130 メロメロのダンス
「こんにちはー」
ジュドさんの家を訪ねている。
「サキさんいらっしゃい!」
軽い足音が響いた後に、ドアを開けてくれたのはルーナだ。
今日もとびきり可愛い。おっ、今日は銀髪をツインテールにしている。
なんだろう、羽のように広がる髪がとても素敵だ。パピヨンみたい。羽みたい。
やはり、ルーナは天使なのではないだろうか。頭に輪っかがついてないかを確認してしまう。
「髪、可愛い」
そういうと、輝くような笑顔が返ってきた。髪を見せてくれようとくるりんと回る。髪と一緒に白いワンピースの裾がふわりと広がった。
「マーサがやってくれたの」
後ろにいたマーサさんに「ねっ」と同意を求めるルーナ。
目尻を下げて、微笑むマーサさんが、ルーナの前髪のピンと飛び出た毛をそっと撫でて落ち着かせようとする。
けれど、けっこう強い毛なのか、マーサさんの手が離れるとアンテナのように再度ピンと立った。
なんて可愛い毛! 意思が強いのを感じる。
それとも近くに何かいるのだろうか?
ルーナ、その毛、攻撃に使えたりしないよね?
そんなことを思いながら、抱えていた袋をマーサさんに見せる。
「マーサさん、マシラクチってわかります?」
緑の小さな果実。甘酸っぱくて美味しいし、どうやら身体に良さげだったので、ルーナに食べさせたいなと持ってきたのだ。
「あらまあ、とても珍しい果実ね。これがそうなの? 聞いたことはあるけれど食べたことはないわ」
山で道に迷って遭難した人が、この実を見つけて食べたことで、元気ハツラツになって生還した、みたいな話があるそうだ。
きっとファイトが湧いたのだろう。
ほほう。
「どうも傷みやすいみたいで、傷む前に食べてもらおうと思って」
そう、傷んでしまうともったいないので食べられそうな人に食べてもらおうということで持ってきたのだ。
「どうやって食べるのが美味しいのかしら?」
「そのまま切ってスプーンですくっても美味しいし、ジャムもいけると思う」
キウイと違って皮に毛がないからそのまま食べられるとは思う。皮ごと食べられるブドウみたいに。キウイも皮ごと食べた方が栄養的には良いらしいけど、あの毛まみれを食べる気はしない。
あとはなんだろう。お酒に漬ける?
キウイ酒、聞いたことある。
「サキ、来ていたのか」
お、家主様の登場だ。
笑顔で礼をする。おじゃましてます!
口の端を上げたジュドさんの目がすっと細められた。
くんと鼻を鳴らしたジュドさんの目がマシラクチに吸い寄せられた。
じっと見つめている。
思わず袋から取り出したマシラクチを手に持ってそっと左右に揺らしてみると、それを追うようにジュドさんの目が着いてくる。
これはもしかして、うまくやれば催眠術をかけられるのでは?
と思ってしまった。
あなたはだんだん眠くなーるって5円玉でやるやつ、なんだか好きなんだよね。
振り子運動にはなんだか魔力があると思う。なんだっけ音楽の拍子を取るカチカチいうやつ? あれも見てるの好き。一定のリズムは楽しい。ペンデュラムそういえば持っていたな。
ジュドさんもマシラクチに興味があるようだし、みんなで食べよう!
マーサさんにお茶を準備してもらって、ざっと洗って軸や固そうなところを切り落として食べやすくしたマシラクチを皿に盛る。
ルーナが食べやすいように小さく切ったものも盛り付けた。
「おいしいけど、ちょっと酸っぱい……」
あらら、ルーナがちょっと涙目になっている。そんなに酸っぱいかな。多分お子様舌なので、苦かったり酸っぱいものを鋭敏に感じるのだろう。
でも美味しいのだろう。ちゃんと二個目に手を伸ばしている。栄養があるからね。食べられるのなら食べてほしいな。ジャムにすればお砂糖が足されるから食べやすくなるかなぁ。
「確かに酸っぱいけれど、甘さとのバランスが良いわね。そしてこの香りがとても良いわ」
マーサさんが言う。
そうなのだ、このマシラクチとてもいい匂いがする。爽やかでこう甘酸っぱい、嗅いでいると口の中につばがたまってくる感じの芳醇な香りだ。
ちょっとうっとりする香りというか。うん。えっと……。
黙って、しみじみとマシラクチを味わっていたジュドさんの様子が、ちょっとおかしい、気がする。
そう、なんというか、そう、うっとりしている?
