94 アブラカタブラ 瘴気よいなくなれ
御札やお守りや、封印に使えそうな水晶とかの石とか、ランプとかの容器とか、そんなものを用意して実験してみるべきだろうか。やはり壺、壺なのか?
昔、古美術研究会というサークルに入っていた。
通称古美研、名前を言うと大抵の人に「壺でも研究してるの?」と言われた。あまりにもよく言われすぎて会計をやった時に余った予算で壺の本を買えるだけ買って部室に並べたことがある。
なので壺にはこう因縁がある様な気はする。ただあまり実物を買った記憶はないのだ。
クラインの壺とかメビウスの輪とかあれ系、封印に使えたりしないだろうか。
そういえばナンバープレートのネジのところも封印というのではなかったか。
そもそも魔王を封印ってなにをどうやるのだろう。
私では封印できないと言われた気はするが、一応成長の余地がある能力なら鍛えておくべきだろうか。
問題としては封印スキルはあれど、封印解除スキルは持っていない。瘴気のツブツブからして多分時間経過で解けるのだろうけれど。
とりあえず、千円リピートで封筒を出して封印の練習をしてみようかな。筋入クラフト紙の封筒なら100枚98円とかで昔買ったことがあるはずだ。封筒の場合、正しくは封印じゃなくて封緘だけど。
今更気づいた。クラフト紙を買ってタネ袋をちまちま折るよりクラフト紙でできた封筒を買った方が楽だったのではないか。
スキル育成、ゲームみたいに使っていれば上がるのかなぁ。むしろゲームみたいに、適正な難易度でやらないと上がらないみたいなのがありそうだ。
とりあえず、封印スキルで瘴気をなんとかするには多分私の能力が低すぎる。
「ということでネグさん。よくわからないのですが、油に油を混ぜてみてもらえないかと」
錬金ギルドで端的に告げる。
「いきなり何を言い出しやがるんだ」
「サキさん、もうちょっと説明を……」
いきなり結論から述べたので混乱された。ネグさんの後ろにいたハーカセさんも困ったように言う。
「今出回っている新物のオリーブオイルが少し気になって。これとかなんですけど」
あのお店で買ったダルシア産のオリーブオイルを机の上に出す。
「うちに『瘴気』に敏感な者がいて、どうも少し混じっているらしくて」
そう、伝えてみる。
「瘴気? というと魔物をおかしくするというあの?」
そう、ハーカセさんに言われる。
「です。少しだけなので、そうそう問題はないとは思うんですが」
少量ずつでも積み重なることで、なにか悪さをしている可能性がある。花粉症のように人によって許容量が違うとしたら、同じ量をとっていても、発症するかどうかは人によりまちまちだ。
謎の病は王都で発症している人が多いのだが、良いオリーブオイルは優先的に王都に流れる。その後余った分やランクが落ちたものが各地に出回るのだ。
ふむ、とネグさんが首をかしげる。
「そして、あの栄養剤についてもちょっと聞きたいことがあって」
「ああ、あの」
「油が入っていたりとかは?」
「そうですね。あの手のタイプの栄養剤にはサッサという薬草の根塊から採れた油を配合します。他にも栄養補助として乳化したオリーブオイルを添加する場合もありますね」
ハーカセさんの説明に、やっぱり油は一応入っているのか、と思う。
「オリーブオイルが原因だと?」
ネグさんに言われて首をかしげる。
「違うかもしれないけれど、油やアルコールには成分が移りやすいので」
「じゃあ、問題があるオリーブオイルだけ止めれば、っと無理があるか」
そうなのだ。オリーブオイル、ある程度品質を保つために産地で混合されることもあれば、油を扱う商会で違う産地のものとブレンドされることもある。ついでに庶民が普段使いする油はさらに他の油と混合されている。特定のオリーブオイルだけをなんとかするというのはとても難しい。産地偽装も当然あるし。
「それでなんらかの原因物質、とりあえず『瘴気』が油に含まれていると仮定して、それを打ち消すものを混ぜればなんとかなるのでは、と」
素人考えだけれど。
「で、何を入れようと考えているんだ?」
ネグさんは前向きに検討してくれそうな気配だ。
テーブルの上に、でん、とこないだ錬金ギルドで絞ってもらった菜種油を置く。
「この油です。うちで採れた油で、多分その、健康に良いので……」
「サキのところで採れた油、か」
少し考え込んだネグさんがニヤリと笑う。
「わかった。ハーカセ、手配しろ」
「うちで搾った油を取り扱っている商会に協力を依頼しますね。でもこれだけだととても量が足りないと思いますが」
あっ、はい。そこはその、できるだけ増産するので……
「菜種状態で持ち込むので、なんというか、その」
にっこり笑ったハーカセさんが、
「わかりました」
と答えてくれた。
心強いけど、察しが良すぎるのもなんだか怖いね。
結果、この油混ぜ混ぜ作戦はかなりの効力を発揮した。
王都でも試してみたところ謎の病の発症率は有意に減った。発症した人も、対症療法でなんとかやり過ごせているようだ。
その後、ハーカセさんに聞いたところ、一部のオリーブオイルの産地で魔物の異常発生が起こっているらしく、関連はあるのではないか、とのことだ。
マッドベアがいつもならいない森の浅いところに出現したこと。
アマーメの異常発生。
レッサードラゴンの出現。
各地での魔物の異常発生。
オリーブオイルの瘴気汚染。
やはり、少しずつこの世界には危険が迫っているのか。
瘴気については、やはり敏感な人というのがいるようだ。謎の病が重かった人は瘴気に弱い人が多く、その中にはある程度感じ取る能力がある人がいるっぽい。
頭痛で天気がわかる、みたいな感じなのだろうか。
なので、そういう人にオリーブオイルの試飲をまかせ、あまりに嫌な感じがするオリーブオイルをはじくことで効率的に異常を防ぐ体制が作られつつあるようだ。
王都に召喚されているだろう勇者達はどうしているのだろうか。
お願いだから魔王をなんとかしてほしいという気持ちと、高校生だろう若い子に世界の命運を託して良いのだろうかという気持ちがある。
アニメとかだと中学生や小学生に命運を託すことも多いけれど、視聴者の年齢に近いほうが良いのだろうと思う。思うけれど、大丈夫か? という気持ちにはなっていた。
私では能力的に無理だということだけれど、なんとかこう傷薬とかとある薬草酒とかを差し入れたい気持ちになる。できる限りの応援はするからなんとかしてほしい。
「ハーカセさん、王城にコネがあったりしませんか?」
ダメ元で聞いてみると、いつものにこやかな笑顔が返ってきた。
え、あるの? すごいな。
とりあえず、謎の病は一段落した。
できれば大元の原因をなんとかしてもらって、私はスローライフを続けたい。
あと、私はミミやキララ達のおかげでもうけっこうどうでもよくなってきているけれど、高校生たちが日本に帰れるのなら帰れる手段を探すべきだろう。
そう思った。