88 協力要請と情報収集
ジルじいの名前を告げたところ、
「ジル?」
と、錬金ギルド長ネグさんの眉がぴくっと上がった。
もしかしたらもしかして。
「魔道具職人と聞いてますけど」
「ジルのところにあったショール。あぁ、スイのか……」
懐かしむような目をしたネグさんが呟く。
ジルさんのお知り合いの錬金術師というのはネグさんのことなのか?
そしてばあさんの名前がここで発覚!?
「やはりそうでしたか。あれギルド長の染めですよね」
ハーカセさんがうんうんと頷いている。
ショールを見ただけで染めた人がある程度特定できるほどに貴重なものだったのだろうか。それかハーカセさんが特殊なのか。どうも後者な気がする。
「ヨギモギサシモ染めの布をまとうと、婦人科系の諸症状が改善が期待できると言われておりまして」
「そんな効果が……」
「ええ、なので女性への贈り物として人気なんですよ」
ハーカセさんがついでに豆知識を教えてくれる。
がしがしと頭をかいたネグさんが、
「ジルのやつがあれを貸すってことは相当信頼されているってことだな。なら、腹を割って話そう」
そう、言った。駆け引きやひっかけはなしにしてもらえるっぽい。
当初王都で流行ったこの病は少しずつ範囲を広げているそうだ。
原因がまだ特定できず、対症療法しかないのがとても問題。
そして、対症療法に使う薬草が不足気味だと。
私が提供した謎の梅製品によってこの街については問題なくなった。けれど原因がわからないのでいつまた再発するかわからない。
また、この街で病がある程度封じ込めができたことが王都に伝わっていて、なんというか、錬金ギルドに要望というか、こっちもどうにかしてくれという圧がすごいらしい。
「秘密はできるだけ守る。できる範囲で錬金ギルドでの優遇も約束する。問題はここだけじゃねぇ。力を貸してほしい」
そう真摯な目で頼まれる。
少し困る。力といっても、キララの実の成果物はほぼ放出してしまっている。ヨギモギサシモについてはそれなりに量産が可能だけど、それでも生産できる量には、それなりに、限りが。まあ、むちゃをすればそれなりの量は作れるだろうけれど。
あと、キララにすごくお願いすればあの実をまた実らせてもらうことは可能かもしれない。
でもそれは私の力だけではない。みんなの力を借りないとできないことだ。
「少し考える時間をください」
そう言って一旦帰らせてもらった。
ジルじいにネグさんについて聞いてみる。
「ネグ? ああ会ったのか。信頼できるかって? んん。そうまっすぐに聞かれるとあれじゃのう。そうさな。ばあさんは信頼しておったよ」
そして付き合いを続けていた、と。ストレートには言いづらいのだろうけれど、ジルじいからネグさんに関する悪い感情は感じない。どちらかというと悪友って感じがする。ということは多分ネグさんを信じるのは問題ない。
「ばあさんってもしかしてスイさんって言うのかな?」
「そうじゃが、どこからその名を……。ネグから聞いたか」
「うん。ジルじい。膝が動きにくくなったのって最近?」
「ん? 膝は、そうじゃの。前々から少しおかしいことはあったが、今年に入ってからひどうなったの」
そうなのか、そう言えば、腰痛や膝痛の人もいたね。
思いついて、ニア農園に寄った。
「ん、腰痛か。いつからって言われてもなぁ。こんな仕事だし、たまに使いすぎて痛む時は前からあったんだ。だがあの時のは酷かったな。痛いしイライラするし。ほんと助かったよ」
「あたしはいきなりだったね。起きたら膝がかくかくしてね。立ったり座ったりする時が特に痛くて。変に熱っぽくて、血が引く感じもしてね。嫌な感じだった。でもあの薬を塗ってもらったら、全部すーっと消えたよ」
初めてニア農園で作業を手伝った時のことを聞いた。ドーンさんもミリアさんもあの時のことを思い出して教えてくれた。
血が引く感じ。貧血っぽい症状もあった、のだろうか。
冒険者ギルドにも行ってみた。
「あら、サキさん。どうされました? アマーメ討伐の時の不調? お恥ずかしいです。あの時は本当になぜかとても疲れておりまして……」
「マチルダさん、貧血持ちだったりします?」
「これまで言われたことはなかったのですが、あの時はそうだったのかも、と思います。震えがくるほど寒く感じたりしておりました……」
目を伏せるマチルダさん。まつげが長い。
「でも。今は元気ですわ。サキさんのおかげです」
笑顔が眩しい。これいつものあれです。とクラッカーを差し出す。
「あら、催促したみたいになってしまいましたね」
とまた笑うマチルダさん。
「そういえば、マチルダさん、あの時何か飲んでいると言ってませんでしたか?」
「ええ、王都で流行っているという栄養剤です。そういえばあれから飲んでないのでまだ残っていたかしら?」
机の下をさぐるマチルダさん。そして、小さな容器を取り出した。
「これですわ。気になるのでしたら持っていかれますか?」
「よければ」
「ええ」
ということで、ちょっと気になるその栄養剤をゲットした。カフェインでも入っているのだろうか。
ついでなので農業ギルドにも行く。
「んー。今年に入ってから流通が増えたもの、ねぇ。特段思いつかねぇな。毎年なら一月二月に増えるのは、白菜、白ネギ、大根か。ほうれん草も冬はうめぇな」
リガルさんに聞くけれど、特段今年から変わったものが入ってきたり採れているわけではなさそうだ。
「あとは、年末からぼちぼち新物のオリーブ油や葡萄酒が出る。小麦は夏だから関係ねぇよな」
「葡萄酒?」
「おう。寝かしたのもいいけど新物も美味いよなぁ」
イケる口なのか、いい顔をしたリガルさんがくいっと杯を傾ける仕草をしながら産地について説明してくれた。
濃厚な赤もいいけど、さらっと飲める白もいいよね。うんうん。
そういえば、水よりもワインやエールの方が安くて衛生的だったりするところもあるのだろう。
ここは比較的水は綺麗でそこそこ飲めるっぽいけれど。
ジルじいやジュドさんの家で出てくる水は魔道具で出しているようだった。
ジュドさん、ジュドさんもそう言えば、肩かなにかの不調が梅ジャムで消えていたような。
そして、ルーナ。
ルーナの不調は緑魔法の不適合が原因だった。
同じように、なんらかの不適合がこの病の原因ということはあるのだろうか。