36 トラッカーズヒッチへの憧れ
「はい、確認させていただきました」
マチルダさんは相変わらすお仕事が早くて正確だ。
持ち込んだヨモギっぽい薬草は無事納品できたようだ。良かった。
一晩時間を置いてしまったけれど、採ったそばから100均の鮮度を保持してくれる緑色の袋に入れておいたので問題なかった。すごいぞ日本? の技術。これがあればお野菜限定で時間停止、は無理だけど、時間遅延に近いことができるのだ。
ちなみに何度か繰り返し使えるのもポイント高い。普通のポリ袋よりお高いから大事に使っている。
しかしこの緑の袋も最近入っている枚数が減った。ほんとに減った。以前の半分くらいになっている。以前と同じだと思って買って、帰ってから中身の数が違うのに気づいてびっくりすること、よくある。
よく使うけどそんなに頻繁に買わないジッパー付きの小袋も久しぶりに買おうと思って売り場で二度見した。
枚数半分じゃないですか!?
ってなった。あと、厚みの減り方がえぐい。何もかも薄く薄くなっている気がする。薄ければ薄いほど良いものなんて金箔くらいではないのか。
えっ? 熊はどうなったって?
なんか起きたらいなかった。
望んでいた結果とはいえ、ある意味恐怖は感じた。
夜に仕留めたけれど触る気になれなかった黒い悪魔が寝て起きたら消えていた時みたいな気持ちだった。生きとったんかいワレェ!って言いたい。そしてどこに行かれたのか可及的速やかに教えていただきたい。
でもまあぐっすり寝たから体調は良くて。打ち身も大したことなくて良かった。
そして、
「昨日、森の街道沿いにマッドベアが出たらしいぞ」
「ああ、しかもでかいやつだろ? なんであんなところに……」
「すぐに討伐されて良かったなぁ」
ってな会話をしている冒険者さんが冒険者ギルドにいた。
やはり普段は出るような魔物ではないようだ。だよね。あの森がそんなに危険だなんて聞いてない。初心者が薬草をとるような森だ。
浅い場所で出る魔物はツノウサギくらいって聞いていたのに。あ、あと虫系の魔物が出るらしいけれど私は出会ったことがない。
なので納品に来たら、マチルダさんにまず無事を喜ばれてしまった。
薬草採集依頼、いつもなら受けた日の夕方に納品に行くことが多い。昨日は受けたのが昼前だったから、そんな時は次の日の時もある。
マチルダさんが今日は来ないのね〜って思っていた時にマッドベア討伐の知らせが入ったらしい。
心配をかけたのは申し訳ないけれど、心配してくれる人がいるっていうのはなんだか嬉しい。受付嬢ってお菓子などを貢いでも良いものなんだろうか? いいよねきっと。
ただ、貢げそうな、あまり違和感を感じさせずそれでいてそこそこ美味しいお菓子、が思いつかない。
昔からあるあの月光なクッキーの包装を全部外して包み直せばいけるか? いやそれでも形が揃いすぎているし、美味しすぎるよね。あのクッキーお値段からすると信じられないほど美味い。大好き。
こっちの材料で作ったお菓子ならいいのかな。
ちょっと思考がそれつつ、マチルダさんが依頼完了の処理をしてくれているのを眺める。ついでなのでニア農園の依頼がまだ出ているかを確認してもらった。
「出ております。ふふっ。こちらも指名ではありませんがまた来てほしいとおっしゃってました」
よし。受けよう。
お仕事に行くついでにちょっとこちらの種事情を聞けるかな。ドーンさんに聞いてわからなかったら農業ギルドにも行こう。
とりあえず、近々の目標としてはルーナが食べられるお野菜の生産。自分で食べる分もよけて、それでもお野菜が余ったら売って小金を得たい気持ちがある。目指すは半農半冒みたいな感じでそのうち農に重点がおけるようになるといいのだけれど。
こちらのお野菜の種で緑魔法なしか、ルーナの緑魔法で野菜を育ててみて、ルーナがそれを食べれるかどうかの検証も必要だろう。多分大丈夫だろうけど。
「サキか! こりゃ助かった!」
ニア農園に行くと、笑顔のドーンさんが迎えてくれた。
めっちゃ笑顔だ。働き手ゲットだぜの顔である。そこまで喜ばれるとお仕事の過酷さが予感させられてこっちはちょっとひきつった笑いになる。
挨拶を返し、
「腰は?」
と気になった事を聞いてみると、
「それが、あれから痛くねぇんだ。治っちまった!」
とドーンさんが腰をそらしながら言う。
それは良かった。腰が痛いのは本当につらいから。寝て起きた時にどうベッドから降りれば一番ダメージが少ないかを考えるのが朝一の極めて重要なお仕事になるから。
今日もニア農園ではやることが山積みのようだ。
ドーンさんに指示をあおぐと、
支柱立てが最優先だが植えたい苗もたくさんあるらしい。
また風が強くて飛んだり剥がれてしまった網を直したり、少し大きくなった苗の誘引等細々とした仕事がある、と。
とりあえず、お仕事しよう。
昨日のショックはあるが、ぐっすり寝たから身体的には大丈夫。
精神的にも、こういう時は手を、身体を動かしている方がいいだろうと思う。
無心に支柱を立てていく。支柱を連結するのには紐を結ぶ必要があるのだけど、私はけっこうこれが、苦手で……
いぼ結びという支柱を十文字に結ぶやり方があるのだけれど、ゆっくりでないとできない。
ロープワークがささっとできる人にとても憧れる。もやい結びと自在結びはなんとか覚えたけれど、憧れの南京結びは何度やってもなんか違うなってなった。
トラックに荷物を積んでささっと固定するあの技、何度見ても手品みたいだと思う。
それでもなんとかこなしているとコツがわかってくるものだ。ロープワークは慣れというか、やらないと忘れてしまうところがある。やっていると思い出す。
作業も手早くなり、そろそろ支柱立てのプロと呼んでいただいてもよいのではないかと思っているとミリアさんに呼ばれた。
今日の軽食はなんだろう。ちょっと期待してしまう。
あと、休憩中ならちょっと質問してもいいよね。