80 夏祭り 5 クズ魔石の有効活用とみんなの願い
待ち合わせ(仮)の場所に向かう。
広場からほど近い魔術ギルド前は、かなり混み合っていた。
この祭りでは厳密には待ち合わせはできない。
だって、顔を隠していて誰かはわからないという建前だ。知らないふりをするのがルール。
つまり名前を名乗ることも、名前を呼び合うこともできないのだ。たまたま同じ場所にいた人が意気投合するのは仕方ないけどね。
街は様々な仮面をつけた人であふれていた。
仮面だけでなく、ベールをつけている人もいれば大きなマフラーのようなものに顔をうずめた人もいる。
大きな帽子を目深にかぶる人がいるかと思えば、包帯のような布を顔に巻いた人も、ああ、顔自体にべったりと色を塗り込んだ人もいた。
ここにお化けが混じっていてもわからないだろう。
視界が悪くなるお面を被っている人も多いからだろうか。
街にはふわふわと浮く明かりが灯されていて、歩くのに不安はない。
浮遊する光る石が細い紐であちこちにくくりつけられているのだ。
魔法使いみたいなとんがり帽子を目深にかぶったローブ姿の人が希望者にその光る石を販売しているようだ。安価なのか硬貨をしっかりと握りしめた子どもが近寄ってきた。暫定魔法使いはやや猫背のその背をもっと丸くして対応している。
「実はアレ、例のクズ魔石を使用しています」
売り上げに響くので秘密ですよ、と、つややかな唇に指を立てて小声で教えてくれるマチルダさん。
なるほど、Gの魔石や、その他、使用用途が限られる小さい魔石をお祭りで消費しちゃうのか。
内包魔力が少ないその石は翌日には光を失い浮遊力もほぼなくなってしまうそうだ。
紐も魔力でできているため、あとに残るのは小さな石のみで後片付けもほぼしなくて良いのだと。
あれだね、祭りの風船の灯りバージョンだ。
「では、私はここで」
と言われお別れした。そういえばマチルダさんの結び目は右前だったような気がする。いい人いるんだね。
魔法使いを見るキララの目が輝いているので、光る浮遊石を2つ買う。
「飛んでいかないようにしっかり持っていてくださいね」
そう言う声に聞き覚えがある、気がする。
「素敵なショールですね。とても綺麗に染まっていて」
と、ヨギモギサシモ染めのショールにうっとりと見入るその人。
ヨギモギサシモがお好きな人に、とてもとても似ている、ね。
いやいや、錬金ギルドの偉いさんだろうになんでこんな下っ端仕事をしているのか。この光る浮遊石を作るのに魔術だけじゃなくて錬金術も関係しているのだろうか。
「アリガトウゴザイマス」
とりあえず、無難に流そう。そうしよう。
次に買いたい人も並んできたことだし、私たちは少し離れておこう。
ミミとキララに渡して、飛んで行かないように手首に巻いてもらう。
「明るいね」
光に照らされたミミの目がアメジストのようにキラリと光る。
「生きてるみたいなのじゃ」
キララは紐をたぐり寄せて石をつついて遊んでいる。
ばっちいからあまり触るのは……と思ってしまうけれど、これも穢れ思想というものだろうか。
そうこうしているうちに天使が現れた。
頭に白い花で作られた輪っかを載せている。そこから垂れた白いベールが顔を覆っているが間違いなくルーナだ。
白い羽のように広がる薄い布がふわふわヒラヒラするとてもかわいいドレスを身にまとっている。
めちゃくちゃ可愛い!
そして、そのルーナを引率していたのは。
ああ、うん。
そういう方向性で顔を隠したんだ。というかそれ隠してないというかむしろ本性をさらしているのでは?
と問いかけたい、顔が完全猫化した男性だった。向こうで言う英国紳士っぽい格調高そうな衣装を着て杖を持っている。
めっちゃくちゃ格好良いけど、素敵だけど、どっかで見たことある感じがすごい。その杖、仕込みがあったりするんでしょう?
