134 求めし物は十三里
仕方なく、門に向かうしばしの間、話を聞くことになった。名前はイフトというそうだ。 名乗られたのでこちらも名前を告げた。
イフトさんはかなり背が高い。細く見える。けど、背が高いので細く見えているだけで、多分筋肉はしっかりついているのかな。重心がしっかりしていて歩き方が綺麗だ。背中がまっすぐ。
「……私は思ったのです。どうしてこんな無情に耐えなければならないのかと。現状にあらがい。もっと良い生活を得るすべはないのか。いつもいつも同じように同じ物を育てているだけでは現状は変わらず、ただゆっくりと朽ちていくのみ。なんとか、状況を良くしていくことをあきらめてはいけない。かすかな希望があるというのなら、それを掴み取るチャンスがあるのなら、無理をすべき場合もあると思い定め……」
なんかそして話が長くて重い。すごい。とめどなく話せる人、すごいな。尊敬する。
話をさえぎるすきがない。
へーとかそうなんですかーを言うタイミングがわからない。
ちょっと遠い目になってしまう。なぜかミミとキララが慣れた感じで同じように遠い目をしている。聞き流し方が玄人な感じだ。
「⋯⋯というわけで、この街を目指して来たのです」
お、やっと一段落した。トークダウンしてくれた。今なら話せそう。
怒涛のように話された内容をまとめると、見た目から察せられたように南部の暖かい地方出身。南部で小麦の不作が続いているので、小麦に変わる良い植物はないかとなって、特殊な野菜の種が豊富なこの街の農業ギルドを頼りに来たらしい。
「何種類か有用そうなものは取り寄せたのですが……確かに良い。素晴らしいものでした。ただ、決定的なものではない。もっと私が求めるものがあるのではと」
商業ギルド通販でお取り寄せはできるとはいえ、特殊な作物は秘蔵してるだろうから直で交渉しに来たと。
なるほど。
つまりこの人の目的はカエンさん、か。カエンさんならいろんな気候や条件に合う植物、研究していることだろう。
ふむふむ。ただ……。
多分、農業ギルドを通じて情報を得ていはいるだろうと思うけれど。知ってるとは思うけど、カエンさんは、カエンさんの気に入りそうな植物の種がないとお取引が難しいと思う。
リストに書いてあるものならお金を積めばなんとかなるだろう。けれどこの人が欲しているものは違う。
「物々交換を指定されることがある、という話は……」
ご存知で? と目で問うてみる。
イフトさんは笑って頷いた。
「心配してくれるとはやはり優しい方だ。サキさん。もちろん持って来ていますとも。うちの地方に伝わるとっておきの植物を。こちらはとても特殊な植物の種でして。それはもう……」
ならなんとかなるのかな。ちょっと苦手なタイプではあるが、自分の地元を救うために遠くまで旅をしてきたというところはすごいと思う。そういう行動力尊敬する。
だからうまくいってほしい。
毒喰らわば皿まで。お皿を舐めるくらいのつもりで、この人、カエンさんのところに案内しよう。うん、別にカエンさんに押し付けようなんて思っていないけれど。
小屋の前でイフトさんには少し待ってもらい、ついでなんでカエンさんへ渡すものを準備する。
キララとミミにはお留守番、しててもらおうと相談したけれど「ついてく!」とミミがトカゲ化してついて来ると言って聞かないのでこっそりポケットインしてもらうことにした。何もなければ寝ててくれたらいいからね。
「カエンさーん! お客さーん!」
カエンさんの農園で、遠くに見えているカエンさんに呼びかける。
真剣な顔で枯れた植物を見ているから、多分種取りの最中なのだろう。
種取り、大変だよね。しっかり枯れるくらいまでおいておかないと良い種は取れないし。枯れるくらいまでしっかり熟させても、種になっていなかったりもする。
お花とかでも可愛くて種を取りたいなと思うものに限って種がすごくできにくかったり。あれはやはり種が取りにくくする工夫みたいなのもしているのだろうか。
「ああ、サキかい。なんだい?」
呼びかけに、顔を上げたカエンさんがこちらを見た。そして私の後ろを見て目をすっと細めた。
「ふむ。またおもしろいものを連れているね」
そんな頻繁に面白いものを連れてきた記憶はない! のだけど。
今回は、たまたま道案内をしただけだし。
カエンさんはしげしげと上から下までイフトさんを観察し、胸にピタッと視線を止めた。
「あんた、何を持ってるんだい?」
「なぜおわかりで? これは、貴方への貢物です。これと引き換えに、南部に希望をいただけませんか? 私の住む南部では土地が痩せ、さらさらとした砂地が多く、命をつなぐ作物が育ちにくいのです」
そう言ってイフトさんが胸ポケットから取り出した小さな革袋。そこに入れられていたのは。
豆粒くらいの大きさの。中に一本線がはいった、種?
