149 不正を暴く凄腕の調査官
そういえば、この国の税金ってどうなっているのだろう?
私が得ているお金は、冒険者ギルドでの報酬とか、カエンさんからもらっているお野菜代とか、あとは錬金ギルド関係とかもちょこちょこある。
えっと、知らないうちに脱税していたりすると怖いのだけど。
冒険者ギルドで、依頼を受けるついでにマチルダさんに聞いてみた。
「最初に少し説明しましたが、詳しくはお伝えしていませんでしたね。冒険者ギルドでの報酬はあらかじめ納めるべき金額が除かれております。なんと言いますか、その。冒険者の皆様はそういう方面にお弱いので」
おおっと、天引き方式だった。最初に説明を受けた中にあったようだけど記憶にない!
計算苦手な人が多いので、納税は基本どんぶり勘定らしい。各ギルドが代理となって適当にこれくらいやろ! という額を差っ引いているらしい。
冒険者ギルドの場合、ランクが低ければ低め、ランクが上がって報酬が上がれば税率? も上がっていく。沢山稼ぐ上の者が下の者の分もある程度納めてくれる仕組みなのだとか。全体としてこんなもんやろという額が合っていれば問題なかろう方式。
一応、厳密に帳簿をつけてちゃんと税額を出し、納めすぎていた場合の返金申請をすることも可能らしいけれど、冒険者でやっている人はあまりいないらしい。
商業ギルドだと、大商いをする人は細かく帳簿をつけて返金申請をする人が多いけれど、駆け出しだとどんぶり勘定のままの人も一定数いると。
理由としては駆け出しだと、どんぶり勘定のままの方がお得だったりするかららしい。
厳密に計算したら追加で払わないといけないとか、萎えるもんね。
多分そこら辺、起業支援的な感じにもなっているのかもしれない。
起業してあわあわしている時に、細かく帳簿つけて納税ってとても大変だろうから。
まあ、お金の流れをちゃんと把握するのも大切だけど。
基本、各ギルドが銀行の役割も果たしているので、各人の大きなお金の流れはギルドが把握できてしまっているのだね。
カエンさんに農業ギルドの口座を作らされたのも、そういうことだったのだろう。
手数料とか引かれているのだと思っていたら、税金も引かれていたのか。
自動的にどんぶり勘定で納税できているの便利!
私は複雑怪奇な年末調整事務も確定申告も嫌いだ! 大嫌いだ!
ある意味ギルド員さんがあの面倒くさい源泉徴収事務をしてくれているということだろうけれど、こちらでは簡易なようでうらやましい!
とすると、ギルドを通さない取引は税金を払わなくて良いのでは?
いつもニコニコ現金払いの取引、あるよね。
「マチルダさん、それって現金取引だとどうなるんです? ギルドを通さない依頼とか。小売だとお客さんは街の人だし」
「それは、ギルドでは把握できません」
「ということは……」
「かかりません。といいますか、かけようがない、ですね」
ただ、その現金を口座に入れたら収入があることは把握される。うん、それはそう。
なるほど。ギルドの口座を利用せず、多額の現金を持ち歩く、あるいは家に置くなら税金はかからないということか。
「ただ、取引でギルドを通さない、というのはある意味とても危険です」
「ですね」
何かあっても自己責任。それはそれで怖いというか闇深そう。納得だ。
ふむ。でもそれだと、口座を確認できて、税を天引きできちゃうギルド員の不正というか、ちょろまかし、ありそう。権限が大きすぎるよね。
冒険者ギルド職員のマチルダさんには聞きにくいけれど、気になる。
もごもごと濁しながら聞いてみる。
マチルダさんはいつもの完璧な笑顔に少しだけ一癖ある人の悪さをにじませた。
「不正ですか? ふふっ。それは全くないとは言えないですね」
あっ、私はしませんよ、と言葉に合わせてひらりと手を振られた。
そんな、マチルダさんを疑っているわけでは……。でもやっぱりあるのか。あるよね。
「でも、悪いことはできないもので、なぜかきっちり調査が入ってばれます。きっと凄腕の調査官が沢山いるんでしょうね」
不正を暴く調査官か……。
ものすごく数字に強い人がいるんだろうな。
私の脳裏で七三分けでビシッとした細身の調査官が猛烈に帳簿をめくる。私ではよくわからないあの数字の羅列をざっと見ただけで怪しいところがわったりするのだろう。すごいなー。
「ああ、良いところに来たね。よし、一緒に行こうか」
どこに!?
