52 お灸と馬油と私の居場所 第一部 完
あ、植えておいたヨモギみたいな薬草もすごいことになった。なってしまった。
カエンさんいわく、薬効成分がえぐいらしい。えっぐえぐのえぐだよって言っていた。意味が分からないがすごいらしいことだけはわかった。
そこで、思ってしまった。このヨモギみたいな薬草が本当にヨモギみたいなものだとしたら……
東京に行った時に、友人と銀座のショールームで体験して買ったお灸を千円リピートで出す。一個14円だ。小さくてころんとしていて可愛いお灸だ。
ツボにお灸をすえてもらって、効果を体感したから買った。
つまり私はお灸の効果を信じている。あの時は合谷という手のツボにお試しでやってもらったのだったか。
お灸の原材料はもぐさ、ヨモギである。
異世界のヨモギみたいな薬草で、お灸は作れないものか。
千円リピートで出したお灸と、異世界産薬草で作ったお灸をダブルですえれば、効果、すごそうだよね。
ヨモギの葉っぱの裏の白い毛、あれを集めた物が確かもぐさだ。
お灸を買った時に説明してもらった。作り方もざっと聞いた。
乾燥させて砕いてふるってふるって、繊維だけにするのだ、多分。
ヨモギみたいな薬草を刈って乾燥させる。
パッリパリになったらすりこぎで潰す。粉々になるまでしっかり潰す。
それをふるいにかけて、また潰してもんでふるいにかける。
「わらわに任せるのじゃ」
キララがふるいを手伝ってくれる。
ミミはキララの肩で監督をしている。
ミミも人型になって作業を手伝ってくれる事もあるのだけど、今はキララに手伝いを譲ってくれているみたいだ。
なんだかすごく仲良くなって、ミミの定位置が私の肩からキララの肩になってしまった。
呼んだら私の肩にも来てくれるんだけどね。
そんなこんなで薬草を叩いて潰してふるってを何度も何度も繰り返すとふわふわの繊維が取れた。
これめっちゃ大変だ。
そしてあんなに薬草があったのにこれだけにしかならないのか……
これを紙の筒に詰めたり、指でぎゅっと三角錐にすれば、それっぽいものが完成だ。
そのままだと熱すぎるのでお灸をすえる時は下になんか敷くような気がする。
なんだったっけ?
なんかこう元気になりそうな、ニンニク? 生姜?
昔、おばあちゃんがやっていた気がする。肩にあったお灸の跡が思い出された。夏は暑いからタンクトップ一枚で。跡がよく見えた。
たらちねの母という言葉を見るとあのおばあちゃんのあられもない姿を思い出す。垂乳根という漢字表記にイメージが引きずられるのだ。
あの肩にすえられていたお灸は、どうなっていたんだったか。
あ、この出したお灸の台座を再利用すれば良いのでは?
それかアルミホイルで表面を覆って焦げないようにするとか。
色々試行錯誤をして自作のお灸がなんとか完成した。
結局お灸の台座は少し厚めに輪切りにした生姜、その上に指でぎゅぎゅっと三角錐に固めたお灸を乗せるのが一番良さそう。
自分で人体実験してみたけど、畑仕事のあとの疲労がびっくりするほど取れた。そしてお腹が減った。
うん、効果はあるっぽい。
お手伝いしてくれたミミとキララに特別手当を出さねばならないね。
いつも、手伝ってくれてありがとう。本当に助かっている!
「実験させてほしい」
正直にストレートにジルじいさんに伝える。
「ええぞ」
なんの実験かも聞かずに気軽に受けるのはどうかと思う。
こないだ、護符のお礼を言いに来た時に、見せた護符の石が欠けているのを確認したジルじいさんは、目をかっぴらいて私の全身を確認し、
「怪我はないんじゃな」
と無事を喜んでくれた。
ジルじいさんの護符のおかげさまで無事です!
本当に助かった。ありがとうジルじいさん。
新しい護符を作ろうとしたジルじいさんに、この護符がいいとわがままを言って直してもらった。
今もあの護符は私の首にかかっている。私の大切なお守りだ。
両足を投げ出すように座ってもらったジルじいさんの足のツボを探す。少しだけ膝を曲げてもらう。足三里は膝の皿の外側の下から指四本分、だったはずだ。
ここかなと思うところを押すと、ジルじいさんがわずかに顔をしかめた。
あ、ちょっと痛いんだ。なら多分ここで合っているのだろう。持ってきた千円リピートで出したお灸をそこにすえる。
もう一か所、犢鼻と言われる膝の皿の下のへこんでいる所にも自作のヨモギっぽい薬草で作ったお灸をすえてみる。
煙が出るタイプのお灸なので白い煙が沸き上がる。独特のもぐさの匂いが広がった。独特だけど嫌な匂いではない。どこか懐かしさを感じる匂いだ。
「熱くない?」
と聞くと、
「大丈夫じゃ」
と答えが返ってきた。
ご老人、温感が鈍っている場合があるから本当に大丈夫かどうかはちょっとあやしいかも。まあそんな長くするわけじゃないから多分良いだろう。
5分くらいでお灸の火が消える。
とりあえず今日はこれで終わりだ。
ジルじいさんの膝は慢性的なものだろうから、効果があるにしてもそこそこ日数がかかるだろうと覚悟していた。
していたのだが……
お灸が終わって立ち上がったジルじいさんが足を確かめている。
そして、しゃきっとすたっと歩き出した。
「こりゃ驚いた」
いや、驚いたのはこっちだ。お灸ってそんな即効性、あるときもある、のか?
