92 ピザが食べたい 下 高火力の威力
むっちゃくっちゃ美味しいピザが焼けた。
ものすごく美味しい。我ながらなんて美味しいものを作ってしまったのだろうというくらい美味しい。
「こんなもんで良いのか? 焼けるの早いな」
高温のパン窯だとピザはほんの1分ちょいで焼ける。耳の端っこはカリカリ。でも焼くのに時間が掛かっていないので中の水分量は保たれていてもちっとなった最高の状態だ。
その生地の上には、昨日頑張って作った特製のミニトマトソース、玉ねぎの薄切り、ピーマンの輪切り、美味しいベーコン、チーズがたっぷり、仕上げにバジルである。すさまじく香ばしくて胃袋を直撃する匂いがする。トマトソースに入れたニンニクとバジルの香りがベーコンやチーズの匂いと混ざり合って、ピザの匂いとしか言いようのないあの匂いになって攻めてくる。
これで不味いはずがないのだ。
ラリーさんに許可を得て、ミミとキララも連れてきている。朝のとても忙しい時に申し訳ないが、焼き立てピザ食べたすぎるし、焼き立てを食べてほしい。
アンさんも興味津々だ。焼き立てで熱々のやつを火傷しそうになりながら切り分ける。味見だ。
熱々のピザから滴り落ちるチーズ。チーズとトマトソースが絡み合ってチーズが赤く色づいているところとてもビジュアルが良い。玉ねぎの薄切りは熱されて甘い。たくさん載せたはずなのにもっと載せればばよかったと思う。
ジューシーなベーコンが噛むほどに幸せの肉汁を出してくれる。もう味がなくなるまで丁寧に咀嚼したいくらい美味しい。
バジルの香りがトマトソースによく合うね。このミニトマトソースとても美味い。濃厚でありつつ酸味を程よく残していて、甘い。甘みは旨味だ。
これらがピザ生地に載っているこの幸せ。サクモチのピザ生地はすべてを包み込む美味しさで取りまとめ役だ。
ピザ、良い。なんていうかうま味と幸せの塊だ。
美味しいよね。熱々のチーズの破壊力がすごい。乳製品強い。手がベタベタになろうと、熱さで舌を火傷しようと、ピザは正義だ。
「最高!」
「おいしいのじゃ」
「バジル、いい仕事してるなぁ」
「あつい、おいしい」
「ミニトマトソース濃厚でおいしい」
「これ、卵落としたらもっと美味いのでは?」
「今すぐやろう!」
「ねえ、ちょっとこのピザにマーサスペシャルカレーを載せたらどうなるの?」
「やろう!」
「このコーンを足してもいいよね?」
「見た目からしてもう100点満点なんだけど!」
「魚のオイル漬けがあったはずだから、アン持ってきてくれ」
「すぐ持ってくる!」
「魚のオイル漬け!? そんなのあるの? それならほぐした身に故郷の調味料をまぜさせてほしい」
「きのこは? ズッキーニは? アスパラは? ハムもサラミも載っけてみていい?」
「ちょっと待ってくれ、生地ってパン生地でもいいのか?」
「多分いけるけど、膨らみやすいから穴は念入りに開けたほうがいいと思う」
いろいろな意見が飛び交う。
生地とチーズがあれば、即興でもいろんなピザが焼けるよね。
ピザの懐は深い。カレーピザ、禁断の味がする。なにこれうまい。
一部、ラリーさんが仕込んでいたパン生地もピザ生地に転生した。
ピザ用に作った生地ではなかったけれど、これはこれで美味しいピザだ。
ラリーさんのパン屋に今日の特別メニューとしてピザが出ちゃうね。
ひとしきり騒いだ後は、パンを焼く作業があるので、できることは手伝う。忙しい時間にかなり実験をしてしまったお詫びだ。
焼き込みパンに具材をのっけたり、洗い物をしたり。店の掃除も、手分けをしてやっていく。
なんとか開店前にある程度のパンが焼き上がって良かった。
アンさんに店で使っている油について聞いてみる。
「油? 油はこれね。別に特別なものは使ってないわ」
聞くと、普段遣いの油はいろんな油を混合したものだそうだ。オリーブオイルや菜種油などを油を取り扱っているお店が独自でブレンドしているらしい。
季節によって取れる油も違うので、ある程度の品質は保ちながらも配合はその時によって変わるそうだ。
見せてもらった油をキララにチェックしてもらう。キララが指で小さく小さくバツを作った。少しだけ、混ざっているっぽい。
「うちで採れた菜種を絞った油。少し混ぜちゃってもいいかな」
「いいわよ」
許可を得て、菜種油を混ぜる。キララが指で丸を作った。
「風味が良くなると思うから、ちょっとずつ混ぜてみて、また感想を聞かせてほしい。お願いできるかな?」
「まあ、こんなにもらっていいの? うちは助かるけど」
遠慮するアンさんに菜種油を押し付けておいた。