ドーンさんとミリアさん元気かなって久しぶりに顔を出したニア農園。
着いたばかりだけど、籠を持ったお出かけ体勢のミリアさんにお誘いを受けた。
よくわからないけど、姐さん、ついていきやす。お籠お持ちしましょうか?
「あんた、あとは頼んだよ」
ミリアさんの言葉に頷いたドーンさん。元気そうだ。良かった。
一人おいていかれることになり、ちょっとさみしそうな表情のドーンさんに見送られてミリアさんの後についていく。
なお、お籠は持たせてもらえなかった。
お茶会? 寄り合い?
いきなり私が参加していいのかわからないとてもなんというか、こう。
田舎の集会所で、わいわい近所のおばちゃん達が集まって料理を持ち寄って食べてそのままだべっているみたいなところに連れてこられた。
大きな一軒家の広いお部屋。可愛いテーブルと椅子。テーブルの上にはお料理やお菓子。お茶のポット。食器は白でまとめられている。
もうすでに会話が弾んでいてすごく楽しそうだ。その会話がミリアさんと私が入ってきたことで途切れる。
「あたしが最後かい? こっちはサキだ。まあ今日は見学だね。よろしく頼むよ」
紹介されたのでぺこりと頭を下げる。よくわからないけれど、ここで下手を打ってはいけない気がする。
たくさんのサーチアイが発動された気配を感じる。けれどミリアさんの紹介ということでさらっと受け入れられたっぽい。
ほっとしつつ気配を殺して場に溶け込むように努める。私は空気!
ミリアさんが持って来た籠には、ミリアさんが作ったキッシュが詰め込まれていた。
食べやすく綺麗に切り分けられたそれをテーブルに置くのを手伝う。ミリアさんが「あんたも食べて」と取り分けた小皿を私にもくれた。おお、白くてシンプルだけど可愛いお皿だ。
これ、食べていいの? 嬉しい。
近くにいた人がさっと飲み物を注いでくれた。ありがたい。お礼を言って受け取る。
いい匂いがするお茶だ。あまり熱くなくてとても飲みやすい適温。口の中を湿らせてから、キッシュを一口。
野菜がたっぷり入っていて、じっくりと焼き上げられたそのキッシュが無闇矢鱈とうまくて驚く。
ミリアさんを振り向いて笑顔でグッドを伝える。美味しい! とろっとしたしょっぱい中身が甘い野菜と絡んでいてあまりの美味さに唾液の分泌がすごい。
いやほんと美味い。なんなの特にこの端っこのカリカリサクサクのところ。美味しい。中身も美味しいけど、ここだけいっぱい食べたい。
ホロホロとこぼれちゃうのがもったいない。指を押しつけてちょいちょい拾って食べて良いかな。だめだろうけど、ちょっとだけ……。
「美味しそうに食べるね。これもどうだい?」
隣に座った人からいただいたのは、もっちもちの小麦粉の生地で具材を包んだやつ。具はなんか美味しいお肉だ。ちょい濃いめの味で辛い味付けですんごい美味い。なんだろうこれ、コンビニで似たようなやつを買って食べたことある。なんだったかな。ビリドー? まあとにかくうっまー。
「美味しい!」
素直にそう言うと、お隣のそのおばさまに照れたような笑顔で背中を叩かれた。
力強い。
いやほんと美味しい。食べているとまた別の方からドライフルーツとナッツがぎっしり入ったパン? 焼き菓子? みたいなのが差し出される。
これまた美味い。なんなのこれ。生地よりドライフルーツとナッツの方が多いんじゃなろうか。このドライフルーツはお酒に漬けてあるな! ふわっと口内に広がる香気がたまらない。薄く薄く切られているけど、がっつり重い。なんて贅沢!
