75 夏祭り 1 祭りの花の卸先
この街では初夏に大きな祭りがある。
お祭りの時には広場に柱? タワー?が建てられて、そこに皆が思い思いに花を飾るのだそうだ。
身を飾るのにも花を使うし、花を贈りあうこともある。
夜には広場の中央で火が焚かれ、楽団が奏でる音楽に合わせて皆踊るのだ。
夜の祭りには顔を隠して参加することがルールで、マスクなり仮面なりベールなりが必要とのこと。
なので、服屋さんや花屋さん、道具屋さんはこれをチャンスとありとあらゆる新商品を考える。食べ物屋さんも祭りの屋台を出す。いっぱい出店が並ぶ。
だって売れるからね。お祭りって財布の紐が緩む。稼ぎ時だ。
祭りの屋台で食べるものってどうしてああも魅力的なんだろう。いろいろ食べたなぁ。私が好きだったのは歯車みたいなレンコンみたいな小さいやつを油で揚げたやつだ。サクサクですごく美味しいけどすごく油っこい。
若い、幼いから胃は大丈夫なはずなのにそれでも途中でギブアップするあの油っこさ。きっと油が最高に疲れていたのだろう。大人になると、子どもに屋台のものを食べさせたくない気持ちがわかるようになる。端的に言えば不衛生だよね!
だけど、あの子どものころの屋台のわくわく感は特別で、あの時にしか味わえないものだろう。
あのちょっと焦げた焼きそばのおいしさとか、ベビーカステラを「おまけしといたよ!」と渡された時のうれしさ。
かき氷のブルーハワイで青くなった舌を見せ合って笑うあの笑い声。
あのざわざわとしたざわめきといろんなものの匂い。薄暗い中ですれ違った、いつもと違って見えた先輩。
そんなみんなの楽しい思い出を作るため、祭りの準備に向けて街がそわそわしだしている。今はそんな時期だ。
私もたまたまだけれど、花が好きなので畑の一角に花の種をまいて育てていたのである。
花の種というのは、基本的に安い花の種はほぼ切り花用品種なのだ。
百均で売っている花の種を育てると背が高くなる高くなる。そして風に吹かれて倒れる。
あと、初心者でも育てやすいと言われている、こぼれ種で増える類の花も背が高いものが多い。
私が好きなのは、支柱がなくてもある程度自立してくれる花だ。まあそれでも開花すると花が重くなるので支えがないとつらいものが多いけれど。
帝王貝細工、矢車草、千鳥草、キンギョソウ、百日草、マリーゴールドにフロックス。
そして、ちょっとした好奇心でハムスターの餌のひまわりの種をまいてしまった。
いや、だって、土地はあったし、耕してくれるミミがいたから憧れのひまわり畑をね、作ってみたかったのだ。そしたらけっこうな発芽率でそのまますくすくと育ち、花が咲いた。
なんていうか、これはかなり可愛い良いひまわりだ。ひまわりって元気になるよね。あの黄色い花大好き。
つまり、うちには花が売るほどある!
あ、百均で花の種を買う場合、アスターはちょっと注意だ。あれは種子の寿命が短いんじゃないかと思う。そして一回目は上手に育つけど、育つんだけど連作によわよわなのだ。
基本どんな花でも連作は気を付けた方が良いのだけど私が育てた感じアスターはかなり連作に弱い。
注意書きを読むと5年はさけろと書いてあったりするのだけど、そんなにさけれることある? 花好きは毎年育てたいのだ。
パンジー、ビオラ、マリーゴールドあたりは連作障害がないか出にくい。学校の花壇に植えてあるわけだ。
園芸好きもパン作り好きと同じでいろいろ珍しいものを試す。試してまた一周回って基本に戻ってきちゃうのだ。
ものすごく基本の花がとても好きになる。
いやー、ちょっとこじらせてアルバコエルレアオクラータとかイキシアビリディフローラやエキウムブルーベッダーを育てたりしてたんだけどね……
青い花が好きなので。
このあたり知らない人にはもう呪文だろう。カタカナは苦手なのに花の名前は覚えられる。魔法の呪文が花の名前なら噛まずに言える自信がある。
そういえば、珍しさを追求して唐ごまとダチュラを育てたことがある。
どっちも、その、やばいといえばやばい草花だ。何事も使いよう、なのだけど。
ダチュラは特に、なんというかすごく博識で毒舌な古本屋で宮司で拝み屋が出てくる分厚くて有名なシリーズの第一作を読んだことがある人ならなじみがあると思う。
あの本に出てきたダチュラとは朝鮮朝顔のことで華岡青洲が麻酔薬として使った花のはずなのだ。ちなみに映画版に出てきたというか映っていたのは朝鮮朝顔ではなかった。あれエンジェルストランペットだよ。
昔は同じダチュラ属だったので間違えやすいしややこしい。でも漫画版もエンジェルストランペットだった記憶なので、私の覚え違いなのかもしれない。
ダチュラ、一応薬草カテゴリに入るような気がするのだけど、こっちで育てたらどうなってしまうのだろう?
なんかすごいことになるような気がする。花は綺麗なんだけど。
とりあえず、花だ。お祭りで誰でも飾っていい柱に飾り付ける用のお花も、贈り物用の花束も、髪やポケットにさすお花も需要はあるのだ。
農業ギルドに納品しちゃうのが一番簡単なんだけど、街の花屋に卸すという手もあるだろうし、多分ゴードン道具屋あたりでも置いてくれそうな気はする。
この時期に合わせて、農家は畑の端っこで花を育てることが多いらしい。なのでそのあたりをドーンさんに聞いてみようと思ってニア農園に来ている。
「おう! どうした?」
と聞いてくれるドーンさんに、
「お祭り用の花の卸先を相談したくて」
と答える。
「あー、花ならあいつに聞いてくれ」
と言われた。なるほど、花はミリアさんが担当なのか。
「いや、何か知らんが、何もかも良くできて忙しくてなぁ」
って言っているドーンさん。そうだね。豊作で忙しいの嬉しいけど大変だよね。
少し離れたところにいたミリアさんに手を振って近寄っていく。
私に気づいたミリアさんは作業の手を止めて話を聞いてくれた。
「それなら、うちが卸している花屋に一緒に卸すといいよ」
あっさり問題解決した。今年は花の集まりが少なめらしく花屋さんにもうちょっとないのか聞かれていたらしい。いいタイミングだね。
「それより、ちょっとうちに来てくれるかい?」
そうミリアさんに言われて、どうかしたのかな? と少し疑問に思いつつ返事をしてついていく。
そうして、
「余計なお世話だとは思ったんだけど」
そう言うミリアさんに差し出されたのは、袋に入れられた晴れ着だった。