85 おかしな病
祭りでの願いとは裏腹に、最近街では奇妙な病が流行っているようだ。
奇妙な病というか、それだけを聞くと、まあ、そんなこともあるよね、といういろいろな症状たち。
最初によく聞いたのは、寝付きが悪く眠れなくなって、やっと寝ても眠りが浅く貧血のような症状が出るという話。うん、聞いたことある。
粘膜が渇き、目が乾いて充血していたり、喉が乾燥するのか空咳をしている人を街でよく見かけるようになった。目の充血は寝不足もあるのかもしれない。
膝や肘、指の関節がきしむようになって困っている話もよく聞く。なんだか関節がこわばるのだそうだ。腰痛に悩む人も増えているっぽい。
なんだか不快感とイライラが強くて怒りやすくなった人が多くて、街のあちこちで小さないさかいが起こっている。今までならなんでもなかった、少し待たされるとか、ちょっとした行き違いも我慢できないみたいだ。
体温調整がなにかおかしくて、という人もいる。突然体内がカッと熱くなって汗が噴き出し、その後汗冷えをしてガタガタ震えるらしい。着替えることが多くなるからか、古着がよく売れているのだと。
木陰で涼しい場所でも、顔がほてってたまらないという人もいた。
息切れ動悸がして心臓がどくどくいうという症状で道にうずくまる人を見かけてびっくりしたりする。こういう時「大丈夫ですか?」と問いかけるのは悪手らしい。あきらかに大丈夫じゃないからね……
疲れやすくなって、なんでもないことでくよくよと悩み、不安感に襲われる人。
なんとも様々なちょっとした不調を抱える人が増えた。症状は一つのこともあれば、複数の症状がいっぺんに出る人もいて混乱を極めた。
一つ一つの症状はよくあることだ。対応するお薬もある。
特にヨギモギサシモは貧血に良いし血の流れを整える効果が強い。
対症療法とはなるが、錬金ギルドのヨギモギサシモ原料のポーション及び丸薬で症状が和らぐ人は多かったようだ。
あまりに様々な症状なので、この病が同一のものだろうという推論が出るまでかなり時間がかかったらしい。調べても原因不明だったみたいなのだ。特に風邪をひいているわけでもなければ、心臓が悪いわけではない、と。
ふむふむ、私、これらの症状にすごく覚えがある。
びっくりするほど体のあちこちに不調が出てきて、人によって出方が違うやつ、知っている。
通っていたレディースクリニックで相談しても「まだ早いよー」って言われ続けたやつ。
これ、更年期障害じゃないのか?
ただ、どうも性別とか年齢に関係なく出ているようで。
ほな、違うか。
ってなった。まあ、男性にもあるらしいけどね更年期障害。最近は若くてもなる人も多いと聞く。
けれどそれでは説明できないくらい若い男性にも症状は出ているのだと。
そういえば、この病に苦しむ人が増えたのは最初は王都だったらしい。
王都だけかと思っていたら、だんだんあちこちに広がって。現在この街でも流行中。
「いくらあっても足りないんです。よろしくお願いします」
ヨギモギサシモが足らないと錬金ギルドのハーカセさんにお願いされる。わざわざ別室に通されて、人払いをしてからだ。
えっと、もうこれ、以前納品したやつの出所、完全把握されているやつ。
「わかりました。できるだけなんとかします。ただ、なんというか……」
ごにょごにょと語尾をごまかす。そういえば、私の服装は祭り後も結局あまり変わらなかった。思えば動きやすい格好ってスカートじゃなくてズボンだ。声質だけ以前より微妙に高くしている。低い女声かやや高めの男声か迷う感じに。
「わかりました。納品者はカエリン、いえ、カエン様ということで。そういえばカエン様が売っていらっしゃるお野菜もとても栄養豊富で健康に良いそうで」
にっこりと笑うハーカセさん。とてもわかりが早い。そして、スペシャルなお野菜で不調が治っている人も、いるっぽいね。つまり、お野菜も増産した方が良さげなのか。
この病が多分同一の病だろうと突き止めたのもハーカセさんらしい。医者じゃなくてなぜ錬金術師が、と思うが、軽い不調は丸薬に頼る人が多く、それで様々な症状のサンプルや病状相談が錬金ギルドに集まってくるのだそうだ。
ポーションは効果が高いがその分お高くて取り扱いが難しく、そのポーションを作った薬草の残りカスを使って作られる丸薬は効果は低めだがお値段もお手頃。庶民が頼るのはもっぱら丸薬とのこと。なるほどね。
「あと、もしかしたら、なんだけど…」
今流行っている病は、40代から50代くらいの女性特有の症状と共通項があるのではないかと告げる。
「そうなのですよね」
とうなずくハーカセさん。やはり似ていることは把握されているっぽい。かなり年配の女性から、以前苦しんでいた症状によく似ていると訴えがあったらしい。
ってことはいま更年期の人はこの病なのかどうかわかりにくいのだろうか。
翻訳さんがちゃんと伝えてくれるだろうからそのまま聞いてみよう。
「実際の更年期障害の人との違いは見つかってます?」
「明確な違いはないようにみえます。ただ、急に症状が重くなった、増えたという人が……」
うわっ、それはきつい。ただでさえつらい症状が増えるとか同情するしかないというか。いたたまれない。つらさがわかるだけに本当に……
「ハーカセさん。ハーカセさんを見込んでお願いがあります」
もうさ、このハーカセさん、かなりこうわかってるでしょ。
対症療法だけど、更年期障害的な症状に私には効果的だったあれやこれや。試してみても良いのではないか。