これはあれか、料理上手な人の集いなのだろうか。
みなで持ち寄ったすんばらしく美味いものを食べつつ、目まぐるしく変わる話題を聞くともなしに聞く。
どこそこの店のあれが安くて良いとか、服屋の娘が双子を産んだとか。ずっと動かない荷車があるから、あそこの家の主は調子が悪いんじゃないか、とか。
息子さんのニキビのお悩みとか、うちのばあちゃん飲み込む力が落ちているから、もっと楽に食べられるものがあるといいのにねぇ、とか。デリケートなことだけど匂いのお悩みとか。
おならが異常に臭くてすかしてもまわりに気づかれて困るのわかるわーってうんうんって頷いてしまう。
ものすごく些細なことがほとんどだけど情報量がすごい。
いや、商業ギルドに勤めている冴えない男の人が宝飾店で指輪を選んでいたから誰かにプロポーズするんじゃないかとか、そこまで見られているものなのか? ああでも田舎だとあるあるだよね。でもここはけっこう大きな街なのに!
指のサイズも知らないなんて、あれはきっと駄目だろうね、とか言われていて見知らぬ職員さんのご健闘、ご成功を祈ってしまう。
そんな話を上座に座った小柄で総白髪でふわふわの髪のおばあちゃんがにこにこと聞いている。そうなのかい? そんなことが。と要所要所で入るおばあちゃんの相槌が話を盛り上げて、参加者たちの話が加速する。
ひとしきり話し合ってすっきりとした顔をしたみんなにおばあちゃんが言う。
「今日もありがとねぇ。みんなの話を聞かせてもらうのが一番の楽しみだよ」
目を細めて、顔をくしゃくしゃにして笑うおばあちゃんはすごく愛嬌があって可愛い。
そのちんまりとした身体を預けていた椅子から立ち上がってこちらにお辞儀をした。そして肩からさげたカバンからひとりひとりに白い札のようなものを出して渡している。
「サキさん、また来てね」
しわしわの小さな温かい手で包み込むように。可愛い花の柄が入った陶器で出来た薄い板を手渡される。細かい笑いじわに囲まれた瞳がキラッとおちゃめに輝く。
私はあまり話さず聞いているだけだったのを気にしてくれたのだろうか。ちょっと母方のおばあちゃんに似ていて、思い出して懐かしくなった。
さて、可愛いこの板、一体なんなんだろう。
「メーベルさんの息子さんが陶磁器の職人でね。この札を複数枚持っていくとお皿に替えてくれるんだよ。ものすごく丈夫で落として割れないお皿なんだ」
ミリアさんがテーブルの食器を指差しながら説明してくれた。おばあちゃんはメーベルさんというのだね。
メーベルさんの息子さんは、ちょっと変わった職人さんで、研究に研究を重ねて創り出した白くてシンプルで軽くてとても丈夫なそのお皿は売り物ではないらしい。
売れば絶対儲かるだろうすごいお皿なのに売らないのだと。
メーベルさんに良くしてくれた人へのお礼を、そういう変わった形でしているらしい。
集めた枚数でもらえるお皿が変わるそうだ。それは集めたくなるね。
「別にこんなお礼なんかなくても、みんなで寄り合って話せる場を提供してもらってるだけでこっちもありがたいんだけどねぇ」
ミリアさんが笑う。他の人もうんうんと頷いている。
うん、寄り合って話し合える機会って大事だよね。日頃溜まったものを吐き出せた人々の顔はとても明るい。どうしようもないことでも、話すだけで気持ちが軽くなることもあるだろう。
しかし、人にはいろんな悩みがあるものだね。
ミリアさんのおかげで参加資格を得てしまったこの寄り合い。
次回参加する時には、私も何か持ってきたいな。
ニキビ関係をなんとかできるもの、なんだろうねぇ。
匂い関係はちょっと難しいなぁ。
嚥下食関係なら少しはなんとかなる、かなぁ。
持ち寄られた美味しいお料理やお菓子にメーベルさんがほとんど口をつけなかったのも、多分同じような理由だろうし。年を取るとどうしても物を食べている時に咳き込みやすくなるよね。
ちょいといろいろ考えてみよう。
後日、商業ギルド職員が不正で処分されたという話をマチルダさんから聞いた。
ほんと、ちゃんと調査って入るんだね。すごい。ちゃんとしてくれるという信頼が持てるって良いことだ。




