51 悪い顔で笑おう
「いろいろと教えていただいて助かった。ありがとう」
ルーナを抱えたジュドさんがカエンさんに頭を下げている。カエンさんの話を全部ちゃんと真剣にもらさず最初から最後まで聞いていたジュドさんすごい。
うん、本当にルーナのことがわかって良かった。
カエンさんによると、緑魔法が使えるようになっているのなら、
もうそんなに心配いらないだろうとのことだった。
もし何かあれば相談にのってくれるそうだ。
その代わり、
「異世界の野菜の種、期待しているよ」
と言われた。
それで思い出した。なんだか今さらだよなぁと思いつつ、農業ギルドでリガルさんから出してもらった紹介状をカエンさんに渡す。
「こちらも、よろしくお願いします」
こっちのお野菜の種、私も欲しいからね。
紹介状を見てカエンさんがにやりと笑う。
「とびきりの種を用意してくるよ」
どうやら、農業ギルドの種リストに出してない種がいっぱいありそうだ。
これは物々交換がはかどるね。
仮契約となっているらしいキラキラの木をどうするかはとても問題なのだけど。
「わらわに名前をつけるのじゃ」
と本契約を迫られている。
これまたカエンさんいわく、契約しちゃった方がお得らしい。
契約すれば、この畑に結界を張って、外から見た時にごくごく普通な畑に見えるように偽装してくれるだろうとのこと。
それ、すごく助かるね。実体化できるまで大きくなったのなら緑魔法の増幅もしてくれるらしいので、植物の育ちも良くなる。
「名前……」
私に名付けの才能はない。
「はなかみ?」
ラベルつけてたし、これで良いのでは。
「はなかみは良い気がするけどなんだか響きが気に入らないのじゃ」
微妙な顔をしたキラキラの木が言う。
気に入っているのに気に入らない変な感じがするらしい。花香実、字面は良いんだよね。
翻訳さん、ちゃんとニュアンスまで訳してるのかな、すごいな。
はなかみは鼻をかむ連想、どうしてもしちゃうよね。多分そこがひっかかっているのだろう。
ハナミズキも可愛い花なのにどうしても鼻水を連想してしまう。
小学校の校庭にあったハナミズキの木の名札を見るたびに「はっなみず! 鼻水ー!!」と、男の子達がはやし立てていたのを思い出す。男の子たちがみんなゲラゲラ笑っていたけど今思うと何がそんなにおかしかったんだろう……
ん――
あとは、キラキラの木からとって、キキかララかキラか。どれもこう既存のイメージが強い。
お星さまの姉弟とか、死の手帳の殺人者とか。お星さまの姉弟の身長ってお月様くらいあるそうで。でっかいよね。
はなかみを略してナミというのも考えたけど、これまたひとつなぎな航海士さんがだぶる。
キラキラの木と呼んでいたし、もうこれは、
「キララ」
でどや?
漢字表記が雲母になっちゃうけどあれもキラキラしているからいいんじゃないね。砂場とかで見つけると「金だ!」って大事にしてたよね。
ああ、確かにつながりはあったのだろう。細い細いつながりがふわりと太くなった感覚があった。
私には名付けの才能はない(再掲)
けれど、
「わらわはキララなのじゃ!」
まあ、本人、いや本木が気に入ったのなら良いのではないか。
キララはルオクドに魅了されてしまったのか、ルオクドをくれるなら何でもすると真剣な瞳で言っている。液肥はもう、ほんとうにたまに、たまーにでいいらしい。
ミミが、
『ぼくの方が先輩なんだからね!』
と言っている。
うん、後輩の教育はまかせた!
さてさて、その後どうなってしまったかというと。
めっちゃくっちゃ高品質なでっかくて美味しいお野菜が、短期間でわっさわっさできてしまったらどうしたら良いのか?
今、その問題に直面している。
やってしまった。野菜作りとなると手を抜いてはいけないという気持ちが強く、全力を尽くしてしまった。
だが、考えてみてほしい。
畑の土には異世界産の特殊な緑魔法と化した肥料堆肥がたっぷりと混ぜられ、そこを土壌を植物にとって良い状態にする豊穣ミミズが耕し、まかれたのは異世界産の美味しい野菜の種と、こちらの世界でエルフによって品種改良を施された自慢の種、ついでにエルフの特殊な緑魔法がかけられてそれを聖樹が増幅した状態で育てられた野菜がどうなるか。
あまりにチートな育てられ方をした野菜は当然のようにチート野菜になった。
まあ、この状況でごくごく普通の野菜が普通量できたらそっちの方に驚くかもしれない……
カエンさんいわく、もうこのお野菜たち、美味しくて栄養満点で少々の不調なら食べるだけで治ってしまう可能性もあるらしい。
素敵でスペシャルなお野菜だ。きっと評価はSSS級である。そんな等級あるのか知らないけれど。
もちろんルーナも食べられて、もりもり回復した。とても元気になった。めでたい。
めでたいのだけど、このわっさわっさになっている食べきれないお野菜、どうしたらいいんだろうね。
当初は余ったお野菜は農業ギルドに、リガルさんにお願いして卸せばいいかと思っていたんだけど、高品質すぎて、ちょっと、ね。
困っていたらカエンさんが、
「あたしが買い取るよ」
と言ってくれた。カエンさんなら伝手があるし、別にそのまま農業ギルドにこの高品質なお野菜を卸しても、「カエンばぁだしな」ですむ話らしい。
助かる!
どうぞどうぞ持って行ってくださいなとお願いしたら、引き換えにすっごい額を渡された。というか農業ギルドにカエンさんが保証人となって口座を作らされて振り込まれた。
え、何この金額。
ビビる。
「カエンさん、カエンさん。これはもらいすぎなのでは?」
桁、間違っているよね?
「あたしが野菜の値付けを間違うとでも?」
そう言われると、そんなことはしないと思う。
首を横に振るしかない。
「ちゃんと、あたしも儲かる。売った相手も儲かる値段だよ。正当な報酬だ。それともあんたはあたしをケチでごうつくばりなイヤなやつにしたいのかい?」
その言い方はズルい。
「この度はお取引いただきありがとうございます。ご信頼とご評価に深く感謝いたします。またの機会がありましたらどうぞよろしくお願いいたします」
もう、某ネットオークションとか某フリマアプリの定型文みたいなことを言うしかないじゃないか……
「あいよ。末永くよろしく」
いい顔をしたカエンさんの思い通りである。仕方ない。カエンさんの顔が良いから仕方ない。
おかげで、ジュドさんへ出資金を全額返金できてしまう。できてしまうけれどここはあえてしないでおこう。一年後を楽しみにしていてほしい。分配金としていっぱい押し付けよう。その時のことを想像して、悪い顔でいひひと笑ってしまう。
いきなり放り込まれたこの異世界で、先のことを考えて笑えるようになったのは素直に嬉しい。
作者多忙のため
しばらく感想返信はお休みさせていただきます。