79 夏祭り 4 こんなこともあろうかと
ジルさんの家。
夕方近くなり、鐘が鳴る前に支度をしようとお邪魔した。
ちょっと食べすぎたし、歩き疲れた。でもちゃんとジルじいさんのためにカレーパンを無事ゲットしてお土産に持ってきた。
ラリーさんとアンさんの出店はすごい列だった。カレーパンの人気がすごすぎて一人二個までの制限つきだった。
アンさんに「ごめんね」って謝られたけど、知り合いだからといってルール違反は良くない。
「キララじゃ!」
「ミミです」
と挨拶する二人に、
「んむ。ジルじいと呼んでくれ」
と目を細めるジルじいさん。孫を見るような優しい目で見ている。
手をあげて、
「私も良い?」
って聞いたら、
「ええぞ」
って返ってきた。ジルじい、ジルじい、うん良い感じだね。
ラリーさんがそう呼んでいるの、ちょっといいなって思っていたのだ。
ミミとキララとジルじいを居間に残し、私は二階の使っていない部屋に行く。
早速着替えようと思ったのだけど。
問題が発生した。
ただのワンピースだろうと思っていたこの衣装。よく見れば一体化してない。なんかだかちょっとパーツがあるぞ。
え、これどうやって着るの?
まさかの着方がよくわからない問題が発生。
多分この紐でウエストをしめて、上からエプロンっぽいやつを重ねればいいんだと思うんだけど……
あるよね。自分にとっては当然だから、着方なんてわかっているだろうと思っていたミリアさんは責められない。
たまに友人を泊めた時に、シャワーの使い方を教えなかったら困惑されたりする。お風呂のスイッチとトイレのスイッチもどっちがどっちか、普段使ってないとわからないよね。
自分がいつも自然にやっていることって、教えづらいのだ。
ワンピースだろうから着るのなんて簡単簡単と思っていて試着をしなかった私も悪い。
そうだ、ミミとキララに聞けば……
って、あれ多分蒸着形式で普通の着方はしてない、よね。
どうしようか、迷いつつ適当に身に着けてみるが、どうも合っている気がしない。
エプロンの紐を後ろで結びつつ悩んでいるとドアがノックされた。
「はい?」
と、とりあえず言うと、
「着付けサービスにまいりました」
と聞いたことがある声がする。
どゆこと?
とまどいつつドアを開けると、そこにいたのは冒険者ギルドのマチルダさんだった。祭り装束に身を包んだ姿はとても美しい。てか、見た感じやっぱり着方が違うっぽいね……
って、私がマチルダさんを見る時、当然ながらマチルダさんからも見られている。
後ろにいたジルさんが、
「そういえば、ばあさんが一人で着るのは少し面倒だと言っておったのを思い出してのう……」
と言う。
「ジルさんより、女性の装束の着付けの方法をわかりやすく図解してほしいとの依頼を先日受けまして。すぐにわかりましたわ。サキさんのことだって。なので実地でのお手伝いを志願させていただきました」
にっこり笑うマチルダさん。笑顔がいたずらっぽくてとても素敵だ。してやったりという感じがとても可愛い。
あぁ。これはマチルダさんにもバレバレだったということだね。
「お願いします……」
もう頭を下げるしかない。
そして、ジルじい。
こんなこともあろうかと準備してくれていたのありがたすぎる。ジルじいにはいつも助けられているなぁ。
マチルダさんにとても手早く綺麗に着付け直してもらう。
「エプロンのリボンの結びは、後ろだと未亡人という意味になります。違いますよね?」
と確認されてびっくりした。
そんな決まりがあるんだ。
未亡人じゃない。違う違うと頷くと、
「左前でよろしいかしら?」
と直された。
右前だと『相手がいる』という意味らしい。いませんね!
難しすぎるぞ民族衣装。日本で着物の合わせを左前にしちゃうみたいな間違いが多分私一人では多発したことだろう。
マチルダさんは準備良く持ってきた化粧道具で私の顔にお絵かきもしてくれた。
凹凸が少ないのっぺりとした顔を、シェーディングを駆使してメリハリをつけてくれる。
お目目もぱっちりにしてもらって、なんだかもうこれ、仮面をつけるまでもなく別人ではなかろうか。
我ながら化粧映えする顔だ。
最後に紅を差してもらう。
こちらでも薬指の事を紅差し指というのだろうか。
そう、マチルダさんの薬指で塗ってもらいながら思う。
紙に余計な紅を移して終了。
仕上がった顔を見て、マチルダさんが満足げに頷く。
「これでよろしいかと」
「マチルダさん、ありがとう」
お礼を言うと、
「こちらこそ、いつもありがとうございます」
と返された。もしかしてこれはクラッカーのお礼ということなのかな。
いつもお世話になっているのはこっちなのに。
ヨギモギサシモ染めのショールを羽織り階段を降りる。
「おお、よう出来たな」
とジルじいにびっくりされ、
「かわいい!」
とミミに好評で、
「目が倍になっておる」
とキララに驚かれた。
まあ、お化粧しても仮面で隠れちゃうのだけど、褒められると良い気分だ。倍になったと言われた目をこれでもかと見開きパチパチと瞬きをする。
それを見たみんなに笑われるのが楽しい。
そうしていると、カランカラーンと鐘が鳴った。合図の鐘だ。
仮面を付けて出かけよう。