70 マチルダさんへの貢物 1 クラッカーを焼こう
パン窯余熱が使えるようになったので、前々からやりたいと思っていたことをやろうと思う。
そう、マチルダさんに貢物がしたいのだ。お世話になっているから。
でも負担をかけたり、気を使わせたいわけではない。できればこう、休憩の時とかにちょっとつまめるものを差し入れしたい。
千円リピートで出したものは、あまりに形がそろいすぎているので貢物にするのはためらう。
なので自作の焼き菓子を作りたい。
よく知らない人からの差し入れはちょっと怖いものだけれど、怖がられたり不審に思われないくらいの親密度は築けている、はずだ。
こっちで手に入る、手に入れやすい材料で、私が覚えているレシピで作って問題なさそうなもの。クラッカーくらいかな。
なのでクラッカーを焼こう。
思うのだけど、鶏卵とバターと砂糖をふんだんに使うお菓子ってけっこうかなりハードルが高くないだろうか。
パウンドケーキ、基本の分量はこれ以上なく覚えやすいけれど、材料、けっこうリッチだと思う。
スコーンも美味しいし大好きなのだ。けど、もそもそするから、ちょっとつまむには向いてない。飲み物と心の余裕が必要。
私が日頃適当に焼いていたのは卵もバターも使わないクラッカーだ。
材料は、小麦粉、ごま、砂糖、塩、油、水
ごはんのように日常的に、毎日気取らずに作って食べるクッキーやビスケットが得意な人のレシピをネットで見つけて自分なりにアレンジしつつ何回も焼いている。
興味があるなら「黒ごまスティック」で検索してみたら、詳しいレシピが出てくるはずだ。多分私の話くらい長いレシピが。
まあ、クラッカーってほんとうの最低限だと、小麦粉と塩と油でできる。ものすごくシンプルだけどそれはそれで良いものである。
口寂しい時に良いし、ちょっと塩多めで作るとつまみにも良い。あおさを入れたりしたらとてもうまい。あ、最低限じゃなくなった。
あおさと青のりって違うんだってね。別種だし、あおさの方が香りが少なめなのでお安いらしい。
ただ、これについては異議を唱えたい。うちではあおさといえばあおさのりなのである。
親戚が送ってくれるあおさのりめっちゃうまい。
多分一般的なあおさとは別物なんじゃないかと思う。よく知らないけど!
まあ、多分異世界に、海藻文化があるかどうかあやしいのであおさは自重しよう。
「こんにちは」
「あら、サキさんいらっしゃい。どうぞどうぞ。今日は何を持ってきたの?」
アンさんが言う。
今日は芋じゃないのだ。ジャガイモをほっくほくになるまでじっくり焼いて最後にチーズもとろけて焦げるまで焼いたやつ、美味かったなぁ。
ジルじいさんから聞き取った「多分ばあさんのポトフこんな感じ」も美味しかった! ちょっと食べてるジルさんの目に光るものがあった気がするけど私は何も見ていない。いやーパン窯の余熱でじっくり火を通した野菜があんなに甘いとは。
「クラッカーを焼きたいので、窯だけじゃなくて作業台と道具もちょっとお借りしたくて。あ、あと天板も一枚」
混ぜるのはボウルだけあったらあとはどうとでもなるんだけど。できたらスケッパー? パン生地を切り分けるやつ貸してほしい。
「いいわよ。こっちが空いているから使ってくださいな」
「そこら辺の道具は使ってもらって大丈夫だ」
「ありがとう」
麺棒も貸してもらおう。
パンが売り切れてしまって、少し早いけれど次の日の仕込みをやっているラリーさんとアンさんのお店の片隅を借りて、クラッカーの生地を作る。
厳密にg単位でやって、スプーンとかに残る油もこそげとって作るのが正式だけれど、私はそこまでこだわりがない。
ちゃんとした方がそりゃあ美味しいのだけれど、適当に作っても美味しい懐が深いレシピなので……
ゴマ多めが好きでお砂糖はちょっと控えめが好き。
あ、でも千円リピートで出せば厳密に作れるのか。
今回は、こっちの全粒粉とお砂糖を使うけどね。ごまと油は千円リピートでこっそり出してしまおうか。計量楽だから!
ラリーさんもアンさんも忙しそうだからこっち見てないし。
ボウルに粉類を入れて猫の手で混ぜて、油を入れてほろほろになるまですりまぜる。そこに水を加えてまとめたらもう生地はできあがり。
麺棒で広げた生地にスケッパーで適当にすじをつけていく。スティック状も美味しいのだけれど、つまみやすい小さい形にするのも良いし、たまに三角形にもする。その時の気分だ!
今回は、小さめの四角にしよう。
パン窯に入れてもらって焼けるのを待つ。
うっすらと茶色っぽくなってきたら完成だ。
天板に載せたまま冷えるのを待つ。
待ってる間にもう一回作って焼こうかな。
うちの子たちにも食べてほしいし。
「サクサクでゴマが香ばしくて、えっ、ほんとおいしい……」
せっかくなので味見してもらった。アンさんから高評価をいただいている。
よかった。女性受けは大丈夫そう。
「粉の旨味が味わえるな」
ラリーさんが一つ食べてから、食い入るようにクラッカーを見ているけど、そんなに見てもべつに隠し味とか入れてないから。
「簡単なんで、パン窯余熱を利用して作って商品に、しなくても良さそうですね……」
主商品のパンが売り切れているわけなので、これ以上商品を作る手間暇はかけていられないだろう。
そういえば、この余熱、ラスクを作るのにも向いていそうなのだけど、売れ残りのパンがないからね。
焼けたクラッカーから形の良いものを選ぶ。形の悪い端っこのもの、焼けすぎているものはうち用によける。
良い感じに焼けた形の良いやつを陶器の可愛い容器に入れて上に蝋引き布の蓋をして周りを麻紐で縛る。
こういうの、ちょっとしたカードを添えたくなるよね。
クラフト紙を切ってタグみたいな形にしてこちらの文字で「いつもありがとう」と書いて麻紐のところに通してみた。
ハンコを押したいなぁ。最近の100均ってかわいいハンコが多くて使うあてもなく収集してしまっていた。あれでデコりたい!
せめて、小花を端っこに描いておこう。
うむ。こういうのでいいのかな? いいんだよ! という簡易ラッピングである。
マチルダさん、喜んでくれるかな。少なくとも受け取ってはくれる、と思うのだけど。