66 新作パンを考えよう 3 どれがどのパンの誰の意見かわかりにくいよ!
そんなこんなで、新作パン候補が焼きあがった。
パンが焼きあがっているだろう時間に合わせて、審査員を呼んである。
あまり早くから来てもらってもやることないからね。
ラリーさんに相談したら二つ返事で許可が出た。
なんかもう自分たちだけで食べていてもよくわからなくなっているそうだ。
だから助かる、と。
「おまねき、ありがとうございます」
きちんと挨拶できる笑顔のルーナが可愛い。今日は黄色いワンピースでモンキチョウの妖精のようだ。魔力が安定したルーナはもうなんでも食べられるようになっている。だから、お願いしてみた。
「い、いらっしゃいませ」
ラリーさんはルーナの可愛さにどう取り扱っていいかわからないのかちょっと笑顔がこわばっている。多分体格が良いので子どもに怖がられた経験があるのではなかろうか。
アンさんはもう全力の笑顔だ。
付き添いで来たジュドさんは、ルーナの挨拶にあわせて頭を下げ、自己紹介を二人分して、
「楽しみだ」
と笑っている。美味しいもの、好きだよね。
「焼きこみパンの新作なんじゃろ?」
と焼きこみパン特別審査員のジルじいさんもやる気である。
とりあえず、子ども、よく食べる冒険者男性、老人の意見が聞けるのは良いことだろう。
女性の意見はマーサさんとアンさんに聞けるし。
まずは、ドライイーストを使ったプレーンパンと、レーズンパン、カレンツパン、クルミパン、全部混ぜたやつ。
これだけで5種類である。一口サイズに切り分けて試食だ。
これらは焼き立てではなく冷めてしまっているが、販売するのだから冷めた時の美味しさも大切だろう。
実際、焼き立てパンの魅力はすさまじいけれど、パンの水分量が落ち着いた頃が一番おいしかったりするし。でも焼き立てはやっぱり良いよね。
「まだあるので、食べすぎ厳禁! ペース配分を考えること」
と告げる。
あるよね、コース料理的なやつで最初に出てきたパンが美味しくて食べすぎて後半つらくなるやつ。最初ってお腹が減っているし、次の料理が出てくるまでの時間があると食べちゃう。食べ放題とかおかわり自由ってなってるのもたちが悪い。食べちゃう。
簡単なチェックシートを用意して、意見を書き留める準備もした。
商品として売るのなら、目新しさや美味しさも大事だけれど、持続的な販売が可能か、という視点も必要だろう。新商品開発って難しいね。
「ふわっふわでおいしいのー」
「甘くてうまい」
「やわかくて食べやすくてうまい。ただちょっとすっぱいのう。歯に挟まる」
「このパン生地美味しいわ。ナッツのカリッとした食感が良いわね。香ばしくて美味しい。でもちょっと渋みみたいなのがあるのかしら」
「酵母が違うとこんなに違うのね。きめ細やかで食感も楽しくてすっごく美味しいけれど、全部入れるとなると値段がねぇ」
ちょっと待って、どれがどのパンの誰の意見かわかりにくいよ!!
混乱しながら出てくる感想をまとめてみるけど、私、書くのが遅いのだ。
日本語で書いていいかな?
駄目だよね……
後からラリーさんに見せたいからなぁと困っているとジュドさんが記録係を代わってくれた。優しい。素敵。そして字が綺麗だ。
いいなぁ。字が綺麗な人。指が長くて整っている。手、大きい。
「この秘伝の酵母はすごい。パン生地が全然違う。もうこれだけで目玉になりそうだ。発酵が早いし勢いが強い。扱い方に慣れるまで大変だが、いろいろできそうだ」
ラリーさんがドライイースト生地に魅了されている。
うん、目新しさはあるよね。強制的にふんわりきめ細やかになる傾向があるので、ジルじいさんが言っていたみたいに食べやすいのがポイントだろう。
ルーナも気に入っていたみたいなので、子どもや老人受けが良いのではないか。
レーズンパン、好き嫌いが分かれるのは、あの甘酸っぱさをどう受け止めるかと、歯にねちゃっとくっつくところだよね。
クルミパンも好き嫌いが分かれるところがある。好きな人は大好きなんだけど、食べない人はまったく食べない。
原価率を考えると全部入れは確かにきついと思う。月一決まった日にだけ焼く特別なパン、みたいな位置づけならいけるのかなぁ。
「続いて、甘い豆のパン!」
私が推しているあんぱんをじゃじゃーんと出す。いやだって、あんぱん美味しいから!
こちらはいつものラリーさんのパン生地そのままのやつと、湯種を加えたやつの二種類の生地でお送りしております。
見た目でわかるように、黒ごまと白ごまをトッピングしてある。
「サキさん、これも美味しい!」
「こころもち、もちっとしてるな。甘くてうまい」
「おー、いつもの味じゃ。うまい。豆が甘いのはへんな気分じゃが悪くない」
「生地のうま味が強い気がするわ。甘いお豆さんとよく合うわね。私は好きだわ」
「いつもの生地でも中に入れるものでけっこう変わるのねぇ。煮るのも簡単そうだったしこれは良いかも」
お、思っていたより好評っぽい?
多分、赤レンズ豆を使ったので見た目が黒くなかったのも勝因ではなかろうか。黒いと、初見の人は戸惑うよね。
私も食べてみたのだけど、レンズ豆のあんぱんかなりいける。栗風味のあんことパン生地がよく合うのだ。私はこのレンズ豆のあんだと、ラリーさんの天然酵母生地単独の方が好きかな。湯種入りの方も、もちろん美味しいのだけど。これは好みの問題だなぁ。
「湯種、というやつを入れると生地の水分量が上がるのか? これも扱いが難しいが、確実に味が良くなったように思う。ずっとパンを作ってきたが、いろんな手法があるんだな。これだから面白い!」
ラリーさんの言葉に、うんうんとうなずく。
試行錯誤するの、楽しいよね。
いつものパン、はもちろん美味しいのだけれど、配合や手法を変えてどんどんいろいろ焼いていくの、とても楽しい。
パン作りにはまると、焼いて焼いてめちゃくちゃ焼いてしまって食べるのが間に合わなくなったりする。一時期冷凍庫がパンでパンパンだった。いや、しゃれじゃなくて本当に。
「そしてこれが、本日のメイン。カレーパン!」
あれ? カレーパンって名前でいいんだっけか?
「スパイス風味の具材入れ込みパン」だと長すぎるからまあいっか。
「『カレーパン』というのは故郷での呼び名なので何か他に良い名前があれば……」
と申しそえておく。
「あの秘伝の酵母を作り出したお国での呼び名なのだろう? それで良い。それが良いな」
とラリーさんに言われてしまった。
こちらもいつものラリーさんのパン生地そのままのやつと、湯種を加えたやつの二種類の生地で作ってある。
しかも、少しだけど焼きカレーパンだけじゃなくて、油で揚げたカレーパンも作ってみた。
油で揚げるのは原価の問題と手間暇を考えると難しいだろうけど、私が食べたかったので作った!
今までの焼きこみパンは軽く炒めた具材を乗っけていたようなので、カレーパン自体、手間暇と原価を考えるときついだろうと思う。
思うけど美味しいよねカレーパン。
さあ、試食しよう。