68 新作パンを考えよう 5 余熱でじっくりコトコト煮込まれたとろけるような絶品カレー
こうしてカレーパンは満場一致で新作パンにふさわしい! となった。
なったのだが、問題がある。
それはやはり、原材料費と手間暇の問題だ。
今回のカレーパンに使った香辛料はマーサさんが持ってきてくれた。聞いてみると、主に使ったのは、クミン、ターメリック、コリアンダー、レッドペッパーとのこと。
この順番で入手難易度というかお値段が高いそうだ。
というか、これらの香辛料基本、薬草というか、薬効のあるものらしく、
「ルーナちゃんのために買ったものがここで役立つなんて、なんだか面白いわね」
ってマーサさんが笑う。
「カレーパン、美味しかった!」
ルーナも笑う。本当においしかったことがわかる笑顔だ。マーサさんの目尻のシワが本当に優しく深くなる。
この人はこうやって、手を尽くして、自分のできる限りでルーナを守ってきたのだろう。
細かったルーナの手足が少しずつぷくよかになってきているのを誰よりも喜んでいるのではなかろうか。
「本当にカレーパンは美味しいな」
まだ少し食べ足りなそうなジュドさんも笑ってルーナを見ている。あ、一番はジュドさんかな。いや順番とか関係ないよね。私だって喜んでいる。
とりあえず、問題になるのはクミンだ。これだけちょっとお高い。他のは結構安いし入手しやすいので市場で購入。クミンは錬金ギルドで買ったのだそうだ。
錬金ギルド、クミンなんて売ってたんだ。
クミンがあの匂いの素らしい。それは絶対に必要なスパイスだ。
なんとかしよう。植物関係であればきっとなんとかなる。
もう一つの問題が手間暇だ。手間暇や原価を考えるとやっぱり揚げカレーパンは厳しい。焼きカレーパンになる。その上で、中の具材作りの手間暇をどうするか、が課題。
これはなんていうか。時短で作ろうと思うとみじん切りが必要だ。
みじん切り、面倒! 私が嫌いなもののひとつだ。みじん切り、ほんと面倒……
時間けっこうかかる。アンさんは得意だと言っていたけど、それも量によるだろう。
ブンブンするやつを出すべきか、でもあれも大量だとつらいし、地味に洗うの怖い。刃が鋭いから。
かといって野菜を大きく切るなら煮込み時間が必要だ。
カレーは本来じっくり煮込んだ方が美味いのだ。
二日目のカレー美味しいよね。
でも私はずっと二日目のカレーは好きなんだけど、大好きなんだけど、美味しいんだけど食べるとちょっとその、お腹の調子がね……
って思っていた。
昔はカレーって常温で一晩置いていたんだよね。今はいろいろと情報を得たので粗熱を取ってから冷蔵庫保存するようになった。そしたらお腹痛くならない!
ウィッシュ! みたいな名前の菌、ほんとに影響してるんだなって思った。
菌は怖いけれど、煮込みに煮こんだカレーの美味さはすごい。大好き。あれを具にできたらいいのに。
そう思っていたら、
「そちらの石窯、使えないのかしら?」
とマーサさんが言う。
んん?
と思って聞いてみると、今のようにパン焼きが誰でもできるようになる前は、大きな公営のパン屋さんがあって、その窯の余熱を近所の人が利用していたらしい。
今でも小さな村だと行われている方法で、各家庭から鍋に具材を入れたものをパン屋に渡して、火を落とした窯の中に入れてもらい、余熱でじっくりことこと煮込まれた鍋を半日後くらいに取りに行くのだそうだ。
「ばぁさんも良く持ってっとったの。ポトフが美味いんじゃ……。固まり肉にハーブをすりこんだやつも旨かった……」
ジルじいさんが懐かしそうに言う。
なにそのめっちゃおいしそうな風習。
「確かに、石窯の余熱はずっと、一晩経ってもまだまだ熱い」
「芋焼いたりしてるものね」
とラリーさんとアンさんが言う。
ということは?
