43 眠れない夜も
つまり、お馬さんや牛さんにこっちの言葉を理解してもらってお馬さんや牛さんの言ってることがなんとなくわかるようになるのがテイムスキルの超初級。
それができればテイマーから命令権やテイム契約自体を譲渡してもらえるということはわかった。
そして、聞いていて思った。
こっちの言ってることを理解してもらう能力……
それって翻訳さんの能力なのでは?
もしかして、あのキラキラの木に言ってることが通じたのは翻訳さんのおかげだったのでは?
自動翻訳というスキルについて聞いた時に、
『自動翻訳は言語が違っても意思疎通ができるってやつ。喋ることに関しては意識しなくても勝手に切り替わる』
と説明されて理解したように思う。
この、
『意識』
というところがポイントなのではないだろうか。
私が無意識で言葉が通じる相手だと思っていれば自動翻訳さんは自動発動する。
逆に言うと、言語がない、意思疎通ができないと無意識で思っていれば翻訳しない。
のではないか。
私は植物には語り掛けるし、言っていることの意味、分かっていると思っている。
葉っぱばっかり茂る花木に「もう咲かないなら切ってしまおうかな」って言った後に花が咲くとかよくあるので。
ただ、木がしゃべるとはさすがに思ってはいない。
えっと、つまり……
私が話が通じると思えば、あの青いうにょうにょに、話が通じる可能性が、ある、と???
ちょっと呆然としていると、ミィールさんが手渡した袋からレーズンを取り出した。
「この子はちょうどドライフルーツが大好きなのでーす」
ミィールさんが差し出した一粒のレーズンをスライムが取り込む。
ぽよんと跳ねて、嬉しげな様子が伝わってくる。
いただいたものですが、と渡されたレーズンをそっと差し出してみると、私の手からもレーズンを食べてくれた。
指先に触れた感触はあれだ、熱があるときにおでこに張ると気持ちいいシートの感触。
可愛いなぁ。
翻訳さん、翻訳さん、私はこの子が喋ると思っている! よろしく。
『おいちい。好き! もっと!』
あっ、聞こえた……
そして翻訳さんに集中してみてわかった。
翻訳さん、なんか進化していらっしゃる。
私が変な使い方をし続けたせいだろうか、意識して変化させていた声と片言アクセントを常時発動にできるっぽい気配がする。
ついでに語尾変化もこっちでやっとくよ? という優しい波動を感じた。
え、それってですますで喋って良いってこと? それを男性的とか中性的に訳してくれるの?
そしたらとても喋るの楽になるんですけどーー!
そういえば、片栗粉の翻訳について考えた時に、既に変な感じがあった。
あれは翻訳さんの控えめなもっと便利に使えますよっていう主張だったのか……
控えめすぎてわからなかった。
ステータスオープンさせてほしい!
鑑定はどこに行けば受けられるのか……
いやでも下手に見られると困るのか
この分だと、他のスキルも何か成長している可能性があるのではないか。
思えば封印スキルは成長するとあの神様は言っていたのだ。
他のスキルも成長する可能性は、あった、のか。
思いながらもう一粒レーズンをスライム様に貢ぐ。
『好きー!!』
レーズンをつまんでいた指にスライム様が懐いてくれた。
「なんか、めちゃくちゃ喜んでますねー」
うん、喜んでもらえて良かった。
また、牛さんレンタル等でお世話になるかもよろしくしてねとミィールさんに告げてテイマーギルド厩舎を後にした。
結局、肥料候補の馬糞牛糞の入手はできなかったけれど、スライム様が可愛かったので満足である。
さて、イナズマのように一瞬でいなくなってしまうはずの豊穣ミミズさんや。
まだいるってどういうことですかね?
これに話しかけろと……
できればこうさっさとどこかに行っていただきたい。穏便に平穏に問題なくつつがなく。
えーっと、対話を試みよう。口説くって、とりあえず褒めればいいのか?
