143 番外編 本が読みたいお風呂入りたい 上
ミミとキララと小屋で暮らし始めたころのお話です。
お風呂話、書きそびれていたので。
寒いとお風呂が至福になりますね。
本が読みたい。
活字中毒の気がある人ならわかってもらえるだろうが、字が読みたい。
最少額で買えそうな本、なんだろう。
記憶を探る。
昔は文庫本、安かったよなぁ。
小さい頃から本屋が大好きだったので、行きたいところを聞かれたら「本屋!」と答えていた。
小学校のころに少女文庫にはまって、お小遣いから買った本。
たしか、あれは300円くらいではなかったかな。多分。昔は本も安かった。
そういえば、一番安い文庫本はどれだろうと本屋で探したこともあった。
私の記憶が確かならば、外国人作家の翻訳本で薄い本は安かった。確か160円とか180円が最安値だった気がする。
あ、定価で考えなくて良いのなら、古本屋で買った本なら、2冊100円とか3冊100円でぼろぼろの文庫本を買っていたはずだ。
昔はスーパーの催事場に、移動式の古本市が来ていた。
その移動式の古本市をとてもとてもとても楽しみにしていたのだ。
そこで買った本を思い出した。
まだほとんど海外旅行に行く人が少なかった時代に、ニューカレドニアを父が語った楽園だと信じて旅した女性の記録。
一年中花が咲いて、果物がいっぱい成っていて、あまり働かなくても良くて、陽気で楽しい住民がいる、夢のような島。
だと思って行ったのに、現地ではものすっごいいろいろあって、いろいろあったけどいい体験だったなーみたいな本だった記憶。
思い出したタイトルで検索すると50円という購入記録が出た。50円なら買える。買えてしまう。
そういえばあの時も、おこづかいで買える、安くて面白そうな本を探して、買ったんだった。
懐かしさに負けて購入。手の上に読み込まれた文庫本が現れた。
最後のページに鉛筆で書かれた50の文字。
そう、昔の安い古本ってこんな感じに値段が直接書き込んであった。
手に入れた活字を貪るように読む。
忘れかけていた旅行記をもう一度なぞる。
ああ、そうだった。
ほとんど異世界に転移したみたいなカルチャーショックの連続に笑う。
そして、思い出した。
この本は映画化もされていた。頭に浮かぶのは、そう、あのシーンだ。
ドラム缶風呂。ものすごくあこがれがある。
お風呂、やっぱり入りたい。
なんとかしよう!
この世界にドラム缶はないだろうけど、なにかタライっぽいものがあればそれなりになんとかなるはずだ。
読書を終え、ふふふと笑い出した私をミミが小首を傾げて見てくる。
トカゲ姿のミミは、お気に入りの隠れ家から顔だけ出していてとても可愛い。
なんでもないよとそう言って、寝る準備をする。
明日、街に行こう。
お風呂に使えそうなものはないか、そういう視点で街を歩いていると、酒場だろうか、外に大きな樽が並んだお店が目についた。
なんというか、とても大きい樽だ。私がすぽっと入れてしまうような樽なのだ。
それを見て思う。
これでいいのではないだろうか。
お湯は千円リピートで出せる。なのでこの樽がほしい。
売ってもらえるのだろうか?
まだ昼間で夕飯時には時間がある。そのせいだろう。店内はそんなに混んではいないように見えた。
入ってみるか。
「こんにちは」
「いらっしゃいませ」
渋い年配の店主が迎えてくれた。
何か頼んだ方が良いよね。
外にあったのは多分エールかワインの樽だろう。ウィスキー系かもしれない。
「おすすめを一杯とつまみを」
とりあえず一杯飲もう。
こちらをちらっと観察された後にすっと出されたのは、コップに注がれた赤い液体と、皿に置かれたパンだ。
パンは薄切りにされている。切る前の元のパンはコッペパンみたいな形状だったのだろう。そのパンの中がくり抜かれそこにクリーム状の白いものが詰められている。
クリーム状のものには茶色や濃い紫、オレンジ色のものが混ぜられている。これはドライフルーツっぽい。薄く切られたことにより断面が映えている。
ちょっとなんでこんな洒落たものが出てきたのかよくわからないが美味しそう。
つまんで口に入れる。あ、これ、濃厚なバターだ。塩気の強い濃厚なバターが口の中でとろける。そこで主張されるドライフルーツの甘さが罪深い。
しかもこのドライフルーツ、お酒を利かせてある。それらを天然酵母の小麦の旨味が強いハード系のパンがうまくまとめていて、絶妙にうまい。すごい。幸せ。
どうして人は美味しいものを食べた時に笑ってしまうのだろうか。美味しいは幸せとイコールだ。
ドライフルーツはレーズンだけじゃないけど、レーズンバターをフランスパンに詰め込んだみたいなやつだな、これ。
口の中の幸せを追うように、コップを傾ける。
「うまっ!」
あああ、合う!
めっちゃ合う。すごい。ちょっと渋さを感じる赤ワインと甘じょっぱい旨味が最高だ。
飲む、食べる、また飲むを繰り返す。至福。
あっという間にどちらも私の胃の中に消えた。
空になった皿をじっと見つめる。
すっごい美味しかった!
お代わり、欲しい!
私が綺麗な皿をさみしく見つめていると、口の端を満足そうに少し上げた店主がすっとうまうまパンが載った皿を見せてくれた。こくこくと頷く。お代わりください。
ほんと美味しい。絶妙に美味い。まずバターが良いやつなんだろう。乳の濃厚な旨味がぎゅぎゅっとなったバター。黄色っぽくなくて白っぽいミルク色のバターだ。
っとあまりの美味さに当初の予定を忘れてた。
お代わりを堪能した後、外の空樽は買えるのか聞いてみる。
「ああ、お売りできます。しかし、外に出してあるやつは漏れますよ」
答えにしょんぼりする。そうか。漏れちゃうのか……。
肩を落とした私に「漏れないものが入り用ですか?」と店主が問うてくれた。
再利用する漏れのない樽は店の奥にあるそうで、それを売ってもらうことも可能だそうだ。
ただ、酒が入っていた樽なので当然酒臭い。まあ日本酒を入浴剤代わりに入れたりすることを思えばお肌には良いのかもしれないけど。
「新品の樽が欲しいなら桶屋ですね」
「桶屋」
風が吹けば桶屋が儲かるということわざを思い出す。猫ちゃんが減る理由が切ないよね、あれ。
桶屋というのは、桶も樽も作っている職人さんらしい。樽より桶の方が私の用途的には良いだろうか。でも樽の曲線も格好良いよなぁ。ドラム缶に近いし!
ということで、良い桶屋を教えてもらえた。
新品の樽。タール。良いのではないか!
この場合、ヒノキ風呂ならぬオーク風呂になるのだろうか。
新品なら木の香りが良さそうだ。




