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74 ルーナの猫の手

 今日はルーナとクラッカーを焼く約束の日だ。


 ルーナがとても楽しみにしてくれているらしいので、こちらもちょっとしたサプライズを用意した。


 マーサさんが手伝ってくれるので失敗する気はしない!


「こんにちは」

 そう挨拶すると、多分物音がするたびに扉の前に来て待っていたのだろう。

「いらっしゃいませ」

 と明るく元気にルーナが迎えてくれた。


 見れば入口のすぐそこに、丸い木の椅子が置いてある。多分これにちょこんと座っていたのだろう。

 今日のルーナは水色のワンピースに白いエプロンでいつもながらすごく可愛い。アリスっぽいね。


 今日のこの後の作業も考えてのエプロンなのだろう。フリルたっぷりじゃないすっきりとしたエプロン姿はそれはそれで良いものだ。

 さらさらの髪も今日は編み込みにされている。あ、これしっぽが三つ編みじゃないや。なんだったっけ、もっと細かいやつだ。マーサさん器用だなぁ。


「サキさん。はやくはやく、こっち」

 手を取って案内される。小さい手の体温が高い。子ども特有の熱量を感じる。思わず笑ってしまった。



 声が聞こえたのだろう。すぐにマーサさんも顔を出した。

「サキさん、いらっしゃい」

「はい。ジュドさんは?」

「少し出ているの。すぐに戻ると言っていたわ」

 おや、お出かけだったか。きっと焼きあがるまでには帰ってくるだろう。


 マーサさんとルーナと台所に向かい今日の計画を確認する。


 今日はルーナにクラッカーを作って焼いてもらうのだ。

 材料の準備はマーサさんと私の二人でするが、作業自体はルーナにおまかせだ。

 失敗してもそれはそれで食べればよい。たいていの物は焼けば食える!


 私がやったことがある失敗は超古典的な砂糖と塩を間違えるやつだったので焼いてもちょっと完食は厳しかったけれど。

 いつまでもいつまでもそれをネタに笑っていた父を今でもちょっと恨んでいる。そのネタを持ち出されると、家族旅行で「任せておけ!」と言ったのにホテルにたどり着けずワンメーターもない距離をタクシーに頼った話で反撃していた。方向音痴って遺伝するんだよね。

 私は一度店に入ると、どっちから来たのかわからなくなるタイプだ。


 大きなお屋敷には住めないと思う。増改築を繰り返した感じの旅館も苦手だ。


 今日のクラッカーの材料、サプライズのためにいつもの黒ゴマではなく白ごまにした。黒ゴマも少しだけ準備してある。


 まず手を綺麗にして、それから、ボウルに粉類を入れてルーナに混ぜてもらおう。

「手をこういう形にして混ぜて」

 と言うと、

「こう?」

 と言って両手を猫の手にするルーナが可愛すぎる。片手でいいのに。両手でそのポーズは可愛いが過ぎる。

 そのまま「みゃー」って言ってほしい。


「うん、その手のまま粉を混ぜて」

 私とマーサさんが見守る中ルーナが粉を混ぜてゆく。

 すごく真剣に混ぜていくのが可愛い。

 油を入れてほろほろにして水を入れてまとめる。その工程を1つずつ丁寧にルーナはこなしていく。

 そして、麺棒で生地を薄く広げるところまで終わった。


 そこで私が取り出したのはクッキーの抜き型だ。百均で買ったことがある金属製のリスとハリネズミとウサギの型だ。丸の型も合わせれば4つの型で100円商品というのは安すぎではなかろうか。

 さあ、驚くがよい。こっちにハリネズミがいるのかは知らないが、小動物の形が可愛いのは多分世界が違っても共通だと思う。


「うさぎさんだ」

 型を見たルーナの目が輝く。良かった。受け入れられたようだ。ツノウサギではない普通のうさぎは食肉用として飼われているっぽいので見たことがあるのだろう。まあ、肉屋に行くとあられもないお姿になっていらっしゃるが。