言葉は通じる。きっと通じる。翻訳さんよろしく。
「青くて綺麗だね」
「か、可愛いね……」
「それ、ばんそうこうを巻いてるみたいで格好良いね」
「でっかいね」
「ぬめりがすごい」
「バキバキに仕上がってる!」
だ、駄目だ。
頑張ってはみたが、褒めどころがさっぱりわからない。
しかし、どれかの褒め言葉が豊穣ミミズの心に刺さったらしい。
声が届いたらしき個体が体をくねらせて胸を張るような仕草を見せた。いや、どこが胸なのか、はたして豊満なのかどうかは私にはさっぱりわからないんだけれど。
『ごはん。おいしいごはん。くれる?』
おお! 声が聞こえた。
「ご飯あげるよー」
多分気に入ってくれたのはきのこの廃菌床だろう。
「これをあげるから食べたらすぐにみんなでおうちに帰ってくれるかなー?」
あまりたくさん出すのはまずいだろうと思う。
交渉の材料だから少しでいいだろうと、1円分のきのこの廃菌床を出して与える。
『ごはん。嬉しい。かえる。なんで?』
いやーなんでって言われても、正直こんだけいると怖いというかなんというか。
「ちょっと多すぎるかなーっと」
正直に、お答えしたところ、胸を張った個体が中心となり、豊穣ミミズ達が会議を始めてしまった。
なんか言い方を間違えた気がする。一匹二匹なら残っても良いと解釈された、のか?
おれのこる。わたしのこる。と話し合いはとても白熱した。
そして、
結局話し合いはまとまらず全員残ることを選択したらしい。
豊穣ミミズはうにょうにょっと合体して一匹の青い龍になった。
メタリックな光の加減で青紫から緑や金色まで、いろんな色にキラキラ光るとても格好良い龍だ。
いやいやいや!
そうはならんやろ!!
と盛大なツッコミを入れたい。
百歩譲って蛇ならわかる。
蛇が進化して龍。
あるいはベタに鯉が進化して龍になるのは私の中で納得がいく。
ミミズがなんで龍になるのか。
私の中の龍に対するなんというかこう憧れというか特別感というか。わかってほしい。龍だよ。思い入れがあるのだ。
ミミズが漢名で土竜っていうのは知っている。土竜はもぐらじゃないの? ってなるけど、実は中国だと土竜はミミズなのだ。もぐらはミミズが大好きなので日本では誤用されたとかなんとか。
ついでに、ミミズの漢方名が「地龍」っていう格好良さなのは調べた事があって知っている。
けど、なんで地龍っていうのかの由来まで知ると格好良さはかなり減る。
昔のお医者さんが、偉い人にミミズを処方して治したんだけど、薬の材料を聞かれて、ミミズを食わせたとか言うと怒りそうだからとりあえず格好良い名前でごまかしておけ! ってつけた名前だそうだ。ネットで見た知識だから嘘か本当かは知らないけれど、そんな適当な……
あっ、でも雷と龍は関係深い、ね……
幸運の青い稲妻
それだけ聞いたら青い龍を連想はあり、なのか?
え、今気づいたけど幸運と耕耘が掛かっているの?
なんだか驚きすぎて一周回って冷静になった。
「目立つので龍は無理です」
こんな街近くに龍なんて駄目だと思う。
『僕ミミズだよ?』
お、合体したせいか喋りがスムーズになっている。
そりゃ本体はミミズかもしれないけれど、それはそれでちょっとご遠慮願いたいわけで……
しかしミミズに負い目があるので弱い。
むむうと唸っていると。
「じゃあこれでいい?」
青い髪、紫の瞳の中一くらいの姿に人化してくれた。男の子? 女の子? どっちにも見える。
そういえば、ミミズは雌雄同体ではなかったか。すると男の娘なのか?
『それともこっち?』
小さいトカゲにも変化。
尻尾が青くてキラキラでとても綺麗だ。
「と、トカゲでお願いします」
龍はまずい。
『よろしく』
ふわりと何かが結ばれる。
最後に必要なのは、
「ミミ」
名付けだ。
そして、私に名付けの才能はない……
こうして、運良く? 私は耕運機を手に入れることとなった。
本性は、ちょっとあれだけど、基本は可愛いトカゲさんで、餌は土で良いとてもエコな子だ。きのこの廃菌床はたまにで良いらしい。
褒め言葉でお気に入りなのはどうやら「バキバキに仕上がってる!」みたいだ。
これからも褒め続けよう。
他にあれ系の掛け声ってどんなのがあったかな……
眠れない日がどうとか?
って、穏便におうちに帰ってもらう予定だったのにどうしてこうなった?