というか、これは。珈琲豆なのでは? 見た目そっくりだ。
「カフィ豆かい? よく持ち出せたものだね」
ふんっとカエンさんが鼻を鳴らす。
「さすがです。カフィ豆をご存知とは」
驚いた顔をしたイフトさん。希少なとっておきの植物だったのだろう。
「南部での呪術に欠かせない精神に影響を与える神秘の実、だったかね。それでそんな不思議な魔力を帯びているのかい」
「魔力が? この種に? それは私にはわかりませんが、これは効果が強い、特別なものです」
なんだかすごく特別な種っぽい。しかし精神に影響を与える、か。めちゃくちゃカフェイン含有量多そうな珈琲豆だね……。
「面白いね。わかったよ。あんたの土地の状態を詳しく言いな」
にやりと笑ったカエンさん。カエンさんの興味を引けたのなら、多分なんとかなりそうだね。
よかったなと完全に部外者として見学していた。というか、私はもう帰っていいよね。うん。
そう思って撤退の準備をはじめ、ポケットの中のミミを撫でてみた。指にすりっとしてくれるミミはとても可愛い。
「……ちょっとこっちに来な」
ミミと楽しく戯れていたらカエンさんに引っ張られた。痛いからそんな強く掴まないでほしい。力強いね、カエンさん。その細腕のどこにそんな力が。
ぐいっと引き寄せられて、耳に口を寄せられて内緒話だ。
「やつの条件を聞いたところ、あんたのあの芋が最有力候補だ」
はいぃ?
「えっと、サツマイモ?」
ああ、とカエンさんが頷く。まあサツマイモは救荒植物として有名だし、いいんじゃないかな。暖かいところならジャガイモよりサツマイモだよね。
「ただ、そう簡単に広めていいもんじゃないだろう?」
ああ、そこを思いやってくれるカエンさん。好きだな。
「別に良いよ。紅あずまならいっぱい採れたし。他のもちゃんとした種芋になるかは知らないけどちょうど持ってきてある」
持ってきた袋をカエンさんに渡す。手土産だ。やまぶきいろのお菓子ならぬおイモ。
本日、どのみちカエンさんに試してもらおうと、安納芋とか隼人芋とか、道の駅で買ったことがあるサツマイモをお持ちしております。紅はるかも育つかな。美味しいよね紅はるか。あ、隼人芋があるからやまぶきいろだけじゃなくて人参色もあるね。
サツマイモなら確かに痩せた土地でもある程度採れるだろうし、南部で気温が高いなら苗作りも楽だと思う。
九里四里うまい十三里、って言われるサツマイモ、とても良い作物だ。ちなみに十三里半だと焼き芋って意味らしい。
ただ、救荒作物として育てるなら農林何号、みたいな味より量のサツマイモがいいんだろうな。いいんだろうけど、私は買ったことがない。
ため息をついたカエンさんは「あんたが良いなら良いんだけどね……」とちょい呆れた顔をしている。
「私が出どころじゃなくてカエンさんなら大丈夫。カエンさんならみんな納得するだろうし」
うん、私だって何も考えていないわけではない。カエンさんという格好の隠れ蓑があるからこそのこの判断。まあそれでも自重しなくなってきている自覚はある。あるけど、もう仕方ないよ。こういうのは建前が大事。カエンさんにはとても感謝している。
というわけで、カエンさんからイフトさんに提供されたサツマイモが、南部の農業を変えることになるわけだけど。ついでなんで余裕が出てからでいいので、南部の水が豊富なところでは米を作ってもらったら私が嬉しいんだけど、と少しこう、欲望を全開にさせていただいた。
「これはあんたの権利だよ」
そして、私にはカフィ豆の種が渡された。
そりゃあ興味はあるけれど、育てて良いものなのかな?




