28 くんかくんか検証
ちょっと興奮したけれど、落ち着いて考えてみればストレージの中という安全地帯から攻撃できるからどうだというのだろう。
石を投げても、ねぇ。注意を引くくらいはできるかも?
槍で突こうにも敵にすごく近くにいてもらわないといけないし、
飛び道具、弓は使ったことない。
高校の時の友人が弓道部だったから見てたことはあるけど、あれけっこう力がいるよね。弓懸が面白い形をしていてなんか好きだった。
他に飛び道具、飛び道具。
千円リピートで買える飛び道具って水鉄砲か銀玉鉄砲くらいではなかろうか。
昔あったよね。銀玉鉄砲。
購入履歴を見てみると、100円で買った記録があった。玉は10円か。
懐かしくて欲しくなってしまったけど、野菜やら苗やらを出した今日の残額は381円だ。
無駄遣いは良くない。
まあ、攻撃無効だけでもチートだよね。ストレージさん。
いやぁ、あの時の私、いい選択をしたものだ。
融通をきかせてくれた神様ありがとう。
そういえば、あの神様の名前は何というのだろう。一度教会にでも行って名前を調べてお礼を言うべきだろうか?
いやでもこっちは巻き込まれた被害者だけどさ。
思い返すと感謝はいらない気もする。うん。
ストレージの検証が一段落したので、お次はお待ちかねのくんかくんか検証だ。
千円リピートで手に1本18円の特売人参を出す。
18円とは思えぬ大きさだ。
人参の選び方は茎を切り取った跡の軸が小さいやつを選ぶと良い。選んで買ったからこれは良い人参のはず。
昔、1本10円っていう人参特売があったんだけど、白い根っこが生えかけてるわ軸からちょびっと黄色い葉が育っていて、いつの人参だね? ってなって買わなかった。あれはないよ。いくら安くても許せなくていつまでも覚えている。
特売人参を右手、さっきストレージから出して置いてあった人参を左手に持ち一応一回ジュドさんに背を向けて隠してから、
振り向いてジュドさんに迫る。
囲み取材で差し出されるマイクのようにジュドさんの鼻先左右に人参を差し出してみた。
「嗅ぎ分けて欲しい!」
「は?」
なんだか今日はジュドさんのびっくり顔をよく見るね。
「どっちがルーナが食べられた人参なのか当ててくれ。ちなみにルーナは一目見てわかっていた」
あれ?
自分で言ってみて気づく。
見たらわかるのなら匂い関係ない??
いや、ルーナの鼻がすごく高性能で離れていても嗅ぎ分けられる可能性があるからこれは大切な検証である。
ジュドさんは何かを悟ったような、なんとかスナギツネみたいな遠い目をしつつ素直に左右に首を振りお鼻をピクピクさせてくれた。
鼻の穴が広がるといくら顔が良くてもちょっと間抜けだね。
ちなみに私は意識して鼻の穴を広げることができるという特技? がある。友人は耳を意識して動かせるそうだ。耳をどうやって? といつも思う。
そういえばジュドさんのお耳もけっこうよく動く。自由自在っぽい。どうやっているのか一回教えて欲しい。
余計なことを考えている間も、ジュドさんはくんかくんかしてくれていた。
「違いがわからん」
何度も慎重に嗅ぎ分けた後、天を仰いでジュドさんが言う。
あらら、わかんないか。
「ちなみに見た目でわかるとか、何か出ている気がするとかそういうのは?」
「違いが、わからん」
さっきより強い声で、繰り返された。
なんかすまない。
異世界産人参と日本産人参の違いはどうやら匂いではなさそうだ。
可能性を一つ潰せたので、これはこれで意義ある実験であった。
「ちなみに、こっちがルーナが食べられた人参だ」
と左手に持っていた人参をジュドさんに示す。
ルーナ用に持ち帰ってくださいな。
戸惑いつつも頷いて受け取ってくれたジュドさんに、その姿に、
あ、思い出した。
初めてジュドさんに出会った時だ。
『ニンニクやハーブは大丈夫か?』
猫はネギやにんにく駄目なのではと思って聞いた私にジュドさんは確か、
『この姿なら問題ない』
と言った、はずだ。
ルーナの様子を見ながら考えていた時に、頭をちらっとよぎったのはこれだ。今度はこの考えが逃げないうちに捕まえなくては。
「この姿なら!?」
勢いよく聞いた私に、ジュドさんは本日3回目の驚き顔だ。
「前に『この姿なら』と言っていたな?」
あせっていてうまく説明できない私は、ネギとかにんにくとかアボガドとか百合とか猫ちゃんにあげてはいけないものを列挙する。
「食べられるのか?」
「いや、百合は食わないが」
そうじゃなくて!
「落ち着け。言いたいことはなんとなくわかった。確かに獣化した時には基本肉しか食わん。野菜類は食う気になれん」
なるほどやっぱりというか、獣化なさるんですね。見たい。
見たいけど今はちょっとそれは置いておいて。
「じゃあルーナもそれなのでは?」
うん、そんな気がする。
「人の姿であれば嗜好は人と同じだ」
ほな、違うか。
「でもなんかこう獣性が強いとか」
そう言った私に、ジュドさんが目を伏せた。
「ルーナは」
そこで一回言い淀み、それでも必要な事を伝えなければと決意するように伏せていた目を合わせてきた。
「獣化できない……」
っと、これはかなり重要なことなのだろうか。
異世界人の日本人からすると、そうなのか、くらいな気持ちだけど、この感じだとすごく問題があるの、かな?
聞くと、獣人としてはとてもなんていうかアイデンティティに関わる繊細な問題っぽかった。
でも混血とかすればそういう能力が薄まるのでは?
そう思ったのだけれど、どうも遺伝の法則が違うようで、基本ぱきっと種族は分かれて生まれてくるらしい。
祖先の血が出ることもあるので、猫族と猫族の両親から犬族が生まれるということもあるのだと。
ほうほうと聞き入ってしまう。
ただ、何事にも例外があるので、ごくごく稀に混ざりと言われる種族特性をちゃんともたない者が産まれるそうだ。
ルーナの猫耳を思い出す。尻尾もしっかりあった。触りたくて見つめたから覚えている。
触りたかっただけで、触ってないよ。本人に許可なく触りません。ノータッチ。
どんなに見た目が猫族でも獣化できないと、猫族ではないのだという。
深刻なジュドさんには申し訳ないけれど、正直どのくらいそれが大変なことなのかについて、私では理解が追いつかない。
私にとってルーナはとても可愛い猫耳少女である。
お野菜をもりもり食べて元気になって大きくなって欲しい。
よくわからないけど、お野菜の謎は解けなかったけど、千円リピートで出すなり、日本の野菜を育ててルーナに貢ごう。
そう思った。




