129 秋話 柿と猿 下
可愛いけれど、私はお母さんではない。この子も弟? でもない。じっととあるところを見つめる。うん、オスだね。
君は野生に帰るべきだ。
でもお腹をすかせているのだろう。腕に抱きついた状態でキーキーとか細く鳴かれるとつらい。
渋柿を取りに来ていたのだから、渋柿でも食べられる子なのだろうか。
キララに視線で助けを求める。
「パシモンキーじゃからの。パーシモンは好物じゃ」
つまり渋柿を食べられる、んだろう。
それでは、と小さめの柿を口元に寄せると食べた。
小さな手で柿を掴んで口に運ぶ様がとても可愛い。きゅんとくるね。
夢中で食べているので口の端が柿の汁で汚れてきている。その汚れをちょいちょいと拭いてあげるとキャッキャと笑う。
そして、可愛いので柿を与えているとお腹がいっぱいになったようでそのまま寝てしまった。
寝て、しまった。
どうするの、これ。
おそるおそる小さな手足をほどこうとするが、けっこう力が強い。そして手足が細いので力加減がわからない。手を外して、足を外そうとすると手が再度絡まってくる。
キララを身代わりにしようとしたのだけど「いやじゃ!」と笑顔で逃げられてしまった。
ものすごく手こずったが、なんとか布を丸めたものを掴ませて抜け出した。これだけいじっても起きないとは、大物になるよ、この子。
「どうするの?」
とミミに聞かれたけど、ほんとどうしようね。
困りつつ小屋の外の様子をうかがうと、柿の木にパシモンキー が一匹戻ってきてるのが見えた。
お迎え、かな。だといいな。
布を握って寝ている子猿を入れた箱を持って外に出る。こちらを見た猿が子猿を発見したのだろう。興奮した様子を見せた。ただ、警戒からかこちらに近寄ってはこない。
刺激しないようにゆっくり、ゆっくりと木に近づいて、箱を木の下に置く。
木の上の猿はこちらに歯を見せた。笑顔にも見えるけど、うーん。
威嚇、かなぁ。
近づいた時と同じくらいゆっくりと後退して様子を見る。
私が十分に離れたのを確認した猿は素早く子猿に近寄った。
感動の再会? と思われたのだけど……。
猿の裏拳が唸った。 私でなければ見逃してしまいそうなほど素早いその拳。
ポカリ。
あ、叩き起こした。
きゃいと鳴いて起きた子猿が本当の母親だろう猿を見て顔をくちゃくちゃにした。小さな手を出してもう離さないというようにしがみつく。その様子を見て、ちょっと右腕に寂しさを感じた。あのぎゅっと感、可愛かったなぁ。
「あー。その子が飢えるのはちょっと心にくるし、たくさん成っていて食べきれないだろうから、上の方は食べて良いよ。でも下の方は残しておいて。あと小屋に吊るしてある柿は盗ったらそれなりに報復するから盗らないで」
対話を試みてみる。こちらをじっと見た母猿。さっきより控えめに歯を見せ「キキッ!!」 と鳴いてから頷いた。今度はちゃんと笑顔に見えた。
こっちも重々しく頷いておく。なんとなく通じあえた気がする。
対話が成功したのか、うちの柿の木の上の方をあの親子がやってきて食べていくようになった。
どうも仲間内にも交渉してくれたらしく、他の猿は見ない。多分。見分けがつかないから確証はないけど、多分あの親子だと思う。
小屋の軒の吊してある柿もちゃんと無事だ。ある意味他の動物にも盗られないように見張ってくれているまでありそう。
おかげで、干し柿作成は順調に進んでいる。
アルコールで渋抜きをした柿はそろそろ食べ頃だ。
味見をしてみたら、すっかり渋が抜けた柿はとろけるように甘くなっていた。あのすさまじい渋々をまったく感じなくなっている。すごいね。
まだ固いやつはコリッとした食感が楽しくて、ミミが気に入った。
少しじゅくっとしたやつはキララの好みのようだ。
たくさんあるから食べ切れないね。
一方的にもちかけた約束を守ってくれたお礼に、アルコールで渋を抜いた柿。少し柔らかくなりすぎてあまり保たなそうなものを、これは食べていいよと声をかけて猿の親子に出しておいた。
少しあとで見てみると、綺麗さっぱりなくなっていたので食べてくれたのだろう。
渋が抜けた柿はとても美味しかったのだろうか。翌日、小屋の前にはなにかの実ときのこ? が置かれていた。
いやいや、あなた猿でしょ。狐じゃないよね?
戸の間にこんもり積まれたそれに笑顔になる。気持ちが嬉しい。
でも、きのこ。きのこかぁ。
山の幸の中でもきのこの取り扱いはとても難しい。素人は黙っとれ案件だ。
しかも、このきのこ、私にはあれに見えるんだけど。
とても有名な毒キノコなあれ。
なんだったっけ、ベニテングダケ?
赤茶色の傘に白いつぶつぶが散っている特徴的なきのこ。
死にはしないけど、かなり苦しいことになると、わかっていて食べた人の再現映像をテレビで見たことがある。
「これは、食べられないよねぇ」
見た目だけなら可愛いきのこをつついてみる。
「ん? 炎傘は食べられるぞ。というかものすごい貴重な錬金素材じゃ」
キララの解説に目を丸くして振り返る。
「えっ、キララ、これ食べられるの?」
お腹痛くなったり幻覚を見たりするやつなのでは?
「ものすっごく美味い!」
そうなの!? いや、ベニテングダケも味はすっごく美味しいって食べた人は言っていたけど。
「こっちも何かわかる?」
きのこの隣の青くて小さい木の実についてもキララに聞いてみる。
「マシラクチじゃな。これも甘酸っぱくて美味い。そしてこれまた希少な錬金素材じゃ。どちらもあまり人の入らない山深いところにしか育たないからの」
美味いのか。一つ切ってみると、ああこれ、キウイでは?
見た目ちっさいキウイだ。
スプーンですくって食べると、なるほど。これはうまーい!
甘酸っぱくて、口の中がきゅってなるけど、たまらない美味さだ。ビタミンCたっぷりな味がする。酸っぱさは多分クエン酸なんだろうけど、酸っぱいとビタミンCが多い気がするよね。レモンのせいかな。クエン酸のせいか、各種ビタミンのせいか、なんか気のせいかもしれないけど、すっごく元気になる感じ。
そう、お高い栄養ドリンクを飲んだ時みたいな気持ちになった。飲んですぐ効くわけないのに、やったるでー! ってなるあの感じ。
美味しいきのこ鍋をミミとキララとで堪能して。美味しい木の実もデザートに食べちゃったわけなのだけど。
渋柿が好きだったパシモンキーな親子は、渋抜きをした柿の味にメロメロになってしまったようで。
渋抜きをした柿の実と引き換えに、山の貴重な素材を貢いでくれるようになった。
余談だけど、マシラクチはどうやらやはりキウイに近い植物らしく、つまりはマタタビ科っぽい感じで、ジュドさんにあげたらメロメロになった。
錬金素材だとキララ聞いていたのでハーカセさんにも渡したらこれまた違う意味でメロメロになっていた。「食べると美味しいですよね」と言ったら絶句されたけど、美味しいならまず食べるよね。
おかげでポーションの質が爆上がりしたので、パシモンキーさまさまである。
貢がれたもので貢物を作るの、なんか循環していて良いよね。
今度勇者たちがやってきたら、ポケットにポーションと干し柿をねじ込んでやろう。
じっくりもんだ干し柿、絶品だよ!