ルーナが、こちらを見て顔を輝かせ、声を出そうとする。
でもすぐに気がついたのか手で口を押さえ、目だけで笑った。
おや、これだけ私が化けて仮面もつけているのにルーナにはわかってしまったらしい。
多分だけどルーナの場合、服装による性別とかあまり気にしてないよね。
ジュドさんに関しては、なんというか素敵な猫のお顔なので表情がやや読みにくく、よくわからない。けれど驚いた様子はない、ね。スンっとしている。通常通りだ。
笑えてきてしまう。
私の女装は全然サプライズにならないらしい。
みんなとても勘がよろしいことで。
ミミだけ、この姿では初対面なのだけど紹介は次回でよかろう。
「お嬢さん、私たちと一緒に回りませんか?」
とルーナをナンパすると、
「はい!」
という良い返事が返ってきた。
ジュドさんはルーナに甘々なので、ルーナが頷けばついでに釣れる。もともとできたら一緒に回ろうと約束していたしね。
持ってきていたヤグルマギクの切り花をそっとルーナの花輪の隙間に挿す。ヤグルマギクの鮮やかな青はルーナの瞳に似ていると思うのだ。
ルーナに幸せが舞い込んできますように。
花言葉に願いを託す。祭りの夜だ。きっと私にもささやかな魔法くらい使えるだろう。
白でまとめられたルーナの装いにその青はとても映えた。
5人で屋台をひやかし、広場に向かう。
ルーナは見るもの全てが珍しいのか、大きな目がこぼれそうになるくらい大きく見開き、そして笑う。くるくると変わるその表情を見ているだけで楽しいし、可愛い。
同じように見ていてもミミはちょっとリアクションが控えめだし、キララは少しお姉さんぶりたいのかいつもより騒ぐのを我慢している感じがする。
多分だけどキララよりルーナの方が精神年齢は上な気がするんだけどね。それに初対面のあの時にもう落ち着きのなさはバレバレだろうに。
陽気な音楽が、広場の中央に近づくにつれて大きくなる。音楽に合わせた手拍子の音が響く。
真ん中に建てられた柱はもうこぼれるくらいたくさんの花で飾り付けられ華やかだ。
その柱を照らすように火が燃やされている。その柱と火を中心にして円を作って皆踊っていた。
くるくると回るように踊り、適当なところで抜ける人は抜け、また新しい人が輪に加わる。
そんな感じで音楽に合わせて順番に踊っているようだ。
踊りは簡単なステップと手ぶりで、少し見ていればなんとかなりそう。前の人を見ながら見様見真似で踊っている子どもがすごく可愛い。手拍子がずれちゃうのも可愛い。
ステップで下がるタイミングだけ注意だね。ぶつかっちゃうから。
見ていると、こんな簡単な踊りなのにめちゃくちゃうまい人が中にはいて面白い。体幹がすごいのか上半身が全くぶれない。そして指先まで神経が通っていて所作が美しい。見返るその姿がなんだかとてもたおやかなのだ。その後ろにいる人も動きにキレがあって良い。
って、あれマチルダさんではなかろうか。そしてその後ろにいるのって背格好体格からするともしかしてバーンさん? 違うかな?
確信が持てないまま見ていると、その二人は踊り終えて輪を抜けて人ごみに消えていった。
そろそろ、自分たちも踊ろうと、タイミングをはかって輪に加わる。
一度に全員は入れないので、ジュドさんとルーナはセットだけど、私達はばらばらに、上手そうな人の後ろに入る。
前を見て覚えながら踊るのだ。
手を叩くタイミングが上手くいくと楽しい。
なんとか一周踊り切って抜けた。息が少し上がっている。いやー楽しかった。
昔習って祭りで踊った地元のほにゃらら節やほにゃらら音頭よりは簡単だ。多分もうあの音頭踊れる人、いないだろうなぁ。私もうろ覚えだし。
「楽しかったのじゃ!」
まだ踊りたりなさそうなキララ。
「むずかしかった……」
どうやらミミは踊りの才能はなさそう?
ルーナは、
「途中でぶつかっちゃった」
と反省しながら言っていた。
ぶつかられたジュドさんがちゃんとフォローしたようなので問題なし。
「歩き疲れたからだろう」
そう言ってルーナを片手抱きするジュドさん。
天使が猫顔獣人に抱えられているのとても良い。
カメラ、カメラはどこなの?
使い捨てカメラは千円で買えたとして現像が無理か。昔雑誌の付録か何かでピンホールカメラを作ったような気がするけれど、印画紙? がいるよね。インスタントカメラは買った記憶がない。残念すぎる。
スマホはもう充電が切れてしまっているしなぁ。
踊りの音楽がどんどん早くなっていき、踊る人が振り落とされているのを見て笑う。限界に挑戦していって踊り切った人にはちょっと良い賞品が与えられるらしい。この早さ、踊る人も大変だけど演奏する人も大変だ。
踊りの中心とは別のところで燃やされている火を、祭りに来た人が縄につけてもらっていく。
火種が消えないように縄をふりながら帰るのだそう。かまどを使うか魔道具のコンロを使うかは家によってまちまちだけど、かまどを使っている家はこの火種をかまどに移す。
魔道コンロのおうちでもランプに使ったり、ろうそくに移したりして一晩、この火を灯すのだそうだ。
魔術で灯されたくず魔石の明かりと、人々が手にする縄を回す火の軌跡。燃え盛る炎。
幻想的な明かりの風景が暗くなってきたことによって浮かび上がる。
ああ、綺麗だ。
この異世界でも祭りはとても美しい。
魔が払われ、みんなが健康に元気に実り多い日々を過ごしていけますように。
今宵は、そうみんなが願っていた。