45 3人のそっくりさん
※注 初期から読んでくださっている方へ
「頑強スキル」は「適化スキル」に名称変更しております。
スキル説明
適化は、聞くとどうもこっちの伝染病対策スキルっぽい感じ。
異世界人そのまま送るとすぐに死んじゃう事態が多々発生したのでつけることにしたそうだ。
この世界に適応させて、病気、特に風土病や伝染病にかかりにくくする。異世界のものを食べてもお腹を壊しにくくする的な。身体がこっちで暮らしていくのにいい感じの状態になるのかな。
地味に最重要なスキルだと思う。
お昼にこってりラーメンを食べて眠気に負けて寝た。とてもよく寝た。
お昼寝から目覚め、思う。
前々からちょいちょい思っていたけど、おかしい。
そりゃラーメンは好きだし、思い出のラーメンは美味しい。
しかし、あのボリュームを美味しく完食できたの、冷静に考えるとおかしいのだ。
昔は大好きだったクロワッサンすら、最近ちょっと油が厳しくなっていたというのに。
思えば、ドーンさんの農園に初めて行った翌日の筋肉痛。あれもおかしかった。言っていて悲しくはなるが、筋肉痛が翌日に来たのがおかしい。あれだけ動いたのに腰痛にならなかったのもおかしい……
もっと考えていくと、こちらに来てからの自分の行動のおかしさにも気がつく。
なんだか、ちょいと軽率な行動が多くないかね?
自分の本来の性格を考えると、何もかもを警戒してストレージにこもりきりになる気がするのだ。
昔から慎重な質ではあったが歳を重ねどんどん何事もおっくうに、現状を変えることを嫌うようになっていたのに。
思考回路が短絡的楽観的行動的になっている気がする。
まるで若かったあの頃のように。
ツノウサギをしとめてさばいている時に、適化スキルの影響は精神にも及んでいるのではないか、と思ったことも思い出す。
もしかして……
千円リピートで、家で化粧する時に使っていたスタンドミラーを105円で購入する。
百均で買った、リバーシブルで片面が拡大鏡になっていたやつだ。
こっちに来てから、眉毛を描く時に化粧ポーチに入っていた小さい化粧直し用のパウダーのミラーで眉あたりを見るくらいでまともに顔を見ていなかった。千円リピートで1円分ずつ出していた化粧水をつける時も適当にパシャっとやっていただけだった。だって自分の顔をそんなまじまじ見ること、ないでしょ……
もともとばっちりメイクをするタイプでもない。
向こうでもマスクをしていたらアイメイク周りだけしとけばいっかくらいな気持ちだったし……
鏡に映った顔をよくよく見てみる。
まっすぐな黒髪に目立ち始めていた白髪が見当たらなくなっている。
髪の艶も違う。
ほうれい線が薄い。
肌が若い。
ああ、これは……
多分、今まで召喚されていたのが高校生から大学生くらいの子だったから問題にならなかったんだろうけれど。
これは確実に若返ってきているのではないか。
適化スキルについて聞いた時に、伝染病対策なのだろうと思った。そう理解した。
しかし、適化スキルが、神が異世界人をこの世界に適応させて、こっちで暮らしていくのにいい感じの状態にするスキルだとすると、「いい感じの状態」の定義によって話はちょっと違ってくる。
あの頃は良かったなと思い出す心身ともにいい感じだったのって、
私の場合多分大学生の時だ。そういうことなのか。
適化スキル、ちょっと怖い。
精神的には多分、若いだけじゃなく、ちょっとこう、ほろ酔いの時のような感じがしなくもない。
昔、一杯ひっかけた状態で仕事をしたい、と思ったことがある。ちょっと酔ってガードが下がって、やや軽率に、そしてやや強気になった方がコミュニケーション能力が上がって多分仕事ってはかどるよなぁ、と。
その時に想像した、全く自分と違う性格になっているわけではないが、少し高揚している感じに近い。そんな気がする。
多分、そうしないと突然異世界に放り込まれた人間はやっていけないのだろう。
この状態がいつまで続くのか、それを考えるとちょっと恐ろしいけれど……
鏡に映った顔をもう一度、じっくりと見る。
やっぱり若いな。
元々、顔立ちは良くも悪くもないと自分では思っている。
平均的な、クラスに一人はいる顔ではなかろうか。
人間、世の中には同じ顔が3人いると言われるが、
そっくりな人を知っていると言われることが多いのでかなりよくある顔なんだと思う。
そういえば、教科書か便覧に載っていたカヤン族の少女にそっくりだ、と言われたことがある。
隣町のスーパーのレジの人にいきなり「あんた〇〇で働いてた人かえ」と言われたことも。
大学の時の後輩に「先輩、中学の時の同級生と本当にそっくりなんです。男の子ですけど……」って言われたりもした。
芸能人で似てるのは……
そういえば友人の結婚式に出る時にメイクしてくれたご年配のご婦人に、
セーラー服となんちゃらって映画に出てた人に似てるねぇ、って言われたことがある。
誰!?