ちょっとよくわからない。
どっちが効いたのかいまいちわかりにくいけれど、ヨモギもどきな薬草の新たな可能性が花開いたのかもしれない。
ニア農園には、ミミを連れてミリアさんの様子を見に行った。
ミミに頼んでこっそり農園の土をわからないようにそおっと耕してもらおうと思って。
『ないしょなんだね』
と隠密任務にやる気のミミは、土の表面はそのままで中だけ耕すという芸術的な働きを見せてくれた。器用だなぁ。ちゃんとお野菜が植えてあるところは上手に避けてくれている。
ドーンさんは腰痛などなかったように働いている。
「持ってくか? 持ってくよな?」
と大きな大根を抱えたドーンさんに言われたけれど、今はうちにもたくさんお野菜があるので遠慮させてもらった。
ガーンと顔に書いてあるような顔をしていたけれど、いやほんと、うちにもいっぱいなので!
ミリアさんには謝られてしまった。
「ごめんよ。実はあれを……」
聞けばやはりあの馬油、けっこうな即効性であかぎれを治し、かかとのがさがさもぱっくり割れもつるつるにしたらしい。
こりゃちょっとやばいものだと感づいたミリアさんは、使った残りは返そうとしてくれていたらしいのだ。
だが、そこに怪我をした甥っ子のバーンさんが療養というか少し世話になりに来たのだと。
聞いてびっくりの話だったのだけど、あの熊さん、マッドベアを討伐したの、バーンさんだったらしい。
討伐したものの、右腕を負傷したバーンさんはそのことを最初はドーンさんたちに隠していたそうだ。でも右腕だからね。そりゃ日常生活に困ったのだろう。
幸いにも命に別状はなく、爪がかすっただけだった。それでもけっこうな傷だったらしく。支給されていたポーションで治したけれど等級の問題により傷跡というかひきつれがきつかったようだ。
「痛々しくてね。それでつい……」
自分のあかぎれが治った馬油を塗ってあげたと。
馬油、火傷とかあかぎれとか切り傷に良いし、傷跡にも良いよね。うん。
切り傷だと、黄色に赤のパッケージのメメモモBというお薬もおすすめだ。あまり一般的ではないらしいのだけどうちでは常備していた。馬油よりも実は私が信仰している傷薬だ。
口止めはしっかりしてくれたようだし、バーンさんにはお世話になったし、傷跡が良くなったのなら良かったと思う。というか、熊さんが逆上とかしていたとしたら、それ、私のせいではなかろうか……
ごめんなさい……
まだ、治りきっていないのなら追加でメメモモBを渡させていただきます! と思ったのだけど、どうやら馬油で問題なく完治したらしい。めでたい。
残りの馬油を返そうとしたミリアさんに首を振る。
ドーンさんとミリアさんとバーンさんなら信じられるから、何かあった時のためにそのまま持っておいてほしい。
「こっそり使ってほしい。なくなったらまた持ってくるから」
農作業をしていると怪我をすることが多い。
私もよく怪我をしていた、支柱の竹で手を刺したり、一輪車で手を刺したり。
一輪車で手を刺すって我ながら意味が分からないんだけど、一輪車の持ち手のところのキャップみたいなやつが古くて外れていたのだ。その持ち手の縁が手にぐいっと刺さったんだよね。手袋越しだったのが幸いして化膿などはしなかったけれど今でも痕が残っている。
そこまでいかなくてもナスのとげや木のささくれ等で怪我することは日常だ。新鮮だとキュウリも地味に痛い。柑橘系の木のとげは時に凶器だ。
だから、持っておいてほしい。そして使ってほしい。そう思う。
いつの間にか、この異世界でも私が大事に思う人、傷ついてほしくない、痛い思いをしてほしくないと思う人ができた。
もとの世界の友人を思う。
私がいなくなったことに気がつくのはいつだろう。
昔は青い鳥だったSNSのつぶやきがなくなったり、昔の青い鳥みたいな2が出た394に書き込みがなくなったら、おかしいと気づいてくれるだろうか。
あ、箱イベなのにログインしてないとかが一番不審に思われそう……
昔のように毎日顔を合わせたり、連絡をしたりはしなくなったから、気がつくタイミングはいまいちわからない。特にあの伝染病以降、顔を合わせることも減ったから……
遠方にいる友人には、多分連絡もいかないだろう。
便りがないのは良い便りだと、思ってくれたらいいのだけれど。
私はなんとかやっていけそうだ。
まだ気づいてなくて心配していないかもしれないけど、元気にやっているということだけ伝えられたらいいのに。
ほんと、SNSかメールくらい送れるといいんだけどなぁ。
そんなことを思いながら、ミミを肩に小屋に帰る。
「おかえりなのじゃ!」
待っていてくれたキララが迎えてくれた。
「ただいま」
ただいまを言えることが嬉しい。おかえりを言ってもらえることも。
ああ、今日は美味しいものを食べようか。
きのこの廃棄菌床もルオクドもたくさん出してあげよう。
梅割りを飲むのもいいなぁ。
気づけば笑みがこぼれていた。
とりあえず、これで一区切りです。第一部完です。
ここまでのお付き合い、ありがとうざいました。
今後もぼちぼち書いていくつもりなので、お付き合いしていただけると嬉しいです。
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