なんだか、こう、頬が上気して、目が、目が潤んでいる。いつも綺麗な深い緑の瞳がじっとりと濡れたような光を放っている。
「ほう……」
と低い良い声で吐息のような感嘆の言葉をもらす。半眼に伏せられたまつげが長い。長い睫毛が濃い影を落としている。そして……。
「んんっ……」
身じろぎして座っている椅子にしなだれかかるジュドさん。
えっとジュドさんや。そんなこう椅子に懐いているというか、身体をくねらせるようにだらしなく座るジュドさん、見たことないんですけど。気だるげに身体を揺らすその様が……。
とんでもなく色っぽいんですけど!?
多分、なにかがせめぎあっているのだろう。ビクンと跳ねるように動きそうな身体を自分で抱きしめて押し留めているようだ。片腕で自分を押さえ、片手を口元に当ててなにかに耐えている。
ちょっと、これルーナに見せていいものだろうか? あまりこう少女の情緒的に良くない気がする。
「ルーナ、ちょっとこっちへ」
「サキさん?」
ジュドさんの様子が目に入らないようにルーナを誘導する。
「ちょっとマーサさんとジャムを作る準備をしてくれるかな」
「行きましょうか、ルーナちゃん」
マーサさんと目配せを交わす。
うん、ここにルーナはいちゃいけないと思う!
ルーナが視界から消えたことで、かろうじて保っていた理性が切れたのだろうか。
ジュドさんが、たまらないというようにビクついていた身体を抑えるのをやめたようだ。
ゴロンゴロンと転がる身体。跳ねる身体。目が、トロンとしていて多分正気ではない。
そのとんでもない身体能力で跳ねる身体が一定のリズムを刻む。回転がすごい。
えっと、その、つまり、踊り狂っていらっしゃる。
幸いなのは舞台いっぱいを使ってやる踊りではなく、ブレイクダンスに近い? ヒップホップ? 私には踊りの種類はよくわからない!
えっと、えっと、多分これは猫族に伝わるなんか勇壮な踊りなんだろうか。勝利の踊り?
なんかこう見ていると厳かにも思える。ただちょっと足元がふらつくというか、これは裏拍というやつなのだろうか、酔拳っぽくも見える。
思わず観賞してしまったが、ある程度踊ると気が済んだようだ。動きがゆったりとなって、最後ソファにまた懐いた。
「だ、大丈夫?」
どう考えても大丈夫じゃない時に、どうして人は大丈夫かと聞いてしまうのだろう。
そっと伸ばした手を、掴まれて嗅がれて、舐められた。
えっ、舐められた。
赤いザラリとした舌が痛い。
「甘い」
ジュドさんがうっとりとそう言う。
あ、さっき切った時の汁がついていたのだろうか。
「もっと食べたい」
緑の目で懇願される。されるけど……。
「いや、これ、もう食べるの禁止……」
マシラクチ、禁止。完全にだめなやつだ。
思えばキウイってマタタビ科だよ。多分このマシラクチもマタタビに近いんだろう。しくじった。
もらえないとわかったのか恨めしげな目でこちらを見ながら、手を離してくれない。おもちゃにするように手に懐かれた。ぐりぐりと頭を押し付けられたのでなでる。これもう耳を触ってもいいかな。今なら許されるかな。ふかって指を髪の毛に埋もれさせる。毛並みいいなぁ。
しばらくして正気に戻ったジュドさんが頭を抱えていたけれど、ものすごく謝られたけれど、危険物を持ち込んだのはこっちなので謝るべきは私の方だろう。
「こんなことになったのははじめてだ⋯⋯」
そう言う。聞くとマシラクチ自体は食べたことがあるらしい。
少し酔っ払ったようになることはあるが理性が飛んだことはない、とのこと。
このマシラクチ、なんか特別っぽい。
食べたことにより、身体能力がジュドさんに自覚できるほど上がったらしく、使い方によっては有用?
ポーション化してもらうべきなのか。でも効能のうちちょっと思ったのと違う効能が強くなった場合、あれ以上大変なことになったりするのだろうか。
それは心臓に悪いな。
ちなみに、一応加熱することが良かったのかマシラクチジャムではこの反応は起こらなかった。こわごわとジャムを試してみたのが少量だったからかもしれないけど。
生マシラクチ危険!
でもすごく美味しいらしいので、ジャムは解禁。いっぱい食べるのはやめておいてね……。
マタタビって、マタタビによっても猫によっても反応が違いますよね。
今、異世界千円をバックアップも兼ねて少しずつカクヨムさまの方に転載しています。
たまに、ダウンロードしたりしているのですが、うっかり忘れたりすることもあるし、パソコン内もちゃんと整理整頓できていないので外部記憶に頼りたいのです。
あちらでは試しでタイトルをコロコロ変えたりしているのですが、同じ作者が書いている同じ話です。
もしも混乱させた方がいたら申しわけありません。




