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11話 社会的に抹殺します。(1)

「殿下、こちらを読み上げても?」


 ゼヴィレンが手にした書類を差し出すと、王太子は微かに頷き、それを受け取った。広間に緊張が走る。王太子は書類の内容を静かに見やると、しばらく無言のまま目を滑らせ、やがてその紙をゼヴィレンに返した。その間、広間に集った貴族たちは息を殺し、硬直した表情で事の成り行きを見守っている。


 煌びやかなシャンデリアが放つ黄金色の光が、広間の天井から絢爛たる輝きを降り注ぐなか、重厚な大理石の床に並ぶ華やかな貴族たちの衣擦れの音すら、まるで遠ざかるように感じられた。華やかな夜会の場でありながら、今ここには祝宴の楽しげな空気はなく、ただ冷たい審判の時だけが厳かに進んでいた。


 広間の中央では、ゼヴィレンが立ち尽くすアルフレッドを冷ややかに見下ろし、彼の惨状をまるで興味のない他人事のように観察していた。普段の「亡霊貴公子」と呼ばれる静謐な雰囲気とは異なり、今のゼヴィレンは、研ぎ澄まされた刃のような冷徹な気配をまとい、凛とした声で断罪の言葉を紡いだ。


「侯爵家の嫡子という立場にありながら、家柄を笠に着てエーデワイト家の善意を利用し、多額の借入を行い、婚約者に対して不誠実な振る舞いを続けたことは、貴族としても、一人の人間としても許されるべきではない」


 低く通るその声が広間に響くと、貴族たちは驚いたように互いに顔を見合わせた。そして、断罪の中心にいるアルフレッドと、その隣で己の罪を自覚しきれずにいるパフィーネを、まじまじと見つめる。


「ローゼンベルク公爵家に対しては、事のあらましを審らかにし、エーデワイト家への借入金の即時返還を命じる。その上で――当代限りで爵位および所領の返上を申し渡すものとする」


 その瞬間、アルフレッドの顔から血の気が引き、唇は青ざめ、彼はまるで糸の切れた人形のように力なく膝を折った。


(あーあ、だから言わんこっちゃない)


 アルテイシアはその様子を見つめながら内心で肩を竦める。


 そもそも、ローゼンベルク公爵家――アルフレッドの家は四大貴族の一角を担うため、その婚約には国王の許可が必要であった。それゆえ当然ながら、婚約破棄を申し出るにも、相応の理由が求められる。しかしアルフレッドは、王の許可なく勝手に実行し、さらに偽造文書を作成し、正当な手続きを経ずしてこの夜会の場でアルテイシアに確たる理由もなく、一方的な婚約破棄を言い渡したのだ。


 しかしその裏では、すでに両家の間で何度も話し合いが行われ、最終的にローゼンベルク家が折れる形で婚約解消が正式に決定していた。そして、国王の署名をもってその決定が確定し、卒業前夜の夜会の前日には正式に可決されていたのだ。


 アルテイシアは父や兄から、この婚約解消に至るまでの水面下でのやり取りをすべて知らされていたが、一方のアルフレッドは、両親からこの事実を伏せられたまま何も知らず、ただ自分の判断だけでこの場に乗り込んできたのだった。


 仮に両親が知らせなかったとしても、「良識のある貴族の端くれ」であるのならその自覚を持つべきだし、公式の場で相手を辱め、社会的に瑕疵がつくような言動は控えてしかるべきだ。けれど、考えなしのアルフレッドは、考えるままに行動し、現在に至る。完全なる悪手である。


 アルテイシアを疎ましく思い、パフィーネの言葉を鵜呑みにして動いた結果、彼は状況を悪化させるばかりか、自らの立場を危うくする失策を犯したのだった。


 哀れとは微塵も思わなかったが、それでもこの決定に巻き込まれる使用人たちこそが不憫であった。当代限りの爵位と所領の返上とは、アルフレッド個人の除爵が行われないという意味にほかならない。つまり、現当主である彼の父が存命の間は「侯爵子息」としての体面的な称号と呼称を許されるが、当主が亡くなればそれも終わり。彼は何の肩書も持たぬ、ただの平民となるのだ。


(当代領主の所領と爵位を今すぐ剥奪することもできたでしょうに、お優しいこと。でも、これはただの温情ではなく、むしろ国内の混乱を避けるための冷徹な判断ね。ローゼンベルク家が担う経済や領地経営を、今日明日すぐさま他者に譲り渡すことの方が、よほどリスクが大きいと判断したのでしょうね)


 アルテイシアの思考の中で、その決定が持つ意味が重く響いた。それはまるで、緩やかに作用する毒のようであり、じわじわと蝕む死のようでもあった。


 この場では爵位と所領の即時剥奪は避けられたものの、名実ともにアルフレッドの社会的な死は確定したと言っていい。


 広間のあちこちで、ひそひそとささやき合う貴族たちの声が聞こえてくる。誰もがアルフレッドを哀れむことなく、彼の愚行の末路を冷淡に見つめていた。いくら爵位の名残があろうとも、この夜会でしでかしたこと、そして公文書の偽造に関する罪が彼の未来を完全に閉ざした。


(瑕疵がある者は、自らの保身のために身内ですらそっぽを向く。それが貴族社会だもの)


 アルテイシアは内心で辛辣に結論を下す。


 義務や責任、ルールを放棄し、甘い汁だけを吸おうとする愚か者には、これが相応しい薬となるだろう――彼女はそう、静かに確信していた。



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