99 来ちゃった
ハーカセさんに錬金ギルドでこっそり紹介された王城のコネはまさかのチーズが美味しいあの店のあの店員さんだった。奥に通された多分応接室で紹介状を開いた店員さんが軽く頷いている。事前に話は通っているっぽい。
「あんさんが王城の勇者様へなんか物を贈りたいいう人やったんか」
相変わらずの良い声だ。だけど、なんというか良い声過ぎて信じて良いのかちょっと悩ましい人なんだよね。ぶっちゃけ言うと裏がありそうな良い声だ。
とても驚きはしたけれどハーカセさんと親しいお知り合いと言われるととても納得するものを感じる。そしてハーカセさんが紹介してくれたのならまあ信じてもいいかなと思う。それくらいにはハーカセさんを信頼しているので。
それに油に油を混ぜよう大作戦でとても大活躍してくれた人でもあるらしい。油を扱っていたものね。納得。王都にも販路があるっぽいかったし、とても納得。
「今までちゃんと名乗ってのうて失礼しました。ニポポいいます。よろしゅう」
にっこりと糸目で笑いかけられる。とてもキツネ系統のしゅっとしたお顔だけど獣人ではないらしい。耳も尻尾もないもんね。
「サキです。こちらこそよろしくお願いします」
「差し入れどうしよう会議」あれ? そんな名前だったかな? の結果。
シンプルに塩と油とこちらにもあるトウモロコシとジャガイモという原料で作られた差し入れにしてみようと決定したわけで。
そんなこんなでとりあえず作ってみた勇者御一行への差し入れは、ポップコーンとポテチの瓶詰めだ。こっちの瓶の密封性、しけるかどうかについては蓋があのスライム蓋なので多分大丈夫だと思う。スライム様を信じよう。
ポテチは自作できると聞いたことはあるけれど私は作ったことがない。作るにしても多分スライサーがないと無理だよね。私は薄切りが苦手だ。スライサー買ったことはもちろんある。けれど、切れないやつは怖いと思って千円超えのものしか買った履歴がない。なので市販のポテチを詰め替えた。近所のスーパーのプライベードブランドで安くていっぱい入っているやつ。
味見されても問題ない、はずだ。中身がわかりやすいように透明度が高いガラス瓶を錬金ギルドで購入した。なので中がポップコーンとポテチであることは見ればわかると思う。
少しでも目立つように瓶の口には麻紐を巻き付けて四角い白いタグを通してみた。タグにメッセージを書くことも考えたのだけれど、とりあえず様子見ということで「これはただの飾りです」と言い張れるように赤い丸を書いてみた。イタリアとかイギリスだともうちょっとわかりやすいんだけどねぇ。
渡した瓶をしげしげとニポポさんに観察されている。そんな怪しいものではないですよ。ごくごく一般的な材料を使ったお菓子だ。
「勇者様への貢物に紛れ込ませといたらええんやな」
どうやら情報通の各地各貴族等からごっそりと貢物が捧げられているっぽい。まあそうなるか。
「とりえあず、こっそりでお願いします」
「名前は出さへんっちゅうことやな」
「ええ」
名前をそえて今後よろしくアピールするのが一般的っぽい。勇者御用達! になれば売れそうだもんね。
そこはとりあえず様子見したい。多分一回では目に留まらないことが予想されるのでやや長期戦になるのかなぁ。ニポポさんの商会の名前を出して強引に目立つようにねじ込む方法もあるらしいけれど、それは最終手段としたい。
そうしてこっそり送った品はどうやら無事に勇者たちの元に届いたようだった。
っていうか、勇者来ちゃった。
王都に行ったはずのニポポさんからの呼び出しでお店に向かうと通された応接室。
そこにいたのは。
「この人がポテチの人? えっ、日本人? なんでポテチあるの!? しかもオモビーのだし」
すんごい真剣な目をした黒髪の男の子。くりっとした目が特徴的だ。まつ毛長い。
「すまん! ないしょは無理やった!」
片手を立てて謝ってくれるニポポさん。ちょっとしたカオスだ。びっくりだ。
男の子の名前は黄野佳也くんと言うらしい。んん、黄野? そしてなんとなく面影があるこの顔。このまつ毛。
「黄野くん、もしかしてなんだけど、お父さんって本町出身だったりする?」
「ええ……」
「名前を聞いても?」
「父は閃、ですけど……」
うーん、微妙に覚えがあるような気がする。記憶を一生懸命さぐる。人覚えはあまり良くないのだ。
多分、中学の時の後輩かなぁ。黄野という名字には覚えがある。男子なのにマッチ棒が何本乗るか試したいくらいまつ毛がバサバサだったあの子ではないか。
田舎あるある。とても狭い世界なので、たどっていくと皆知り合いだったりするやつ。私はあまり人付き合いを積極的にする方ではないのだけれど、それでもこう。
小学校中学校の人数が少なすぎるせいで、けっこう人の繋がりが濃いのだ。同級生だったりすると親やへたするとじいちゃんばあちゃんまでわかったりする。
「黄野くん、とりあえずポテチあげるからちょっとお話しようか⋯⋯」
物で釣るのはあれだけど、情報がほしすぎる。
ポテチという単語を聞いて目をキラキラさせる黄野くんはとてもいい子のように思える。うん。きっといい子だ。
「ニポポさん、すいませんが、二人きりにしていただいても?」
頼んでみる。
「ええよ。なんか飲み物だけは用意させてな」
お言葉に甘えて、飲み物と軽食の乗ったワゴン一式をいただいた。おかげで食器に困ることはない。
なんとなく、どっかから見られたり聞かれたりしている可能性もあるけれど、まあいいかと思う。
黄野くんはポテチとハンバーガーとコーラで落ちた。完落ちだ。
泣きながら食べている。
とりあえず、と思って出したコンソメ味のポテチを食べてまず泣いた。
「これはオオイケヤのだ」
って呟いているけど、もしかしなくてもこの子、利きポテチができる子なの?
食べ盛りだから足らないよね。と思って出したハンバーガーの包み紙を見て固まった黄野くん。
その後ハンバーガーを捧げ持つようにして360°ありとあらゆる角度から観察していた。
そうして間違いなくあのハンバーガーだと納得したのだろう。
震える手で包み紙を剥がしてかぶりついてまた泣いた。
美味しいよね。ハンバーガー。
そっとティーセットのカップにコーラを出しておいたら飲んでまたびっくりして泣いている。
とりあえず泣き止むまではそっとしておこう。
ということで、私は用意してもらった軽食をつまみながら泣き止むのを待っているところだ。
このチーズ美味しいなぁ。ちょっとクセがあるけどそこがまた。
こっちのドライフルーツはデーツではなかろうか。ねっとりとした甘さが口の中に広がる。見た目がちょっと虫っぽいけど美味しい。
そろそろ落ち着きそうかな? まだもうちょっとかな。