィレンの言葉はまだ終わらない。
「また、本件とは別に、パフィーネ・フォン・ルベルス子爵令嬢を窃盗及び転売の容疑で即日拘束し、騎士団預かりの下、速やかに審問会を開くこととする」
「え!?」
パフィーネの驚愕した叫びが、大広間に鋭く響き渡った。
審問会――それは、聴聞会よりもさらに上の法的拘束力を伴う正式な裁きの場である。確たる証拠が揃った犯罪者を拘束し、罪状認否から判決に至るまでの手続きを行うため、十人の審問官の前で厳格な取り調べを受けることとなる。その意味を理解した貴族たちは、一様に顔を強張らせ、ひそひそとささやき合った。
(窃盗及び転売……? 一体どういうことなの……)
アルテイシアの疑問をよそに、ゼヴィレンは淡々と説明を続ける。その声音には一切の情がなく、ただ事実のみを突きつける冷ややかな響きがあった。
「彼女は学院にある調度品、美術品、絵画を無許可で持ち出し、勝手に売却していた。そのことを自供したのは、先日の誘拐未遂事件の共犯者である男だ」
ざわめきが一層大きくなった。
貴族社会において、美術品や調度品の管理は極めて厳格であり、それらを勝手に持ち出すなど、到底許される行為ではない。ましてや、その中には王族のコレクションに属する品々も含まれていたというのだから、その罪の重さは計り知れない。
「男の証言によれば、以前からパフィーネは学内で盗んだ調度品を秘密裏に運び出し、それを転売していた。そして、その利益の一部を男に分け与え、残りを自らの懐に収めていたそうだ」
「そ、そんな……!」
パフィーネの顔から血の気が引き、震える唇を何度も動かしながら、やがて小さくうめくように言葉を発した。しかし、その声に誰も同情を寄せる者はいない。
その時だった。広間の奥、扉の前にいつの間にか現れた騎士たちが、無言のまま歩み寄り、パフィーネの両腕をがっちりと掴んだ。
「いや! 私がそんなことするわけないでしょ! 何かの間違いよ!」
彼女は必死に抵抗し、体を大きくよじる。しかし、騎士たちは微動だにせず、鉄のように強い腕で彼女を押さえつける。
「お願い、アルフレッド! 助けて!」
縋るように叫びながら、パフィーネは唯一の頼みの綱である婚約者を振り返る。
しかし、アルフレッドはもはや彼女を見ることすらしなかった。ただ呆然と膝をつき、絶望したように項垂れている。
パフィーネの瞳に映るのは、もはや何の反応も示さない男の姿。彼女が信じていた「白馬の王子様」は、今や打ち捨てられた人形のように沈黙し、彼女の救いの手を握ることもなく、ただ絶望の闇に沈んでいた。
「離して! 私が悪いんじゃない! みんな私を陥れようとしているのよ!」
醜く叫び、暴れ続けるパフィーネを哀れむ者は誰もおらず、むしろ遠巻きに見守る貴族たちの視線は、冷淡で、厳しく、そして呆れに満ちたものだった。
「連行する」
淡々とした騎士の声が響く。
パフィーネの悲鳴が大広間にこだまするなか、騎士たちは彼女を拘束したまま、その場を後にした。
彼女の姿が扉の向こうへと消えた瞬間、広間には重苦しい沈黙が訪れた。誰もが息を呑み、ただその場に残された余韻だけが、冷たく漂っていた。




