93 御札買ったことあったかな……
瘴気についてジュドさんに聞いてみた。
「瘴気って一体何なのか知ってる?」
「瘴気というとあれだろう? 瘴気により魔物が凶暴化したり、いつもとは違う行動に出たりする。繁殖活動にも影響するのか、魔物の異常発生の原因だろうとも言われている」
いつもながらジュドさんは物知りだ。
「凶暴化?」
とルーナが聞いてくる。
「うーん。荒々しく乱暴になること、なんだけどわかりにくいよね」
わかりやすい説明、どうしたら。
「イライラ、むしゃくしゃするのじゃ!」
とキララが説明してくれる。まあ、うん。それで間違いではない。
「怒りっぽくなるの?」
ミミも聞いてくる。凶暴化=怒りっぽいではないけれど、
「まあ、イメージとしては近いね」
もうちょっと暴れるとか攻撃的なイメージだけど。
「そういえば、瘴気って見えるものなの?」
と聞いてみる。まずそこだ。私には見えない。キララも感じているだけで見えてはいないようだ。
考え込んだジュドさんが、
「濃度による、のか? 禍々しい気配が形になったような黒い影を見たことはある。だが、凶暴化している魔物にいつも影が見えるわけではない、な」
と答えてくれる。
そういえば大量発生したGはとてもおぞましかったけれど、姿的には黒い影だったり茶色い影だったけれど、そんな禍々しさは、ってあれ? キララは妙な気配は感じていたような。
瘴気が見えたり感じたりできる人はいるけど基本的には見えないのかな。
うーん。黄砂とか花粉みたいなものなのだろうか。見えないけれど飛んでいるとわかる。症状が出るから。でもあれも濃度によるよね。
さすがに視界が霞むほど出てたらそりゃあ見える。
花粉が出る瞬間の映像、ほんとえぐい。そして田舎で山が近いと杉林が花粉を蓄えて茶色くなるのがとても良くわかる。山の縁がもわんってなっているのがわかる時がある。
私は花粉症ではないのだけど、ほんと違うと思うのだけど、なぜか目がシバシバして、鼻水が止まらなくなる季節がある。アレルギー関係の目薬をさしたりする。
とりあえず、魔物が凶暴化する原因物質が瘴気だとして、それが人に同じように作用することもあるのではないか。イライラするって症状は共通している。
「ふふ。眉間にシワが寄ってますよ」
マーサさんに言われて眉間を指で伸ばす。ここ、気をつけないと深いシワができてしまうから。どうせシワができるなら目尻のカラスの足跡みたいなシワが良い。
美味しいマーサさんのビスキュイを口にいれる。これほんとサックサクだ。焼き加減が絶妙すぎる。
考えてもよくわからない。けれどやれることはやってみてもいいのではないかと思った。
まだ仮定だけど、瘴気はすごく怪しい。そして普段遣いの混合油には瘴気が混ざっているっぽい。その油に、うちで作った菜種油を混ぜると瘴気は薄れる。
「ジュドさん、できたらルーナに緑魔法で協力してほしいことがあるのだけど」
そう切り出す。
「わかった」
即答が返ってきた。こっちがあわてる。そんな、いいのだろうか。
「ルーナが関わっていることはできるだけ伏せるようにするつもりだけど」
それでも大規模にやってしまえば、どこかしらから情報というのは漏れるものだ。
「ルーナに何があったとしても俺が守るから問題ない。ルーナが良いというなら協力させてやってくれ」
そう言われる。保護者の許可が出てしまった。マーサさんも深く微笑んでいる。
ルーナに向き合ってお願いする。
「ルーナ、もしできたらうちの畑で前みたいに菜花をたくさん育ててほしい。お願いできるかな」
「サキさんのお願いならよろこんで! またお花見ピクニックできるかな?」
そうルーナが笑顔で言ってくれる。
そうだね。またみんなで美味しいものを食べよう。
ジュドさんの家を出て、チーズとオリーブオイルを買った店に行く。ミミとキララと共に店に入ると、あの糸目の店員さんがいた。
「いらっしゃいませー。また来てくれたんやね。今日は友だち連れやな。こないだのどやったやろ?」
と聞かれた。今日も良い声だ。すごくなんというか、胡散臭いまでに良い声だ。良い声過ぎて信頼できなさそうというか。
「いつもながら最高のチーズで、おいしかったです。えっと、オリーブオイルなんですけど……」
「ん、どうかした。なんかあった?」
糸目を少しだけ開いて問われる。
「美味しかったので、産地はどこかなっと」
「ああ、あれな。あれはダルシア産や。ほとんど王都で消費される人気のやつやで」
「そうなんですね。もしあれば同じものを1本と、他の産地のものもありますか? あと普段遣いの油も少し欲しくて」
聞いてみると、
「ちょっと待ってな」
品を探しに行く店員さん。
ミミとキララに目配せをする。キララは大きく頷いた。とりあえず出てくる油をチェックしよう。
「これとかどやろ。リーグ産のやつやけど」
出してもらったオリーブオイル、キララが丸を作る。ミミも隣で真似して丸を作っている。丸っていうか銭やでみたいな指文字だ。
「色がちょっと濃いんですね」
「あかんか、ならこっちは? 同じリーグ産でも品種が違うんや」
いろいろ見せてもらった結果、産地が同じでもキララがバツを作ったものがあった。普段遣いの混合油は小さいバツだ。
キララにバツマークを出してもらった油を買って店を出る。
小屋に帰ってまた実験しよう。
小屋に戻り、オリーブオイルを前に考える。
『封印』は確か瘴気方面の能力だったはずだ。私の能力は低めだと聞いているが少量ならなんとかなるのだろうか。
オリーブオイルに封印を使ってみよう。正直あまり意識していなかったスキルだ。ほとんど使ってないので勝手がよくわからない。
封印を使うと念じて、対象を眼の前のオリーブオイルの容器とする。
確率スキルっぽいことはわかる。容器が小さいからか、多分成功するだろうということもなんとなくわかる。
『《オリーブオイル容器》を封印』
結果、オリーブオイルの容器の蓋が開かなくなった。
「がっちり閉まっておるな」
キララが言う。
「ミミの力でも開かないよ」
ぐぐぐっと力をいれて開けようとするミミ。
これは容器を封印しようとした私が悪かったのか。
しばらく格闘したが、蓋は開かない。
救いとしては、
「瘴気は感じなくなっておる」
ということだろうか。容器ごと何もかもが封印されているようだ。
混合油を器に出して見つめる。
これに混ざっているはずの『瘴気』を封印したいと念じてみる。
なるほど、あると思えば、封印対象に『瘴気』が出た。
見えないものも『封印』できる、のか。
『《瘴気》を封印』
そうスキルを使うと、キュインという空気が軋む感じがして、混合油の中に黒いツブツブが沈殿した。
成功、したのかな。この能力を使えば瘴気を取り除くことができる、ということだろうか。
でも私一人で除去できる量はかなり限られるだろう。
やはり、菜種油まぜまぜ作戦の方が現実的だろう。
ちなみに、私の封印の能力かレベルが低いせいか、次の日には油をこしてとりあえずチャック付きポリ袋 に入れておいた黒いツブツブは消えていた。何処へ行ったんだね、瘴気くん……
オリーブオイルの容器の蓋はまだ開かない。
この封印能力、とても謎が多いのだけど、そのまま使った場合と、封印する器? を用意した場合で持続力が違う、のか?
え、これ封印の御札とかを作らないといけないやつなの!?
御札、買ったことあったかなぁ……