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64 新作パンを考えよう 1 ジルじいさんの推しパン屋

 ずっと気になっていたジルじいさんの推しパン屋に案内してもらっている。


「あそこの角を曲がってすぐじゃ」

 ジルじいさんに先導されて、角を曲がるとパンの絵が描かれた看板が見えた。あそこか。わかりやすくて良いね。ジルじいさんの膝の調子も良さそうでなにより。


 店の壁を這うツタがドアのすぐそばまでせまっている。そのドアを開けるとドアにつけられていたベルが音を立てた。

 中に入ると香ばしいパンの匂いがする。たまらない。ちょっと鼻をぴくぴくさせていい匂いの空気を吸い込んでしまう。パンの匂いってどうしてこう幸せな気持ちになるのだろうか。これだけでもうお腹が鳴る。


 店内を見ると、一番多く並んでいるのは丸くて大きなパンだ。多分全粒粉のとライ麦のとがあるのかな。色がちょっと違うパンがある。クープ、パンの切り込みも十文字と井の字で違っている。中くらいの大きさのと、楕円形のやや小さいやつもある。みんなよく焼けて良い顔をしている。


 あ、あそこにあるのはジルじいさんが好きだと言っていたあの焼きこみパンだ。小さめのパンに具材を乗せて焼いてあるパンが手に取りやすい位置に置かれている。

 焼きこみパンの隣には、パンを薄くスライスしてチーズとハムを挟んだやつも並んでいた。


 奥に見えるパン焼き窯から熱気が伝わってくる。窯の前で忙しく動いているのが店主だろう。大柄でとても体格が良い。汗が流れるからだろう。大判の布で頭部を巻いて縛っている。


 私に続いて店内に入ったジルじいさんは、店内にいた女の人に軽く右手を挙げた。店主とは違ってとても細身の女性だ。髪を一つに縛りエプロンをしている。


「あら、ジルさん。来てくれたの?」

 女の人の視線がジルじいさんの足に向く。気遣ってくれているのだろう。

「おう、アンや。いつものをくれんかの」

 ふむ、この人はアンさんか。なんか会話が常連って感じで良いね。


 いつもの、で通じる店、憧れがある。けっこう通い詰めないとならないよね、いつものって。


 あ、でも、昔めちゃくちゃ美味しいドライカレーのお店があって行くたびにドライカレーを食べていた。他のメニューもおいしいらしいのだけど、そこのドライカレーが美味しすぎていつも悩みつつやっぱりドライカレーを頼んでいたのだ。


 そしたら、ある日、店に入ろうとドアを開けた瞬間に「すいません、今日ドライカレー終わっちゃったんです」って言われた。思わず「そうですか」って応えてそのまま帰ってきてしまった。

 だって、驚いたんだよ。そんなにばっちり認識されていたなんて……


 あれ、絶対「ドライカレーの人」って言われてたやつだよね。


 あー、ドライカレー食べたい。てか、カレーパンも食べたい!


 多分ジルじいさんは、「焼きこみパンの人」なのだろう。手慣れた様子でアンさんがジルさんに渡されたかごにパンを詰めていく。


 私は、焼きこみパンもいいけれど、パンを薄くスライスしてチーズとハムを挟んだやつがとても気になっている。あの雑にはさんでいるやつ、シンプルだけど絶対に美味しいやつではなかろうか。青い野菜を挟んでいないところがまた、なんだかとても気になる。


 あと、あのでかいパン、欲しい。素朴なパンはとても好きなのだ。固ければ固いでそれはそれで美味しいし、もしかして高加水でもっちもちだったらそっちももちろん幸せだ。


 日持ちがするのはライ麦パンかな。でも全粒粉でも作り方焼き方によっては持つだろうし、あの大きさってことは持つように作っているんだろうと思う。


 悩んでいると、奥にいた店主が焼き立てのパンをのせたトレーを持って現れた。

「ジルじい、ちょうどいい。ちょっとこれ食ってみてくれ」

 ジルじいさんに差し出されたのは少し緑がかったパンだ。


 アンさんがさっと切り分けて食べやすい大きさにしてくれた。

「ラリー、サキにもやってええかの?」

 ジルじいさんが聞いてくれる。


「ああ、もちろん。食べてみてくれ」


 どうやら新商品の味見らしい。なんて役得。

「ありがたく」

 いただきます。つまんで口に入れる。ふむ、これは……


 先に食べていたジルじいさんが、

「草の味じゃのう」

 と言う。

 そんな正直な……


 まあ、確かに。何かハーブを入れたのだろうか、ちょっとなんていうかこう、野性味が強いパンだ。方向性は悪くはない気がするんだけどチョイスしたハーブが悪かったのではないか。

