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10話 その秘密の暴き方



 大広間の空気が凍りつくほどの沈黙が落ちた。


「パフィーネ、君……私に、嘘を?」


 アルフレッドの声はかすかに震えていた。彼はまるで悲劇の主人公のように足元をふらつかせ、額に手を当てて今にも気を失いそうな仕草を見せる。


 だが、そんな彼の芝居がかった態度に同情する者は誰もいなかった。


 むしろ。


「そもそも、あんたが私に手を出さないからいけないんでしょ!?」


 パフィーネの怒声が響き渡る。


「既成事実さえ作ってしまえばこっちのものだと思ったのに、貴族としての誇りだかなんだか知らないけど、うるさいのよ! のべつ幕無しに女と見れば声をかけて、婚約者がいるくせにベタベタ触ってくるくせに……。ほんと、きもいのよ、あんた!」


 その言葉に、周囲の貴族たちが息を呑んだ。特に令嬢たちは驚愕の表情を浮かべ、互いに顔を見合わせた後、途端に冷ややかな視線をアルフレッドに向け始める。


「……うわぁ……」


 どこからともなく、誰とも知れぬ乾いた呟きが聞こえた。


「アルフレッド様って、そんな方でしたの?」

「あ、わたくしも以前、備品室で腰に手を回されて……」

「破廉恥ですわ! 女性を何だと思っていらっしゃるのかしら!」


 次々と飛び出す証言に、アルフレッドの顔が見る見る青ざめていく。


「それに、あんた! アルテイシア!」


 突然、話の矛先を変えたパフィーネが、怒りに満ちた瞳でアルテイシアを指さした。


「ホント邪魔! どこに行ってもあたしより目立って、あたしより優れて、あたしより美しいですって? ふざけないでよ! どう考えても、あたしのほうがいい女でしょうが!」


 むっちりとした胸元を強調するように腕を組み、顔を真っ赤に染めながら叫ぶパフィーネを前に、アルテイシアは頭を抑えるようにして深くため息をついた。


 そんな彼女の様子を見て、ゼヴィレンが思い出したように軽く手を打った。


「あ、そうそう。言い忘れてた。パフィーネ、君は確か、暴漢に襲われたとき、アルテイシアが走って逃げたと言っていたけど……」


 ゼヴィレンはさらりとした口調で言いながら、ふっとアルテイシアの背後に回り込むと、そのまましゃがみこみ、あろうことかぺろりん、と彼女のスカートの左裾を膝までめくり上げた。


「△○×◇!?」


 アルテイシアの言葉にならない悲鳴が響き渡る。

 公衆の面前でドレスの中身を晒すだなんて、あってはならないことだ。

 アルテイシアは怒りのまま、ゼヴィレンの頭を拳で思い切り殴りつけた。


「なにするのよ!?」


 ゼヴィレンは「痛い」と小さく呟いただけで軽く頭をさすったが、大して意味はないとばかりにその場を動かないでいる。


「ルベルス子爵令嬢は先ほどの証言で、アルテイシアが走り去ったと言ってたけど、それは無理だね。なぜなら――」


 ゼヴィレンが視線を向ける先には、包帯とガーゼに覆われたアルテイシアの膝と足首。痛々しく腫れた左足首は、一目で普通に歩くことさえ困難だとわかる状態だった。


「アルテイシアは誘拐未遂事件が起きる数日ほど前、王宮の図書館で執務の資料を探していたところ、何者かに背中を押され、階段から転落し負傷した。犯人は逃走、動機も不明。しかし、いじらしくも責任感の強い僕の幼馴染であるエーデワイト伯爵令嬢は、怪我を押して輿入れ前の大事な時期に第二王女殿下を支えるため、執務に励んでいた。そうですね、殿下?」


 ゼヴィレンが振り返ると、王太子は軽く頷いた。


「そのことは、私よりもむしろ、私の婚約者で第二王女の筆頭秘書官であるエリーチェ・フォン・レイトワール伯爵令嬢の方が詳しかろう」


 エリーチェはすっと前に出ると、黒曜石のような鋭い瞳をすっと開き、小さくも凛とした声で証言を始めた。声が小さすぎるので必然的に全員が耳を澄ますことになり、聞き取れない箇所は王太子が補足説明を加えながら証言することになった。


 アルテイシアの負傷の経緯、怪我を抱えながらの仕事ぶり、騎士団の尋問にも毅然と答えた姿――そのすべてを的確に伝える。また、調書を担当した騎士から見ても、その足で「走って逃げる」ことなど不可能だと判じられ、医師の診断書も必要であれば即刻手配できることを付け加える。


 場内は一層静まり返り、パフィーネの顔がみるみる蒼白になっていく。


「ともあれ、ローゼンベルクとの婚約破棄というのは彼女にとって非常に有益ですので、僕としてはその後押しをしたいと思います」


 そう言いながら、ゼヴィレンはアルテイシアをぐっと引き寄せた。


「離して! 恥ずかしい!」


 必死に抗うアルテイシアをまるで子供のように軽々と抱き寄せたまま、ゼヴィレンは胸ポケットから一枚の紙を取り出した。


「殿下、こちらを読み上げても?」


 彼の言葉に、王太子は興味深げに目を細める。


 ホール全体が固唾を飲んで見守る中、ゼヴィレンの手の中にある書類が、決定的な一手となるのはもはや疑いようもなかった。


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