136 温室結界
ということで、ここに珈琲の種がある。
「コーヒー好きな人ー」
そう言ってみると、勇者5人全員の手が上がった。
おお、みんな好きなのか。
久々に5人全員が揃って小屋に来ているのでアンケートを取ってみたのだ。
私はコーヒーの匂いは大好きだけど、ブラックコーヒーは得意ではない!
お子様舌なので苦いのが苦手なのだ。飲むなら牛乳たっぷりのミルクコーヒーがいい。お砂糖も入れたい派だ。
お店でミルクコーヒーを頼んだらどう見ても真っ白な飲み物が来たことがある。ここのはミルクたっぷりなんだなぁと飲み始め、飲んでみるとどうにもコーヒーの存在を感じない。
友達と来ていたからおかしいと思いつつ話が楽しかったので話し続け、もう少しで飲み終わる時に、そういえばこのミルクコーヒーを見て! と見せたらやっぱりどうみてもミルクだった。
「なぜ早く言わないの!」と言われたけど、いやーこんなものなのかなぁと思ったから⋯⋯。
それくらいコーヒーにはこだわりはない。
そう、味にこだわりがあるわけでもないので、私が買ったことがある、出せるのはお店で飲んだコーヒーか、インスタントコーヒーだ。豆を買ってミルで挽いて粉にしてとかはしたことがない。
「ここに異世界の珈琲豆の種があります」
カフィ豆を手のひらに見せて示す。
「育てたら、心置きなくコーヒーが飲めるかも」
私が出すやつだと、私がいないと飲めないから。
けれど、どんな効果があるかはわからないちょっとデンジャラスな豆である。
「育てましょう。お姉さま」
真剣な目をした桃瀬さん。これはかなりコーヒーが好きなのかな?
インスタントでよければ出すよ? 飲む?
「風呂上がりのコーヒー牛乳……」
思い出したのか腰に手を当てて顎を上げる赤木くん。
おお、赤木くんもブラックは苦手なのかな。コーヒー牛乳いいよねー。給食でコーヒー牛乳とフルーツ牛乳の日は教室が沸き立ったものだ。今は正式にはコーヒー入り乳飲料らしいけど。アイスクリームとか牛乳の表記の厳密さとか、果汁がどれくらい入っているかによって使えるイラストが違うとか、いろいろ決まっているのって面白い。
「しかし、コーヒーといえば暖かいところの植物では? このあたりで育つのかどうか」
そう、青井くんの言うように、そこが問題である。
「日本ではあんまり育ててるの聞いたことないね。最近の日本のあの熱さだったら育ちそうだけど」
そうだね、黄野くん。
けど、百均で買ったコーヒーの苗を大きく育てた話、なんかで見た気がする。日本でも頑張れば育つ、のかな。温かい地方ならきっといける。
日本で育つのであれば、気候が似ているここらへんでも一応育てることは可能なのだろうか。
なんにしても温度は必要な気がするね。正直、コーヒーの木の育て方なんて知らないけど。冬の寒さには弱そうだ。
ということで。
「期待している。緑川くん!」
結界チートの君なら、きっとできる。温室みたいな結界よろしく!
要望を伝えると、驚いた顔をしたけれど、すぐに真剣な顔になった。
「⋯⋯太陽光透過、雨は防ぐ。透湿はあった方が⋯⋯」
ぼそぼそっと口の中で何かをつぶやいて考えてくれている。
私は緑川くんのチート、ものすごくうらやましい。なんでもできそうで。
いやーキララに頼んでみたら「相性が悪いのじゃ……」って言われたから。私は素直なので助言には従おう。無理にやったらどうなるのか、ちょっとしか興味はない。
こうして、畑の片隅に緑川くん特製の温室結界が張られた。
「……また、改良する」
育ちを見つつ結界をかけ直したり、調整してくれるそうだ。最適な環境にできれば育ちも早いことだろう。
カフィ豆は、小さい鉢にまいて、まず発芽を待つことにした。
挿し木や芽出しの時に使うダジャレがきいた名前の薬液は使ってみた。
うまいこと芽が出るといいね。
さて、報酬は何が良いかな、緑川くん。好物を言うが良い! 遠慮せず。さあ! 勢いよく問い詰める。
「⋯⋯ナッツ⋯⋯」
控えめな、小さな声。
おおう。ナッツか。くるみとカシューナッツとアーモンドは買ったことある。ピスタチオも。
私が買ったことのあるナッツ系で一番高いのはマカデミアナッツかな。ちと、お高いミックスナッツを買えば一応入ってくるあれ。とりあえずミックスナッツで良い?
あ、そうだ。
「松の実、食べたことある?」
こないだ、焼き芋を作る際にミミが取ってきてくれた松ぼっくりから採れた松の実。
「松の実!?」
緑川くんの目が今までにないほどデカくなった。え、目を見開くとけっこう印象が変わるね。
松の実、好きなの?
「緑川の一番好きなものを、ピンポイントで当てるとはさすがお姉さま」
「いや、ちょうど手元にこれが」
でっかい松ぼっくりが面白くて、そして、食べてみた松の実が美味しくて。あの後ミミに追加で取ってきてもらった。
今なら長靴いっぱいくらいあるよ!
これを進呈しよう。
緑川くんに松の実が入った袋を渡そうとしたら、その手をそっと桃瀬さんに押さえられた。
ん?
「これは私が預かります。良いですね?」
そう言われた緑川くんが頷いた。少し残念そうだけれど、反論する様子はない。
桃瀬さんを見る。
「あればあるだけ、食べるんです」
重々しく言う。
なるほど。
やめられないとまらないタイプか。
ナッツ系は栄養ありすぎるから食べ過ぎは危険だね。そういえばチョコレートやナッツを食べすぎると鼻血が出るというのは医学的根拠はないらしい。
ないらしいのだけど、体感として食べすぎるとこう、出る気がする。美味しさに興奮してしまうせいだろうか。
一度太い血管が切れてしまったのか止まらなくて困って洗面器とボックスティッシュを持って耳鼻科に行って鼻の奥を焼いてもらったことがある。鼻血とあなどっていたら結構スプラッタなことになった……。
そう言うと、緑川くんが思わずといった感じに手を出した。ガシッとその手を捉えて同意の握手をする。うん、今日すごく緑川くんと通じあえた気がする。鼻血が出やすい体質、つらいよね! 鼻水だと思ったら速度が違うんだよ、やつは。
血が喉の方に伝うと、とても気持ち悪いし、飲み込むと吐いちゃうから気をつけたい。吸血鬼な方はどうしてあれを美味しいと思うんだろう、ってそうだ。
「桃瀬さん、そういえば聞きたいことが」
「ん? なんです?」
「前言ってた黒印教団って一体なんだったの?」
結局蚊だったの? 吸血鬼だったの?
ああ、という顔をした桃瀬さんが唇を釣り上げる。その形の良い唇に白い指を当てて「ないしょです」と言った。
なにそれ可愛い。可愛い仕草に丸め込まれてしまって、結局何も聞き出せなかった。




