37 手作りコロッケは面倒!
今日の軽食はおやきみたいなやつだった。
粉を練ってつくった皮に野菜と少しのお肉で作られた具が包まれている。
香ばしく焼かれた皮がもちっとしていて美味しいし、中の具材がけっこう濃い味付けになっていて汗をかいた後だとなおさら美味しい。
「簡単なものでごめんね」
とミリアさんが言うが、とても美味しいし、野菜を切って炒めたら十分立派な料理だと思っている私にとってはこれは手が込んだ料理だ。
お料理といえば、コロッケを手軽に作る人、信じられない。
だって、じゃがいもを茹でただけで十分料理だし、野菜をみじん切りにしてお肉と炒めるって、それも最高にお料理している。
それらを粗熱を取ってから混ぜて形を作って衣をつけるんだよ?
衣って、小麦粉つけて、卵をつけて、パン粉をつける。
3回も手順がある。しかも途中で卵が足りなくなったりする。パン粉も足りないけど手が卵パン粉まみれだよどうするよ。一回手を洗うの面倒だから誰か袋開けてよ誰もいないよ。
もうここまででも十分意味がわからない手間暇なのに、それを油で揚げる。
高温の油は怖いし跳ねたら痛いしコロッケというのは時に、爆発する。攻撃力が高すぎる。
揚げ終わったあとの油の始末とか、床やコンロに飛び散った油の掃除とか換気扇の掃除とか、どれだけ大変だと思っているのだ。
気軽に、手作りコロッケ食べたいなーとか言ってはいけないと一回作ったことがある人は思うだろう。
手作りコロッケは愛情で出来てる。だってあんなに面倒くさい調理過程なのだ。それ以外考えられない。それが人への愛なのか、コロッケへの愛なのかという違いはあるかもしれないが。
手作りコロッケ以外でも料理というのは基本面倒なものだ。
なので、
「美味しい」
と笑顔で伝える。
実際美味しいし、ひとが作ってくれた料理というのはそれだけで十分嬉しくて美味しいのだ。
その言葉を聞いてミリアさんもにこりと笑った。
「嬉しいねぇ。この人はなんにも言ってくれないし」
つつかれたドーンさんはただ黙々と食べている。
ドーンさん、たまにはちゃんと感想とお礼を言った方が良いと思う。一言、その一言があるだけで違うのに。
まあ、その食べる速度と顔で美味しいと思っているだろう事は伝わってくるからまだましな方だ。
たまに何を出しても何も言わずむっつり食べる人がいる。
何を出しても、反応が変わらないので楽だといえば楽だが張り合いはない。
一度コーヒーと天つゆを間違えて出したのにそのまま食べていたのには笑った。
ミリアさんの味方をしてなんとかドーンさんから「美味い」と言わせるのも良いが、まだそこまで夫婦の関係は深刻な状態ではなさそうだから、こちらの興味を優先させてもらうとしよう。
「そういえば教えてもらいたい事が……」
「なんだ!?」
助け舟みたいなものだからか、ドーンさんの反応が早い。
「畑はなんとかなりそうなので、種が欲しい」
そう言うと、ドーンさんがうーんとうなる。
「ちょっとぐらいならうちのを分けれるが、沢山欲しい場合はちと面倒でなぁ」
とりあえず、今はちょっとでいいんだけれど、そのうち沢山欲しくなる可能性は否定できない。
「面倒って?」
んーと考えるように一旦目を一瞬つぶったドーンさんが説明してくれた。
「自分で育てる野菜の種は大抵自分でとる。足らなかったら仲間内で融通し合う。それでも間に合わない場合は、まあ、大抵カエンばぁのところに行く」
えっと、突然出てきたカエンばぁって誰?
つっこんで聞いてみると、
種は説明してもらったように基本は自家採取。
ちょっと足りないくらいなら知り合いに余ってないか聞いて回る。
いっぱい足らない場合は、農業ギルドにある種リストを見に行くのだそうだ。
種リストというのは、農家が自家採種した時に、たくさん採れて使いきれないとなった時に登録するリストで、
カボチャの種(皮固種) 100粒 5000ゴルド ドーン
カボチャの種(橙皮種) 200粒 8000ゴルド バーン
みたいな感じで、野菜の種類別に、誰がいくらで売ってくれるのか分かる。
手数料を払って紹介状を農業ギルドに作ってもらって、売り手のところにいけばリスト通りのお値段で種を売ってもらえる。
個人売買だと安く買える時もあるけど、ふっかけられる時もあるし、知り合いじゃない人にいきなり売ってくれと言いにくいので出来た制度だそうだ。
このリストにめちゃくちゃ名前が出てくるのが「カエリン」というおばあさん。
名前のリが気に入らないらしく、カエリンと呼ぶと怒るのでカエンばぁと呼ばれている。
カエンばぁは野菜を作るというより、種をとったり、掛け合わせるのが好きらしくて毎年大量に種をとり、それを保管しているらしい。
種の保管にも気を使っているようで、カエンばぁから買う種は発芽率が良好なので、知っている人はカエンばぁからばかり買うことになる。
その人、もう農業ギルドで雇った方がいいのでは?
そんな疑問が浮かぶ。
面倒というのが、カエンばぁが種リストに載せているお値段がすごく高いのだ。その値段だとちょっと、と思うお値段らしい。
だが、カエンばぁのところに自分のところの自慢の野菜の種、他のところのより美味しかったり、大きかったり、育てやすかったりするものを持っていき、カエンばぁにその種を気に入ってもらえれば、カエンばぁの種を種リストの半額で売ってもらえる。
種を見ただけで性質がわかるのか?
と疑問に思うが、恐ろしいことにカエンばぁ、辺りの農家が作っている野菜は大抵チェック済みらしい。
種を買いに行くと、逆指定されることもあるらしく。
「ドーンか。あの紫のカブの種は持って来たかい?」
ってのが、ドーンさんが初めてカエンばぁのところに紹介状を持って行った時に言われた言葉だそうだ。
こわっ。