「前の日に材料を入れた鍋を仕込んでおけば、次の日の朝にはじっくり煮込まれた具ができるんじゃないかしら? 何もかも柔らかくなるから、適度につぶせば固さも調整しやすいと思うわ」
レシピ、考えてみるわね。
と、にこにこ笑うマーサさんが頼もしすぎる。
分量をレシピ通り鍋に入れて、窯に入れておけば出来上がるのであれば手間は最小限にできる。
あと、アンさん、芋を焼いているとかうらやましい話がさらっと出てきたけど、私も芋持ってきたら焼いてもらえるかな?
「もちろん。いつでも持ってきて。他のもなんでも」
って言ってくれたので、お鍋ごと預けるやつやってみたい。
こうして第一回新作パン研究会は終了した。
実り多い会だった。
後日、香辛料入手問題はけっこうあっさり解決した。
「クミン? あるよ」
ってカエンさんがあっさりと種を提供してくれたのだ。っていうかクミンってクミンシードだから種がそのままスパイスである。
結構な量、提供可能だそうだ。試作カレーパンを持って相談に行ったからか、お代はカレーパン払いでいい、とか冗談を言ってた。冗談、だよね?
なんだか石窯の余熱でじっくり煮込まれたマーサスペシャルはもっと進化してしまったのだ。たまらなく旨い。
カエンさんに聞いたら、クミンはうちの畑でも十分育てられるらしい。よし、育てよう。他のも育てられるね。うん。
ついでに錬金ギルドにも値段を確認しに行ったら、にこにこ笑う副ギルド長のハーカセさんに、
「どれくらい入り用ですか? すぐ用意しますよ?」
って言われた。
こないだ、ものすごく緊急で必要だと言っていたので少量だけど渡してしまったヨモギもどきの件で、完全にロックオンされている気がする……
いや、だって、すごく困ってるって言っていたから。
ちゃんと、私からじゃなくてカエンさんから納品されたはず、なんだけどハーカセさんは何か確信があるがごとく私に礼を言ってきたのだ。
当然、「なんのことですか?」って言った。言ったんだけど……
それから扱いがおかしいんだよね。
「いえ、ちょっと見に来ただけなので……」
って逃げ帰ってきてしまった。ハーカセさんちょっとこわい……
それからしばらくして新発売となったカレーパンはものすごい大人気で並ばないと買えないらしい。
ついでに他のパンも売れに売れているそうで、ラリーさんもアンさんも大忙しだそうだ。
ドライイースト生地のパンも甘い豆パンも売れているらしいけれど、カレーパンの陰に隠れてしまっている。
甘い豆パンを「アンパン」っていうの、看板娘なアンさんにちなんでいて良いと思うのだけどなぜか却下されてしまった。恥ずかしいのだそうだ。なので名前はそのまま「甘い豆パン」である。
あまりの大人気で、ジルじいさんは、
「遅く行くと焼きこみパンすら残っとらん」
と言っているが、アンさんはちゃんとジルじいさんの分は適当によけておいてくれてあるらしい。
「選ぶ楽しみがないんじゃ!」
と言っていたけど、どうせジルじいさん「いつもの」の人だろうに……
ちなみにうちの子達に食べさせたところ、
「辛いのじゃ……」
とパンの生地が多い周りだけをキララはちまちま食べていた。ルーナより辛さに弱そうだ。
甘い豆パンは気に入ってくれた。
「もっと辛いのが食べたい!」
と、自分の分とキララの食べ残しをペロリと食べたのがミミ。カレーがすごく気に入ったみたいだ。
今度、マーサさんに、私が作りやすいレシピを考えてもらおうか。辛さを調整できるやつ。
余熱石窯使用許可を得ているから、いろいろできるね。楽しみだ。