76 夏祭り 2 ヨギモギサシモ染めのショール
※注 忘れている方が多そうな設定なのですが、一応主人公は声を低くして、性別がわかりにくい恰好を心がけています。
ミリアさんから渡された袋の中の衣装を広げてみる。
それは刺繍が施された、ふわりとしたスカートで広い袖のワンピースみたいな服だった。腰のところに紐がクロスしていてとても素敵だ。
「あたしの若いころのなんだ。腰を絞めるタイプだし、身長はそんなに変わらないだろう?」
これはミリアさんが取っておいた祭りの衣装一式。ミリアさんが若い時に作ったもので刺しゅうは自分で刺したものだそうだ。
「もう着られないからね」
と、懐かしそうに衣装を見るミリアさん。
「お祭りなんだし、夜祭は誰かわかっても詮索しないことになっているから、丁度いいんじゃないかと思ってさ」
えっと、これはその。話の流れ的にどう考えても私にということで、私が着る前提で話が進んでいるということで。
女だということがバレてるということだよね。声を低くして、ダボっとした体型の出ない服を着ていたのだけれど。
「いつから、というかだましてごめんなさい……」
とりあえず、謝ろう。
そうしたら笑われた。
「だまされてなんかいないよ。言ってないことがあるのは別に悪いことじゃない。わかるよ。異国で一人ならあたしもそうする。でも、祭りくらい良いじゃないか」
続けて、
「ああ、でも多分、あの人は気づいてないと思うよ」
と面白そうに言われた。
うん、なんかドーンさんはそんな気がするね。そしてミリアさんはドーンさんのそんなところが嫌いではない。もっと言えばそこを良いところだと思っているのではないか。
いいのかな。これを受け取ってしまっても。
そして、これを着てお祭りに行っても。
勇気のない私がこれを口実に、きっかけにしてしまっても……
「ありがとう。ミリアさん。お借りします」
そう頭を下げた私に、ミリアさんがひまわりみたいに晴れやかに笑った。
とりあえず、ジルじいさんにはちゃんと打ち明けよう、と思った。
なので、ジルじいさん家にお邪魔している。
そして祭りの話を聞いていたのだけど。
ジルじいさんとばあさんの夏祭りでの劇的ななれそめ話を聞かせていただいた。暴漢に襲われそうになる綺麗な娘さんを颯爽と助けるジルさんの話はちょっとかなり盛っている気がする。
いざ言おうと思うとタイミングがつかめなくて、これはまた次回かなっと思っていた。
そうしたらごそごそとジルさんが棚をあさりだした。
「ああ、そうじゃ、これをやるからもっていけ」
と渡されたのは仮面だった。精巧な飾りのついた顔の上半分を隠す仮面。
「それはわしが作ったやつじゃ。さて、衣装はどうするか。さすがにばあさんのは古すぎるじゃろうし……」
息子ばかりで譲る相手がいなかった衣装が保管されているらしい。
「えっと、ジルじいさん?」
この会話の流れ、なんだか覚えがあるんだけど……
「よう見えるようになったからのう」
とジルじいさんがちょいちょいっと頭に乗せた老眼鏡を指さして笑う。
まあ、そりゃあこっちに来てからミミ達を除けば一番近くで長時間過ごしている気がするし、よく見えてなかった時はともかく、という意味?
というか、老眼鏡がなくても多分かなり最初から気づいていたよね、これは。
ミリアさんといいジルさんといい、気づいていても何も言わずに受け入れてくれていた、ということなのだろう。
とても、負けた、というか、かなわないな、という気持ちになる。
ものはついでだ、ということでジルじいさんには異世界人であることも、ミミやキララのことも打ち明ける。
だって、もう、もし万が一ジルじいさんに裏切られてだまされても、別にいいかなと思うくらいには信頼している。もしそんなことになるとしたら相応の理由があるんだと思うし、仕方ないよ。
「ほう、そうなんか」
と話を聞いたジルじいさんは目をちょっと閉じてから開き、一言で片づけた。飲み込んだ。器がでかい。
せっかくなので衣装も見せてもらった。古いものだけど大切にされていたのだろう。裾や脇が少しだけ黄ばんでいたけれど素敵な服だった。
きっと、この服が良く似合う素敵な人だったのだろう。衣装を見るジルじいさんの目がとても優しい。
一緒にしまわれていたふんわりとした布に目が行く。黄みが強いうっすらとオリーブグリーンががったその色を、とても好きな色だな、と思った。
「これは?」
「ああ、前はもっといい感じの黄色だったんじゃが、少々あせておるな。ヨギモギサシモ染めのショールじゃ」
これで色あせているのだろうか。素敵な色合いなのに。って、ヨギモギサシモ!? 染物もできるんだ。ジルじいさんにすえたお灸の材料を思い出す。
縁がある、気がする。
「ジルじいさん、これ借りてもいいかな」
「これをか?」
「うん、これがいい」
衣装は借りたものがあるのだ、と告げる。
そうしたらジルじいさんが少し嬉しそうに、
「そうか」
と言った。
うん、いろいろそれなりに、頼れるところができているのだ。
「そのショールは錬金術師が染めたやつでの。嫌味な奴じゃが腕は良い」
ほうほうそれは。ばあさんを巡ってなんかあったやつだったり?
面白そうだったのでもうちょっと話を聞いてみた。
いやー、面白いね。ただ、ばあさんと、その錬金術師さんからの話も聞いてみたい感じだ。多分全然違う話が聞けそう。
ちょいとショールの色についての表現を修正しています。