83 菜の花 下 昼行灯
外で食べると何気ないものでも美味しく感じる。
スコーンをすごい勢いで食べていたジュドさんが、ふと気づいたように肩を回す。
「軽い……」
んん、どこか痛めていたのだろうか。
じとっとした疑いの目を向けられて目をそらす。
いやだって梅ジャム美味しいから。
少しくらい食べても問題ないと思う……
キララとか、もうすごい量この梅ジャムを食べているよ、うん。
存分に菜の花畑を楽しんでから、再度成長を促進してもらい、菜種の収穫だ。
ここでなんというかキララの素晴らしさを感じる。
「これに入れればよいのじゃな?」
と確認されて、
「お願い」
と言えば、種を収穫してくれるのだ。びっくりするほど早い。
本来、種がある程度充実するまで畑に置いておいて、さやがちょっと黄色くなったくらいで株を刈り取って雨の当たらないところで乾燥させて。
そして叩いたりなんだりして種を落として、ふるいにかけてと、かなりな工程が必要なのだ。種って熟すると勝手にこぼれ落ちてしまうので、タイミングが難しい。
ほんと種取りってとても大変なのだ。正直、実が充実するまで置いておくと茂った株が畑作業の邪魔になる。なので菜花の種取りのために植える場所をあらかじめ畑の端っこにすることが多い。
菜花類、実が熟するまでけっこうかかるのだ。そういえば大豆もそうだよね。枝豆は若い豆を食べるから良いのだけれど、大豆として収穫しようとすると、かなり長い間畑に置いておくことになる。
「サキさん、これどうするの?」
いっぱい取れた黒と茶色が混じった菜種を見てルーナが言う。
「搾ったら油がとれる、はず」
と答えたものの、勢いで作ったのはいいけれど、そういえばどうやれば油って搾れるのだろうか。
オリーブは確か潰してそのまま搾ればいい、ような気がする。ほっておけば自重でたれてくる油が絶品だと聞いた覚えがある。
でも、菜種はなにか準備が必要だったような。
他にオイルオイル。椿油も聞いたことがあるけれど、あれは種が固いからなんだかとても製法が面倒だった。
あ、ひまわり。ひまわりも油が取れて、あれは確か煎ってから搾る。ゴマも焙煎するし、菜種も多分そんな感じなのではないだろうか。さて、どうするか。
大丈夫。私には頼れる知り合いがいるのだ。
「油かぁ。うちでも搾れなくはないが、搾油量と品質を求めるなら錬金ギルドだ」
相談に行った農業ギルドで、リガルさんがあっさりと言う。
「というと?」
「うちにある搾油の機械は錬金ギルドからの下げ渡しだからな。型落ちなんだ。まあそれでも一般に流通させる分には問題ない。ただ……」
錬金ギルドには油搾りに特化した人がいるらしい。なにやら農業ギルドだと搾った後に畑の肥料に使う油かす。その油かすからでも油をまだまだ搾ってしまうくらい凄腕な人が。
それって錬金術的な何かで限界まで搾っていらっしゃる?
ギリギリ、どこまでやれるのかを攻めたい気持ち、わからなくはない。
一番搾り、二番搾り、と搾っていき、限界搾りみたいなオイルまでランク分けして搾ってくれるそうだ。
フィルター性能にもこだわっているらしく不純物がろ過され、特に一番搾りがとても評判が良いらしい。
「リガルさん、ありがとう」
情報助かる。そして、農業ギルドでも受けられることでもちゃんと他を紹介してくれるの、ほんと頼れるなぁと思う。
「おう、また来い」
笑顔と共に上がった手と眉毛に、こちらも手を上げて応えた。
ということで、面白そうなので錬金ギルドに依頼してみた。
受付にいた、いつもの人ではない職員さんが、
「少しお時間をいただきますが、ご満足いただけると思いますよ」
と、自信に満ちた笑みを浮かべて請け負ってくれた。
待つこと一週間くらいだったろうか。出来上がった品を受け取りに行った。
そしたらまあ、すごかった。
一番搾りオイルの美味しさすごい。とても綺麗な黄色のオイルでキラキラしている。もう黄色というよりは少しだけ緑がかった黄金色で、美味しい。素敵。今まで食べていた油はなんだったんだっていうくらい濃厚で味わい深い。
サラダ油ってクセがないのが特徴だけど、搾りたてで精製していない油ってこんな滋味豊かなんだ。
