65 新作パンを考えよう 2 秘伝の酵母の勢いがすごい
やってきた新作パン研究会の日。
ラリーさんのお店でいろいろ試すということで、朝からお邪魔している。
この新作パン研究会にあたり、私はジュドさん家の家政婦で料理がプロ級に上手いマーサさんにも助けを求めた。
だって、以前カレーっぽい味付けしてたから!
マーサさんならカレーパンの中身を作れるはずだ。
絶大なる信頼を私はマーサさんに寄せている。
マーサさんは、
「あらまぁ、私でお役に立てるかしら?」
って言いつつ、目をキラリとさせていた。
とりあえず、千円リピートで買ったドライイーストで作った中種と、ついでなので湯種製法も試してみたらどうかなと捏ねて寝かせておいた湯種も持参。
嫌がられるかもしれないがあんこっぽいものも作ろうと思うのだ。
とりあえず、ここでも手に入りやすいレンズ豆を買ってきた。
レンズ豆、甘く煮るとちょっと栗っぽい独特の風味があって美味いから。
レーズンパンが好きなのでレーズンも準備した。まあ、レーズンの効果は無視してもいいんじゃないかな。試食するだけだし!
こっちのレーズンは種ありが多かったのだ。種がないのもあるけど流通量が少なめでちょっと値段が上がる。種ありだと食べるとじゃりじゃりしちゃう。種をよければいいんだけど、もやしのひげ根取りくらい面倒で果てしない作業だ。
けど、種なしのレーズンとして、カレンツを見つけてしまったので買った。大好きなので。ちょっとすっぱいし小さいからって普通の種なしレーズンよりお安くなっていた。
この酸味が美味しいのに。
私が取り出した中種を、ラリーさんがしげしげと見ている。
「うちの故郷の秘伝の酵母で、起こし方は秘密なんだけれど、現物を渡す分には多分大丈夫なので……」
ちょっと苦しい言い訳をする。
だってドライイーストをそのまま渡すわけにはいかないから。ドライイーストで全粒粉をこねて寝かして元気な状態のパンの素、中種状態でのお渡しだ。
まあ、元の世界にだって特定の地方でしか採れない子牛の腸から採取した特別な酵母菌で作るパンがあった。だからありえない設定ではないだろう。
「これが秘伝の酵母」
掲げて祈りをささげそうな勢いのラリーさんに注意事項を告げる。
「多分ラリーさんの使っている天然酵母よりもやんちゃというか元気なので、発酵時間は少な目で」
まあ、多分、決まった時間で管理するんじゃなくて、経験と見た目とかで判断しているだろうから、大丈夫だろう。
「あと、こっちが湯種。熱湯でこねて一晩寝かしただけなんだけど、これを使うともっちり、なるはず」
多分、きっと。
「わかった。これを使って生地を作ればいいんだな」
ラリーさんがいつも使っている天然酵母をそのまま使ったもの、ドライイーストの中種を混ぜたもの、湯種を混ぜたもの。とりあえず生地は三種類、ラリーさんに作ってもらう。
生地ができあがるまでに、中に入れるものを作ろう。
「マーサさん、野菜のみじん切りとひき肉を炒めたものに、前ルーナに作ってあげていたスパイス煮込みのような味付けをお願いします。できればあれよりピリ辛で」
頼むと、おっとりと、
「わかったわ。パンの中に入れるなら水分は少なめね。ちょっと濃い目の味付けの方が良いかしら」
とすごくわかっている答えが返ってくる。心強い。
「野菜のみじん切りは私も得意よ。他もなんでも言ってね。窯の準備の合間になるけど」
とアンさんが言ってくれるので、手が空いたらマーサさんと一緒に中に入れる具材を作ってもらおう。なんとなく相性が良さそうだし。
「アンさん。触れられるくらいのお湯、頼めます? あとワインがあれば少し」
ついでに遠慮なく頼めることは頼んでしまおう。
私は、とりあえず、レンズ豆をざっと洗って浸水。
レンズ豆、浸水時間は少なくて良いし、なんならなくても良いところが好きだ。
レーズンとカレンツをお湯でざっと洗ってゴミを取って、水を切る。
けっこう枝とか砂とか混じっているから。天然物は仕方ないよね。
あとは適当にワインをぶっかけて混ぜて置いておく。
異世界なのでワインでやったけれど、日本でやるならちょっと注意が必要。20度以上の酒類でレーズンが吸収しきれる量なら多分問題ない、と思う。
この下処理しておかないと、レーズンって乾燥しているからそのままパン生地に入れるとぱっさぱさになりやすい。
下処理方法もいろいろあるのだけど、お酒をまぶしておくと風味が出てふっくらして美味しくなる。
よし、次はレンズ豆を煮よう。
適当に煮て、あくが出てきたら取る。
前にやった時はあく取りをあまりしなかったせいかちょっと癖が残ったので丁寧に。
柔らかくなるまで煮て、まだ汁が多いようならちょっと捨てて、砂糖を適当に入れてつぶしながら練る。
けっこう適当でもあんこらしきものができる。小豆と違って手順が少なくて簡単だ。
味見をしてみると、つぶしが足りないのか少し舌に豆感が残るけれど、こういうものだと思えば許容範囲ではなかろうか。
味は、これがびっくりすることに、とても美味しいあんこなのだ。
ちょっと栗きんとんっぽい風味のあんこになる。栗風味、芋風味のあるあんこ。
私は好きな味だ。
こっちの人に受けるかどうかは……
とりあえず、マーサさんとアンさんに味見をしてもらう。
「豆を甘くなんて、って思っていたけど。前にいただいたのとは風味が違うけれどこれはこれで美味しいわ」
とマーサさん。
「レンズ豆、だよねぇ。甘くて美味しいし、パンに合いそうね」
これがレンズ豆なのかを疑うようなしぐさをしているけれど、アンさんの反応も悪くなさそうだ。良かった。
キーマカレーもどきも順調っぽい。すごくいい匂いがする。おなかが空いてくるあのカレーの匂いだ。
そうこうしているうちに。
「この秘伝の酵母、すごいんだが……」
とラリーさんが困惑した声をあげた。
あ、どうやらドライイーストを混ぜた生地がもういい感じになってしまったっぽい。
そりゃあ、あまたある酵母の中からパンを焼くためだけに選び抜かれたエリート酵母がドライイーストとして製品化されたものだ。
発酵力が違うだろう。
だが困った。
あんこは出来立てでちょっとまだ熱いし、キーマカレーらしきものもいい匂いがしてきているが多分まだ完成していない。
ここはとりあえず、プレーンなパンとレーズンパンを作って焼いてもらおう。
アンさんが用意してくれていたナッツも混ぜよう!
「このレーズンとカレントを使ってよろしく! ナッツも!」
混合率や成型はラリーさんにお任せだ。
「おう!」
ラリーさんもいい感じにのってきている。いいパンができそうだ。
※注 酒税法上、ぶどうの取り扱いはとてもセンシティブといいますか厳しいです。
名指しで禁止されています。
調べてみた感じ、ラムレーズンは合法だけど、必然的にできてしまう、レーズンが浸かったラム酒は違法なのだそうです。
このあたり、調べてみると面白かったので興味がある人は、
「ラムレーズン 違法」あたりのキーワードでググってみてください。
なので少し記述を変えておきます。異世界なら大丈夫ということに。
カクテルも、直前に混ぜるから合法で、事前に作り置きすると違法なのだそうで、面白いですね。
みりん梅酒も、みりんは度数が低くて規定(20度以上)を満たさないので違法なのだそうで……