73 マチルダさんへの貢物 4 へーそうなんだー
今回で虫回は終了です。
今回もお食事タイミングにはお気をつけください。
「いただいたクラッカー、とても美味しかったです。みんなにも取られてあっという間になくなってしまいました」
クスリと笑って言うマチルダさんの顔色が、朝とは違い随分良くなっている。
「それは良かった」
「本当に美味しくて元気が出ましたわ。栄養剤よりも」
いたずらっぽく褒めてくれるマチルダさん。
本当に、血の気が戻ってきていて笑顔がいつも通り美しい。なんだかこちらも元気になれる素敵な笑顔だ。やはりマチルダさんはこうでなくては。
良ければまた差し入れしよう。今度はレーズンサンドクッキーなどいかがかな。卵使うけど、少量だしなんとかなるだろう。でも気に入ってくれた黒ごまたっぷりのクラッカーをまた作る方が良いかな。
差し入れやお土産系って、奇をてらいたくなったり新作を買って持っていきたい気持ちになる。けれど、定番のいつもあれ、ってのがやっぱり良かったりもする。
何度もらっても嬉しい定番のやつ、あるよね。福岡のストリートとか、宮城県のムーンとか、三重県のレッドとか定番だけどもらうとすっごくうれしい!
あと、京都はね、ブリッジもいいんだけど偉いお坊さんの名前のついたお餅がおすすめだ。
あれから、結局結果は見届けずにそのまま帰ってきてしまった。
いやだって、多分すごいことになっているよね。阿鼻叫喚だよね……
マチルダさんに持ち帰った討伐部位の触角を確認してもらい、受け取った報酬を確認する。
討伐部位を取るのも面倒だったので、かなりしょっぱい報酬だ。でも、あの触角を全部回収して持って帰る気力はなかったので仕方ない。
「アマーメ討伐、ありがとうございます」
と言って軽く頭を下げるマチルダさんの声にいつもより感情がのっている。
ほんっとこの問題で苦労しているのだろう。あと多分討伐部位の確認だけでも人によっては精神にくるよね……
マチルダさん、多分だけどアマーメは減ると思うからできるだけちゃんと寝てほしい。
翌日、燻煙殺虫剤バルフォーの残骸を回収しに森に行った。
さすがにそのままにしておくわけにもいかないだろう。不法投棄になっちゃうからね。
キララが張った結界も時間経過で解けているはずだ。
今回もキララについてきてもらって、ミミは念のためお留守番だ。
「どうしてついていっちゃダメなの?」
って言っていた。けれど、ほら、良く聞くから。
ワンプッシュで蚊が出なくなったりGが出なくなるスプレーを隣の部屋でプシュッとしたら、グッピーがぷかっと浮いていたお話とか。あとカナヘビとかヒョウモントカゲモドキが悲しいことになる話を。自分だけが気を付けていてもなかなか防ぎようがない悲しい話だ。
だから今回は念のため、お留守番をお願いした。多分キララの結界でなんとかなる、とは思ったんだけどね。
森の中は明らかにG密度が減っている。というかほとんど見かけない。
さくさくっと穴にたどり着いてキララに聞くと、
「うむ。ダンジョン化解消じゃ!」
というのでこれで問題なくなったのだと思う。良かった。
穴の中がどうなっていたのかについては、語りたくない、忘れたい記憶だ。
いや、なんていうか、その。
あれの触角を全部集めるとか無理だ。苦行すぎる……
「キララ、えっとその、卵が残っていてまた増える可能性は?」
ホウ酸団子置いておいた方が良い?
「アマーメは分裂、というか親そっくりな子を産んで増えるのじゃ」
「そうなの!?」
びっくりだ。え、Gだと思っていたけど植物の柔らかいところに付くアブラムシみたいな感じなの?
アブラムシ、単為生殖で、産まれた時にはもう体内に子どもを身ごもっている不思議生態だ。一匹が一か月で一万匹になったりする。もっと増える時もあるとか。怖い。園芸をやっていると戦いは避けられない難敵だ。
まあアブラムシってGの別名でもあるよね。
やばい穴はキララに頼んで蔓で厳重に隠してもらった。
こんな穴はなかった!
私は何も見ていない!
そういうことにしよう。
それが良いと思う。うん。
その後、森の奥でレッサードラゴンが出たとか。何故かすごく弱っていて動きが鈍かったとか。そいつをたまたま別の依頼で森の奥にいた猫獣人冒険者が倒したらしいという噂を聞いた。
森の奥はかなりな魔境だそうだ。
それでもレッサーとはいえドラゴンが出たということで大騒ぎだったそうだ。
なぜか同時期にアマーメの異常発生もなくなったそうで、学者たちはレッサードラゴンとアマーメの生態に何か関連があるのではないかという説を検証するのに忙しいらしい。
へーそうなんだー
あの穴、どこか別の洞窟につながっていたりしたのだろうか。
いやーミミを連れて行かなくて本当に良かった!
殺虫剤って虫だけじゃなくて、魚類とか爬虫類にもとても危険だよね……
いつものように依頼を探しに来て、また貢物をマチルダさんに差し出す。
何回か焼いて、こちらの粉の扱いにも結構慣れてきた。
いつもの黒ごまクラッカーとレーズンサンドクッキーが入った容器を見たマチルダさんの目が輝く。
無駄遣いだとは思ったのだけど、どうしてもデコりたくてハンコを買ってしまった。そのはんこでタグを装飾している。それでもリボンや毛糸を買うのは我慢したのだ。
寝不足は解消されたのだろう。すごく元気そうに見える。良かった。
「もしよろしければ、どちらで買われているのおうかがいしても?」
いつももらってばかりだと悪いので自分で買いたいというマチルダさんにちょっと困る。
今さら自作ですとは言いづらい。
「知り合いのパン屋で数量限定で焼かれているもので、一見では難しいかと……」
「そうなんですね。すごく美味しくて。いただくようになってから何故か調子も良くて……」
残念そうにマチルダさんが言う。
申し訳ないのでお金を出すと言い出しそうなマチルダさんに、手に入れることができた時だけ持ってくるのであまり気にしないでほしいと伝える。
もしかして、マチルダさんの不調って寝不足だけじゃなかった?
貧血、だったのだろうか。
黒ごまもレーズンも貧血に良いよね。
まあなんにせよ不調が治ったのなら良かった!
黒ごまクラッカーはルーナにも大好評だった。
今度、一緒に焼く約束をしている。
楽しみだ。