77 小話 国語の教科書の思い出
※注 国語の教科書にのっていた話のネタバレがあります。
でも記憶で書いているのでネタバレというより多分よく似た話、ですね。
ジルじいさんから借りた草木染のショールで国語の教科書を思い出してしまった。
私は国語の教科書が好きだった。あまりに好きすぎてかなり年上の従姉にねだっていらなくなった教科書をもらっていたくらいには好きだった。
この話が好きでって話をしたら、知らないと言われてびっくりした。教科書なんて一緒だろうと思っていたのに年によって内容がちょっと違うのだ。
国語の授業中に、授業の内容ではない先の話を読むのが好きだった。なぜか今やっている話よりずっと面白く感じる。
そんな中で印象に残っている話がある。
桜の木で布を染める話だ。
細かいことはすっかり忘れてしまったけれど、桜色の綺麗なピンクを出すためには花が咲く前の樹皮が必要で、花が咲いている時ではこの色にならない。
みたいな話だったと思う。
桜の花が咲くたびにその話を思い出す。花が咲く前の桜の木にすっごいピンクの樹液が巡っているのを想像するのだ。開花の準備のために蓄えたその桃色を染めるのにもらってしまうの、ちょっと罪悪感がある。
ついでに、バスの運転手さんが桜並木を作った話を思い出す。
うちの近所にも桜並木があったのだけど、あれも当時の町会長さんの発案で、木に名前のプレートを付ける寄付をつのってできたそうだ。もうプレートは朽ちてしまったのだけど、どこかに従姉の子どもの記念の木があると聞いた。
教科書に載っていた話では、素朴な器の美、みたいな話も好きだった。大量生産される器に迷いなく引かれる伸びやかな模様の線に美を見出す、みたいな話。
何千回何万回、もっと気が遠くなるほどの回数、繰り返された職人さんのその動作。その筆使いを思い浮かべると、陶器屋さんの店先のワゴンセールの安い器にもすごく愛着がわいた。
あ、あとあれだ。職人繋がりで、宮大工の話が大好きだった。宮大工の棟梁さんのお話。木の癖を見抜いて、生えていた時のように使うあのお話がどうしてあんなに好きだったのだろう。
多分、自分にかなりの癖があることを自覚していたからだろうか。
癖がある話というと、さすまたを持って何かわからない動物から畑を守る話、あれは何故か癖の強い登場人物が多くて心に残っている。不審者や動物をさすまたでなんとかしようとしているニュース映像を見るといつも思い出してしまう。
まだまだ印象に残っている国語教科書の話はあるのだけれど、ここまで覚えている自分がちょっと面白いな、と思う。人生に国語の教科書が役立つことある? と思う人もいるだろうけれど、多分役にたっていると思う。
なので、梅の木で、キララの木で染物、できないかなぁって思うのである。
桜染めは聞くけれど梅染めはあまり聞かない気がする。
確か、ピンク系に染めたいなら枇杷も良かったような記憶がうっすらある。
草木染、興味はあったのだけどしたことがないので細かい知識がないのだ。
「キララ、今度、小枝をもらえる?」
そういえば、剪定はした方が良いのだろうか? キララが自分でなんとかできるのかな? 今の樹形すごくいい感じだし。
「よいぞ。あのかご一杯か?」
キララが前に梅を収穫したかごを指さす。どれくらいいるのかもわからない。
「お試しだからもうちょっと少なくても良いかな。このお鍋いっぱいくらい? 今じゃなくていいんだけど」
梅も本当は開花直前が良かったりするのだろうか。まあそこは試行錯誤かな。
「いつでも言うが良い」
「よろしく」
『何するの?』
キララの肩に乗ったミミが問う。
「ハンカチとかをね。染めてみたいの」
最初は小さいもので遊んでみよう。
初心者だといきなり梅の木は無謀だろうか。玉ねぎ? 玉ねぎの皮なのか?
みょうばんはナスの漬物用に買ったことがあるから千円リピートでg単位で購入可能だ。
多分他の触媒も錬金ギルドに行けば手に入るだろう。
自分で染物ができるなら、いろいろ楽しいよね。
あ、藍染め。
藍染めはやったことあった!
記憶から抜けていたけれど町民講座みたいなので体験した。
でも全部準備してくれてあったから細かいところはわからない。
けど、楽しかったので畑に藍を植えたことがあった。
あの藍はもらったやつで買ってないなぁ……
残念。
ジャパンブルーを異世界に知らしめることはできそうにない。
そういえば、指先を青くして窓をつくるお話も、
教科書にのっていたような気がする。
あのお話はどんな話だったのだろうか。詳細を覚えていない。
記憶をたどる。確かこんな風だった。
そっと指で四角い窓を作ってのぞき込む。
その窓から見えたのは、
『なにしているの?』
「なんじゃ?」
と小首をかしげるしぐさがシンクロした二人の姿だった。
とても可愛いその風景に、声を立てて笑った。
※参考 判明したもの
安房直子 「きつねの窓」
柳 宗悦 「雑器の美」
魯迅 「故郷」
大岡信 「言葉の力」
内藤誠吾 「千年の釘にいどむ」