 どうせ入れるならローズマリーとかバジルとかがいいなぁ。


「駄目か……」

 ラリーさんが肩を落としている。


「店の目玉になるようなパンが欲しいんだけど、なかなか難しいのよねぇ」

 アンさんも苦笑している。


「焼きこみパンでええと思うんじゃが」

 ジルじいさんはやはり焼きこみパン推しのようだ。


「どうしてこの味に?」

 どうしてここまで冒険してしまったのかと思って聞いてみる。

「いろいろ作ってたらよくわからなくなってきてな……」

 ラリーさんが言う。

 ああ、なるほど。試しすぎて迷走しているわけだね。


「えーっと。無難にレーズンやナッツを入れたり、焼きこみパンの具を変えたりは?」

 とりあえず意見は出そう。試食させてもらったから。どうせならカレーを中に入れたらどうかな? あとは塩パンとか? あの空洞最初見た時びっくりしたけどバターが溶けた痕だとは思わなかった。シンプルに見えてあの油力すごい。美味しいけれど胃に来る。


「詳しく!」

 とても良い勢いで聞かれたので、思いつくことを言っていく。

 豆を甘く煮た具を入れる案は、顔をしかめていたので、やはりあんこ系は食べてみないと合う合わないがわかりにくいのだろう。

 美味しいのに。

 カレーパンとは言わなかったけれど、スパイシーな肉と野菜の具材を工夫する案は元になる焼きこみパンがあるだけに取り組みやすそうな感じだ。


 今みたいに新作は試食を客に出してみて、売れ行きが良ければ採用とするのが良いのではないか。


 ただ、材料費のこと等を考えると難しいこともあるだろうしなぁ。


「あとは、酵母を変える、とか?」

 天然酵母は美味しいけれど扱いが難しいというか味が一定しないところがある。


 ドライイースト、そのまま使うのは多分問題になりそうだし、味もあの味になっちゃう。けれど新しい味といえばそうだろうし、ドライイーストで中種を作って継いでいけば、なんかこうこのパン屋にあった感じにならないものだろうか。


 いろいろ話していたら盛り上がってしまったので、後日お休みの日の新作パン研究会を開催することにというか参加することになった。



 あ、でっかいパンと、パンを薄くスライスしてチーズとハムを挟んだやつは買った。


 めちゃくちゃ美味かった。チーズとハムだけかと思ったらうすーくスライスした玉ねぎが挟まっていて、それがアクセントになっていてすごく美味しい。もうこれを目玉にするべきじゃないだろうかってくらい美味かった!

 こういうのでいいんだよ! ってなる美味しさ。いいよね、こういうシンプルに美味いやつ。


 でっかいパンも、ラリーさんに膨らみと味が一定しないことに悩んでいると聞いたけど、十分美味い。これ以上を目指しているのか。すごいなぁ。


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― 新着の感想 ―
そういやうちの姉はパン屋勤務なんですよね。 京都のどっからしいですが、私は具体名聞いてないんですよね。ちょっとLINEしてみましょう。 ↑から五時間後の私です。既読スルーされました
生ハムに薄くスライスした玉葱に厚切りのトマトと薄いフレッシュチーズを割りとしっかりしたクロワッサンに挽きたて黒胡椒とドイツ岩塩を少々トッピングして挟んで食べるのが好きですね~、ふわふわ柔らかクロワッサ…
志津屋のカルネでしか味わえない幸せがある。 極端にペラい玉ねぎとハム1枚ずつに、マーガリンと黒胡椒少々が挟まってるだけやのに。
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