ってなった。私の年齢でもその方の全盛期はあまりこう身近ではない。
歌声は素敵だと思う。
年が離れた従姉にもらったカセットテープに入っていたので聞いたことがあるのだ。
昔は曲を入れるのはカセットテープだった。レタリングシートを爪でしこしこと……
まあ、男顔か女顔かと言われれば女なので当然女顔ではある。
ただ、人間、聴覚からくる情報をけっこう重要視すると思うのだ。
女性にしか見えない人でも低い声だったら、男性の可能性を捨てきれない気持ち、あるよね。
日曜日のお昼の歌番組を見るでもなく流していて、聞こえてきた女性の上手い歌声に画面を見たら、映っていたのは男性に見える人だった時に、どっちだろうと思う、そんな気持ち。
正直、近しい人にはもうバレているだろうと思っている。私の男言葉は自分でも不自然だ。カタコトだから許されていると思いたいけれど。
みながどうして言及せずにいてくれているのか、少し不思議に思っている。異世界だからいろんな種族がいるからかな……
けれど、この突然放り込まれた異世界で、女性だと一目でわかる姿でいることや、本来の声や口調で話すことは、まだ、少し怖いのだ。
日本で女性として生きてきて、来世があるなら女性がいいなと思ってはいる。けれど、平均的な体格と顔の男性だったら世界がどんなに生きやすいのかを体験してみたいと思ったことは、ある。
男性は男性で、男性だからこそ生きづらいこともあるのだろう。
だけど、一人で旅行に行く難易度を考えてみてほしい。
駅ではぶつかられる。本当に狙ったようにぶつかってくる人はいる。列車では他の席も空いているのになぜか隣に座られる。大股を広げてこっちの陣地を侵略するのやめていただきたい。女性が隣に来てくれた時の安心感すごい。
夜の道を歩く時の心細さ。別につけてきているわけではないと知っていても後ろに人がいると怖い。ゲストハウスやドミトリーは安いけれど、女性一人で泊まるとなると宿はかなり慎重に選ばないといけない。タクシーの運転手さんも女性一人だとかなり、こう、横柄な態度になる方はいらっしゃる。
そんな時、平均的な男性だったら、こんな思いはしないのだろうなと思う。
あと、単純に力が違うのでうらやましい。
引っ越しの時に洗濯機と冷蔵庫を一人で持って階段を降りてくれた。手伝われる方が怖いらしい。意味がわからないと思った。コツがあるにしろ、あんな重くてでかいものは持てないよ。かろうじて持てたとしても階段は無理。冷蔵庫は一人用の霜取りが大変なやつで小さめだったけどほんと重かったのに。
男性だとかなりなご老人でも力は強い。まあ、女性でも力強い人はいるから個人差はあるのだろうけれど。
古い家で、一人で暮らしていると一人でなんとかしないといけないことが多かった。そんな時、もうちょっと力と身長が欲しいと切実に思うのだ。
ほんと、別に完全に男性になって男性として生きたいとは思わないけれど、平均的男性の生きやすさをちょっと覗いてみたり、お風呂の煙突掃除をする時とかだけ男性になりたい。
まあ、そんなこんなで、もう少しだけ多分バレバレでも性別は伏せておきたい。
今まで出会った人達を見ていると、大丈夫だとは思うけれど、
それでも、私には勇気がないのだ。
ストレージの外に出ると私が寝ている間にミミがすごく頑張ってくれたようだ。
畑は既に半分以上、ものすごく綺麗に畝がたてられていた。
私ではこんなにまっすぐできない。
ちゃんとしようと紐を張ってがんばったりするけれど、なかなか難しいものなのに。
きちんと通路の幅も考えられているし、畝も長さも配置もこれを見せられたらこれしかないと思う絶妙さだ。
だだっ広い畑を私ではこんなに使いやすく区切ることもできなかっただろう。
そして、再度調べてみたところ、
土は、石灰をまかなくても弱酸性から中性になっていた。たいていの作物にとって良い感じだ。豊穣ミミズすごい。ブルーベリーは酸性土が好きだけど、苗を買ったことがないので私には関係ないだろう。あ、でも、イモ類はやや酸性を好むんだったっけ? 石灰をまきすぎるのはいけなかった記憶がある。
「ミミ、ナイスバルク!」
親指を立てて褒めたたえる。
ほんとうにすごい。
『えっへん』
ポーズを決めてとても自慢げなのが可愛い。うん。とても可愛い。
「畝が板チョコみたいだね?」
いや、ちょっと板チョコではないかな。
板チョコというよりパキっと折るタイプのチョコレートバーみたいな綺麗な畝だ。
手を差し伸べると、ミミが腕を伝って肩に乗ってくれた。
小さな頭を人差し指でそっとなでる。
紫の瞳が日の光を反射して綺麗だ。
種、まけるやつはまいてしまおうか。
苗を作って植え付けて、と考えていたのだけど、直まきでもいけるやつは時期的にもうまいてしまった方がいい気がする。
ああ、でも、育てるものによってはやや酸性が強めの方がいいやつもある、か。
「ミミ、土の状態、えっとpHって通じないよね。じゃがいもが良く育つように、みたいな調整ってできる?」
『できるよ!』
できるんだ。それはすごい。
左右に分かれた畝に、ドーンさんのところでもらった種と、千円リピートで出した種を分けてまいてみよう。
今から活動報告を書きます。
「適化スキル」ってなんだ?
と思われた初期から読んでくださっている方は
後で活動報告の方も見ていただけると嬉しいです。