 いつもはクラッカー生地にスジをつけるだけだ。それはそれで簡単で良いのだけれど、今日は遊び心も大事にしたい。


 生地の半分はそのままスジをつけて、半分で型抜きをしよう。


 ルーナがえいや! っと押した型は綺麗に生地をくり抜いてくれた。

 100均のお安い型なのだけどなかなか抜きやすい良い型なのだ。


「これはとっても可愛いわね」

 とマーサさんも驚いてくれている。


「できた」

 と笑うルーナに、

「目もつけてみよう」

 と黒ごまを渡す。


 ううむ。黒ごまの目も可愛いけど、シンプルに爪楊枝で穴を開ける方が簡単だったかな。置く位置が難しかったのか目線がジトッとしたうさぎさんになった。

「かわいい!」

 まあ、ルーナが気に入ったのなら良かった。


 抜いた生地の残りはそのまま、適当にスジをつけて焼こう。

 これ以上生地を触るのは良くないから。形なんて口に入ればどうでも良いことだ。

 でも少し手を掛けて型抜きしたり模様を描いたお菓子って愛おしい。

 どうでも良いと思う自分も、ちょっとデコりたい自分もどっちもいる。


 ミトンをつけた手でマーサさんがオーブンに天板を入れて焼いてくれる。弱火でじっくりでお願いした。


 ジュドさんの家には魔道具のオーブンがあるのだ。便利だよなぁ。


 焼いている間に使った道具を洗おう。


 作業台の前から、洗い場の前に踏み台を移動する。


 ルーナに手順を教えながら道具を洗う。洗うと言ってもボウルと型と材料を入れていた容器、麺棒くらいだからすぐに終わる。洗ったら拭いてお片付け完了。


「上手に綺麗にできたね」

 と褒めると、ルーナはにっこり誇らしげに笑ってくれた。



 しばらくすると香ばしい良い匂いがただよい始めた。

 ルーナは踏み台に上ってオーブンをのぞき込もうとするが中は見えない。

 見えないけど見たい気持ちはわかる。


「多分、これくらいね」

 見えないのに中の様子がわかるのか、マーサさんが取り出した天板には本当に良い感じにクラッカーが焼けていた。完璧だ。


 大きさも形も違うのに、どうしてこんなに綺麗に焼けているのか。オーブンに入れる直前にちょいちょいと触っていたの、もしかして位置を微調整してオーブンの焼きムラや癖に合わせていたのだろうか。


 天板に載せたまま冷めるのを待つ間に、お茶の支度をする。


 クラッカーがちょうどよい感じに冷めて食べごろになった時に、ジュドさんが帰ってきた。



 さあ、お茶会だ。


 サックサクに焼けたクラッカー。まずは型抜きをした残りの端っこから味見に食べる。


 サクッと口の中でほどけるほど良い焼き上がり。粉の旨味とゴマの香ばしさ。砂糖の優しい甘みが口内に広がる。


 うん、上手に作れている。


「ルーナ、すごく美味しい。ありがとう」

 そう告げると、真剣に自分が作ったクラッカーを味わっていたルーナが、

「美味しいね」

 と笑顔で返してくれる。


「ほんと美味しい。こんなに美味しいの食べたことないわ」

 とほほ笑むマーサさんがいれてくれた紅茶もとても美味しい。

 すっごく高い茶葉を使っているわけではなさそうなのに、何このうまさ。 


「うまい」

 と言ったジュドさんの手がかなりの速度でクラッカーを口に運んでいる。顔がゆるんでいる。そりゃあ美味しいだろうね。ルーナが作ってくれたという付加価値はとんでもない。


 初めて作ったクラッカーがこんなに美味しいなんて、ルーナは天才ではなかろうか?


 すごく可愛く焼きあがった小動物の形のクラッカー。ルーナは可愛すぎるので今日は食べないそうだ。

「明日、食べるの」

 というので、そっちは残しておく。今日は型抜きしてない方を食べよう。

 そうか、可愛すぎると食べにくい問題があったのか。抜き型はお花とかの方が良かったかなぁ。



 クラッカーを食べながら、もしかしてと思って聞いてみると、やはり森の奥でレッサードラゴンを倒したのはジュドさんだそうだ。


 すごいよね。ドラゴンスレイヤー様だ。


「マッドベアといい、どうも魔物の出方が最近おかしい」

 そう、ジュドさんが言う。

 そんなに森の奥に行くことはないと思うけれど、気をつけようと思う。


 マーサさんからは、

「もうすぐ夏祭りね」

 という話題が出た。本格的な暑さを迎える前に行われる、魔を追い払い豊作を願う祭りだそうだ。夏祭り効果で魔物が落ち着いてくれたらいいのにね。


「ルーナちゃん、今年は参加できるわね」

「うん! お花をかざるの」


 楽しそうな話だ。お祭りって良いよね。

 どんなお祭りなのか聞かせてもらっていい感じにお茶会は終わった。


 話を聞いただけで、私もお祭りが楽しみだ。

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― 新着の感想 ―
Gダンジョン化しかかった場所の事は話題にしなくてよいのかな…。 まあ、ギルドに報告すれば……すれば、するのか?!
↓ルーナもジュドさんも猫獣人ならネコさんは確実に可愛いと感じるかもしれませんね 猫の擬人化で有名なキャラで型抜きに使われるくらいだと、キテ△ちゃんとかですかね?著作権的にちょっと危険な香りがしますが …
某リラックスみたいなデフォルメされた物が市中に出回ってるならワンチャン有りだけど、一般人が遭遇したら死を覚悟しなければならないような存在を幼女が目にする事ってあるんかな?と もし有ったとしても、それは…
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