これは念の為だ、うちで採れた香辛料を使った料理を食べているなら問題はないと思う。
テイクアウトしたピザを持って、配達だ。
まずはジルじいの家へ。
「なんじゃこれは。新作の焼き込みパンか? いい匂いじゃな」
と問われた。
「そう言われれば、焼き込みパンの一種かな。ジルじい今食べられる?」
「わらわが具をのっけたのじゃ」
「ミミも手伝ったよ」
うん、何種類も作ったけけど、これはキララとミミ作成のピザだ。トマトソースメインの一番最初に作ったやつ。
「まだ朝を食べておらんから、ちょうどいいのう」
と目尻を下げたジルじいが言う。ジルじい、とてもこの2人に甘い。
ご老人って朝が早いからまだ食べてないというのはちょっと疑わしい気がしなくもない。でも朝が早すぎてもう小腹が減ってきている可能性もある。
温め直して、ジルじいに出す。
ミミとキララが見守る中、ピザを食べたジルじいは、そのうまさに言葉を失っている。ただただ、満面の笑顔になった。
うん、美味しいと言葉にならない時もある。
その顔を見たミミとキララも笑顔になって2人で顔を見合わせてうんうんとうなずいている。
口の中に幸せがある。美味しいものは幸せとイコールだ。
やっと口の中の幸せを飲み込んだジルじいがしみじみと、
「ミミとキララが作った焼き込みパンは最高じゃ」
と言った。
ほんとうまくいったね。ピザは良いものです。
「ジルじい、オリーブオイルって使っている?」
「ばあさんは使っておったが、わしは全部同じ油じゃの」
「そっか。うちで採れた油、使ってくれる?」
「ええぞ、こだわりなんてないからの」
うむ、こだわりがないならうちの美味しい油を使うが良い。
ジュドさんの家にもピザを配達した。
「サキさん、あっ、ミミとキララもだ! いらっしゃいませ」
「こんにちは」
「配達にきたのじゃ」
ミミとキララとルーナは仲良しになってくれている。いいよね、子どもが楽しげに仲良くしているのは。外見だけだとキララはおねえさんなのだけれど。
ジルじいの家で少し話をしていたので、ちょうどよく小腹の減る時間だ。
マーサさんに温めをお願いしたら、焼き立てのように完璧にリベイクしてくれた。
こちらは、マーサスペシャルカレーピザとビスマルクピザのハーフ&ハーフだ。
「んふふ。カレーってこんな食べ方もあるのね。おいしいわ」
マーサさんがとても上品にピザを食べている。
「サキさん、この卵黄がとろーってチーズに混ざるの美味しい!」
ルーナがごきげんで足をばたつかせている。ジュドさんも黙々と食べている。
「ルーナは変な体調不良とかは大丈夫?」
聞いてみると、
「もう元気。前みたいにだるくない」
とルーナに言われてほっとする。
「そういえば、前、肩がおかしかったのでは?」
とジュドさんに聞いてみると、
「今は問題ない」
と端的に答えが返ってきた。
ジュドさんの皿のピザはもうすでにない。食べるの早い。
「うまかった」
と一言。笑顔と共に言われると報われる気がする。長々とした賛辞も嬉しいけれど本当はこういう一言でいいのかもしれない。何事も。
私達3人はピザはもう十分食べていると言ったので、マーサさんが焼き菓子を出してくれている。
マーサさん、お菓子の腕もプロ級だね。ビスコッティのような中にナッツの入った固い焼き菓子、めちゃうまだ。キララが食べてうっとりしている。なにげにキララは焼き菓子が好きだし、味にうるさい。
「からーいカレーのレシピを考えてほしい」
とミミがマーサさんにお願いしている。
「あら、辛いの大丈夫なのね。どこまでついてこられるかしら?」
マーサさんの目が真剣になる。どうだろう。ミミ、10辛くらいいけそう?
私は甘口が好きなので、キララやルーナと共に見守りだけさせていただきたい。
キララはカレーピザのカレーもちょっとつらそうだったからね。
カレー自体は嫌いではないらしいので、
「キララ用のあまーいレシピもお願いします」
と頼んでおいた。
「ふふ、承りました。代わりにこれのレシピも教えてね」
カレーレシピはピザレシピと交換のようだ。
マーサさんにも後で菜種油を渡しておこう。
とりあえず、ピザはとても好評だったので、また焼きたい。
できたら、小屋にピザ窯がほしい気持ちはある。ピザ窯はスローライフの夢だよね。でも、パン窯をお借りできる今の状態も私はとても好きだ。なんにせよ窯には夢がある。高火力の威力はすごい。食べるものを美味しくするのは圧倒的な高火力ってことがたまによくある。
フライパンピザはフライパンピザでとても美味しいけれど、高温の窯で焼いたピザは本当に美味しいものだ。大好き。