もはや油というより調味料な気がする。
二番、三番と行くほどに、風味が薄くなっていき、最後の限界搾りはほぼサラダ油に近かった。
肥料に使いたいので油かすも引取希望にしておいた。そしたら笑ってしまった。本当になんていうか、限界まで搾り尽くされたもう固まっていられないくらいカッスカスのカスや! って言いたいくらいの油かすだった。
畑にまいたら分解がすごく早いのではなかろうか。
搾ってもらった量もすごかった。ほんと無駄なく搾ってくれたのだと思う。
お料理に使うのはもちろんだけれど、せっかくなのでこれで灯りをともしたい。
「まず、行灯を作ります」
と宣言する。
「よくわからんが、頑張るのじゃ」
キララに応援される。
まあ、行灯なんてあれだ。木枠に紙を貼ってあればよいのだと思う。
昔の盆踊りで絵を書いた紙を貼って作ったなぁ。
せっかくなので、ミミとキララにも絵を描いてもらおう。いっしょに頑張ろう。
あ、うん。キララはやや画伯だった。でも味がある絵で私は好きだ。かわいい。多分この3人は私とミミとキララなんだと思う。良い絵だ。
ミミはすごく上手い。
「菜花を描いた」
そう言うミミの描いた絵はあの菜の花畑を写実的に描いていて、とても素敵だ。
え、私? 私はもちろん画伯である。体育祭で任された応援看板に自由の女神を描いたら妊婦さんみたいにお腹ポッコリになった過去がある。トーガ? って描くの難しいね。
あれ、なぜ私に任せたのか未だに謎だ……
なので逃げとして紙を折り畳んで染めた。広げるとお花みたいになっていて楽しい。
なんとか、合作のかわいい行灯が完成した。
「良い出来じゃ。特にわらわのこの絵が良い」
「そうだねぇ」
ほんと、行灯にするとよく映えて良い絵だった。
「ミミの絵も素敵だね」
「うん。一面の黄色」
菜の花の花びら一枚一枚が精密に描き込まれた黄色のその絵。あの日の情景をそのまま写し取ったようで、幸せが満ちている。
小皿に菜種の限界搾りを注ぐ。
あっ、灯芯をどうしよう。
あれ正式には畳の原料のイグサの芯だ。
イグサの中心は白くてスポンジみたいになっている。そこに染み込んだ油が燃えるのだ。
イグサなんて買ったことないなぁ。
灯芯の代用ってなんだろう。たこ紐とか?
考えてみる。そういえば防災の知識で、ツナ缶で明かりを灯すというのがあった気がする。
穴を開けたツナ缶にティッシュで作ったこよりを入れて火を灯すのだ。
よし、ティッシュでやってみよう。
「明かりの芯を、これをよりよりして作ろう」
以前出してあったボックスティッシュから、ティッシュを一枚引き出し、2枚に分けて、さらに裂いてからミミとキララに手渡す。
確かイグサの細い灯芯は本数を変えることによって明るさを調整していたはずだ。
なので細い芯を複数作った方が良いだろう。
「太く短くなるのじゃが……」
こよりの作り方にも性格が出る。
「細ーくてもいいの?」
ミミは細さの限界に挑戦しているけど、多分細すぎてもうまくいかないのではないか。
まあ、どれかがうまく行けば良い。
結果としては、キララが作ってくれたこよりがとても良かった。
程よく油を吸い上げて良い感じに燃える。
昼間に小屋の窓を閉め切ってつけた明かりが小屋の中を照らす。
浮かび上がった絵がとても素敵だ。
「夜にまた点けようか。そうしたらまた違った感じに見えると思う」
そう言いながら、かすかに揺れる灯りを見入る。
油が燃える匂いがするが、そんなに不快な匂いではない。
行灯の油を舐める妖怪がいた気がする。けど、使っているのは魚油ではないから大丈夫だろう。
いや、別にジュドさんがペロペロしているところを想像したりはしていない。
油、好きかな?
揚げ物とかはきっと好きだよね。
たくさんとれた油で、料理もしたい。
「次は食べるものを何か作ろうか。何がいいかな?」
二人に聞くと、顔を見合わせた二人が、
「黒ごまの」
「サクサクのやつが食べたいのじゃ」
と、いつものクラッカーが食べたいと言う。
そういえばあのクラッカーのレシピの正式な材料は菜種油ではなかったか。
「良いね」
きっと美味しくできるだろう。